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第99話:アニマリティー



この国はわたしのいた世界とは違うから、わたしが当たり前だと思うことがここの住人にとっては、とてもおかしなことだったりする。


もちろん、その逆だって。


わたしが変だと思っても、彼らにはそれが常識だったりするかもしれない。










「2人はさ、口移ししたことある?」

「ぶーーーー!!」


いつもの喫茶店、目の前の男にコーヒーぶっかけられました。



「だ、大丈夫アリス? ディー、今時そんなベタなリアクションする人いないよ」

「こここ、コイツが変なこと言うからだろバカぁ!」


そう叫ぶ少年が噴き出したコーヒーは、私の髪を滴り落ち、頬をつたう。なんだかデジャブだ。

冷めていたから良かったものの、熱々だったらと思うとゾッとするね。

うつむいたままのわたしに、ダムは苦笑しながら綺麗なハンカチを差し出してくれた。


「平気……じゃないよね、ごめん。クリーニング代はちゃんと払うから、許してあげて」


悪いのはディーなのに、ダムが謝るのか。

そう思ったけど、ディーが素直にごめんと言うのも何だか気持ち悪い感じがしたから、わたしは小さく頷いてハンカチを受け取った。


「…で、さっきの質問のことだけど」

「う、うん」

「それ、YESでもNOでもアリスは納得しないんじゃない?」


困ったように微笑して、そう言うダム。

――確かに、そうかもしれない。

こいつら無駄に仲良いから聞いてみたけど、これでええありますよと言われたらドン引きする自信がある。

だからといって、そんなことあるわけねぇだろと言われたら昨日のことに説明がつかな……って思い出したらまた熱ぶり返してきたー!


「違う、違うのよ! これはあれでそれだから……いやいやだから違うんだってば!」

「だ、大丈夫かこいつ」

「うーん、大丈夫じゃなさそうだね。水かければ正気に戻るんじゃないかな。僕そんな酷いこと出来ないから、ディーやってね★」

「指示してる時点で充分酷くね!?」


2人がそんな会話をしている間も、わたしは昨日の感触をリアルに思い出してひたすらテーブルに頭を打ちつけていた。




その後、本当に水をかけられたわたしはひとまず落ち着けた。

でも、そのせいで今わたしは濡れネズミ状態。周りの客からは不審な視線を向けられるし、店員はわたしに声をかけようか戸惑っていて何だか申し訳ない。

いつもならこんな仕打ち激怒するけど、今はそんな気すら起こらない。

そんなわたしを見て本格的におかしいと思ったのか、彼らが心配げな顔をするから、わたしは昨日のことを話した。



「お、お前伯爵とそんなこと……! いいいいいやらしい! お前しばらく俺等に近づくの禁止!!」

「なっ、この場合じゃ普通いやらしいのはわたしじゃなくて白うさ……違う違う! 白うさぎくんはそんなんじゃないの! あああやっぱりいやらしいのはわたしなんだッ。いやらしい女でごめんなさいィィィィ!!」

「いや、そこまで言ってねえけど……」


若干引き気味にディーがそう言ったけど、それに返す余裕はなかった。

昨日の出来事が、浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。白うさぎくんの様子からして、あの行動に深い意味はなかったと思う。

だからてっきりこの世界では、その、くくく口移し…って普通にやるものなのかな、って考えたんだけど。


「やっぱりおかしいのか……」

「恋人でも滅多にやんねぇっつーの」

「……じゃあさ、ディーもしたことないの?」

「バカ」


でこぴんされた。地味に痛いんですけど!


「……まぁでも、伯爵なら有り得るかもね。半獣だし」


わたし達が言い合いしてる横で、ダムがぼそりと呟く。

その言葉をわたしは聞き逃さなかった。


「どどどどういうことダム!?」

「わわっ、落ち着いてアリス」

「また水ぶっかけるぞッ」

「アンタは黙ってて!」

「酷ぇ……」


ディーが何かぐちぐち言っていたけど、そんなの後回しだ。今はそんなこと構ってられない。

身をのりだすわたしをダムはやんわりと制し、ひとつ咳払いする。


「人にはさ、理性と本能があるでしょ。そしてほとんどの人が本能より理性が強い」

「それは分かるけど、それとなんの関係が……」

「人の話は最後まで聞いて」

「は、はい」


小さく頷くと、ダムはにこりと笑い、眼鏡を外した。


「……人はたくさんの望みを持ってるけど、実行しない。理性があるから。でも、獣は違う。理性が効かないから、本能のままにしたいと思ったことを行動する」

「じゃあ白うさぎくんが本能のままに行動したってこと? ばばばか言わないでよダムでも怒るよ!」

「最後まで聞いてねアリスでも怒るよ」

「またコーヒーかけるぞ」

「「黙れ」」

「なんで俺にはそんなに冷てぇんだよ!」


もういい帰るばーか! ――そんな精神年齢の低さを表したような捨て台詞を叫び、ディーは店から出ていった。

それを呼び止めも追いかけもせず、ぼーと見つめる。

しばらくカランカランと鳴るドアを見てると……ってあれ、戻ってきた。


「止めろよォ! 今の雰囲気的に止める場面だろォ!」


本当に面倒くさいなオイ! なんだそのナイーブさ! 扱いにくいわ!


「そんなに俺が邪魔かよチクショー! お前等なんか2人でよろしくやってろぉぉぉ!」


ディーはダムの頭をバシッと叩き、今度こそ走り去った。

周りからの視線が再び強くなったんですけど!


「伯爵が半獣っていうのは知ってるよね?」


叩かれた箇所をさすりながらも、平然と先程の続きを話し始めるダム。クールすぎるぞ。

だけどわたしは、その話に意識を集中させる。

いや、別にディーが嫌いなわけじゃないんだよ? ただディーより白うさぎくんが好きなだけで。



「半獣は人より本能が強いけど、動物よりは理性がある。まぁ個人差はあるけどね」


……なるほど。確かに三月やチェシャ猫は本能のままに生きている気がするなぁ。ヤマネくんも、眠いという本能に物凄く従ってるし。

そう思うと、納得できる。でも、白うさぎくんは? 白うさぎくんは……違う。


「人間のわたしより、理性が強いよ」


独り言のように呟いたわたしの言葉に、ダムは吐息をつく。


「確かに伯爵は普段は半獣らしくない。でも、それは欲求がすべて殺戮に向いてるから。兎らしくないけど、立派な本能だよ」

「あ……」


気まずそうに声を漏らしたわたしに、彼はつまり、と言い


「伯爵が君にキスしたのも、動物の本能が出ちゃったんだろうね。したいからした、というよりは彼にとってたいしたことじゃないのかも」


親鳥が雛に餌を口移しするでしょ? あれと同じ。

ダムはそう言って、テーブルに置いた眼鏡を取る。

深い意味があったら困ると思って相談したけど、たいしたことじゃない…っていうのも何だか


「そんな悲しそうな顔しないでよ。あくまで僕の理論だから」

「か、悲しくなんかない!」


見透かされたようで、わたしは慌てて否定した。

ダムがくすくすと笑う。なんかからかってないかコイツ……?


「まぁ、ショックだったなら兎に噛まれたとでも思えばいいし、嬉しかったならラッキー、って割り切ればよくない?」

「そんな適当な……」


わたしがテーブルにうなだれると、ダムは顔を近付けてきた。視線をあげると、細められた紫の瞳と目が合う。


「もしかして、初めてだったの?」


その言葉に、わたしは盛大なため息を吐き









「生憎ファーストキスはとっくの昔にパパに奪われたわ」









ダムはまたくすくすと笑った。




※アニマリティー…動物性, 獣性; 動物界



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