第2話 お前は関わるな~小さな世界の知らない世界~3
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暑さも和らぎ、葉も色付き始めたころ。俺は性懲りもなく事件のことを考えていた。
インターネットで検索した。図書館に行って過去の新聞も調べた。実際に友人の住んでいた家にも足を運んだ。
が、何も見つからない。何も分からない。唯一分かったのは、現在、友人の住んでいた家には、知らない人が住んでいることだけだった。
実は、事件は無かったのではないか。そもそも友人は存在しなかったのではないか。
そんなことを考えている俺の眉間にはしわが寄っている。かもしれないと指で撫でた。
リビングでは彼女が本を読んでいた。
「何読んでるの?」
「あ、これ?『私は蚊帳の外』っていう本だよ」
そのタイトルの小説は聞いたことがあった。
「どんな、内容?」
「えっとね…」
彼女は小説のあらすじを語り始めた。
私はどこにでもいる一人のサラリーマン。最近、同僚の様子がどこかおかしかった。
「最近どうした?元気ないぞ」私が言うと、その同僚は「お前には関係ない。俺に関わるなよ」と、鬼の目つきで私を睨んだ。しかし、その眼の奥にはどこか怯えているようにも見えた。
後日、その同僚は死体で発見された。ニュースでは金銭トラブルではないかと報道していた。だから怯えていたのかと私は思った。しかし何故〝関わるな〟と言ったのか、疑問が生まれた。
ただの金銭トラブルなら素直に話せばよかったではないか。
取り立て屋に追われていたら素直に話せないか。その可能性もあったが、なぜか私は別のところに真実があるのではないかと思った。モヤモヤが晴れない。
私は事件のことを調べていくうちに、大変なところに足を踏み入れてしまったと気づいた。気づいた時にはもう遅かった。
あの時同僚が言っていた〝関わるな〟はこういうことなのかと…。
「これ、6年くらい前のベストセラー作品なんだよ」
「あー、だからか。どっかで聞いたことあるなあって」
「で、仕事場の先輩に借りたの」
「それもか」
アハハ、と二人して笑ったが、俺の中ではモヤモヤが発生した。
ただの小説であることは分かっている。だが、何故だろうか。今の俺と同じじゃないか。あらすじを聞く限り、〝私〟とは別のところで事件は起きた。しかし、〝私〟がその事件に首を突っ込んだばかりに、大変なことに巻き込まれてしまう。『私は蚊帳の外』に〝いればよかった〟ということが言いたいのではないのか。
「ねえ、どうしたの?」
「え?ああ、なんでもない」
「大丈夫?」
「体調は良いけど」
「そうじゃなくて!」
彼女は今にも、怒り出しそうで、泣き出しそうな顔をしている。
「どこにも…いかないで…」
彼女の言った〝どこ〟とはきっと、特定の場所ではない〝どこか〟というのは察しがついた。彼女もきっと、小説を読んで、俺の顔を見て、俺と同じことを思ったに違いない。
「大丈夫、心配いらない。どこにもいかないよ。ずっとそばにいる…」
俺は彼女の肩を抱いた。
「約束だよ」
涙目の彼女が俺を見つめる。その姿が可愛らしいとかそういう問題ではない。俺はさっきよりも強く抱きしめた。
「ただ…」
「ただ?」
「最後に確認したいことがあるんだ」
俺は顔を上げて、窓の外を見た。うっすらと窓に映る俺の顔は、自分でも驚くくらいに鋭い目つきをしていた。
少ししたある日。なら、わたしも手伝ってあげる。と言って、彼女はこの町の興信所を紹介してくれた。どうやら、仕事場の先輩の友人がやっているらしい。
「今度、その先輩にお礼をしないとな」
「なんで?」
「いろいろ貸してくれたりもしただろ」
「ああ、そういうのは別にいいって」
「そうか…」
それでも、お礼はするべきだろうと感じた。ふと、彼女の顔を見ると、何故か口を噤み、頬が赤くなっている。風邪かな。と同時に、可愛らしいと思った。そこで彼女の口が開いた。
「ただ…」
「ただ?」
「先輩が…」
「先輩が?」
「早く結婚しろって…」
心臓に銃弾が撃ち込まれたかのように、心臓を強く握られたかのように、一瞬痛いと感じた。
心拍数が無意識のうちに上昇しているのが分かる。
頬と耳が熱くなるくらい赤くなっているのが分かる。
ここで言わなきゃ男じゃない。さあ、言え!と、誰かが言ってくる。君は誰だ?
俺だ。
心の中の俺が言ってくる。さあ、言えと。
口を開くがのどが震えて声が出ない。
言わなければいけない言葉を探していると、頭の中で雪崩のように流れてくる。何が?
桃が。
それは違う!桃が流れるのは川だけだ。というより、桃は流れない。じゃあ、なんだ?
言葉だ。
この時この場で言うべき言葉は一つだろう。流れてきた言葉の中でたった一つの言葉を探す。探すだけなのに苦労する。
【拡散希望】すごく緊張しているナウ
怖いものほど見たくなる!
なんか、お前おかしいな
あなたが今蒔く種はやがて、あなたの未来となって現れる
全部違う!と思ったとき、不意に口から一言こぼれた。
「そうか」
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