第97話:騎士団の日常
忘れてしまった方は初めまして、覚えてらっしゃる方はお久しぶりですの、部下Aこと騎士団クローバー隊の隊長です。
え、名前が長いって? すみません、でも簡単に本名を言う訳にはいかないのです。それに多少ミステリアスな方が皆様に覚えて頂ける気がしますしね!
「おい、ミーハ!」
って、ああー。あっさり言われちゃいました俺の本名。
俺は自分の名前を呼んだ者の声に振り向いた。そこには、毎日顔を合わせる俺の親友の姿。
「俺の名前バラさないでくれよ」
「はぁ? なんのことだ?」
「いや、こっちの話」
怪訝な顔で見てくる彼は、スペード隊の隊長。名前はスウォー。ちょっと発音しにくいんだよな。
あ、俺の名前はさっきスウォーが叫んだ『ミーハ』です。ミステリアス計画は5秒で終わったので忘れて下さい。過去の傷はあまりいじらないでくれると嬉しいです。
「今日はダイヤ、ハートとの合同稽古か……」
スウォーが大きなため息とともに零す。でも、ため息をつきたくなる気持ちも十分すぎるくらいわかる。
普段の稽古はスペード隊とクローバー隊が共にやっていて、ダイヤ隊とハート隊は別だ。だが、1ヶ月に1回、すべての隊が一緒に稽古をする日がある。そしてその日が今日なのだ。
スペードとの稽古ははかどるし兵士達も良い意味で互いを刺激するから好きだ。だけど、ダイヤとハートとの稽古は毎回はかどらない。何故なら
「うわぁぁぁぁぁ!!」
突如聞こえた、自分の上司の叫び声。これはどう予想したってただ事ではない。
「ジャック様!」
俺は悲鳴がした方へと走った。
「いつもの事だろ……」
心底嫌そうに呟いた親友の声には、気付かないまま。
「な、なにをするんだ! ええい離れろ!」
「ハグくらいで慌てるなんて、ジャック様ったら純情♪」
「ッいい加減にしろハート!」
「いやん、ココって呼んで下さいジャックさまぁ」
顔を真っ青にしている上司と、そんな彼の腕に己の腕を絡ませている同志。俺は心配して駆けつけたことを、早速後悔した。
ジャック様にくっついている彼女は、残念なことにハート隊の隊長であり、名前を『ココ』という。
――そうだ、毎回こうだったじゃないか……。
俺は目の前の光景に、こめかみを押さえた。
ココはジャック様を尊敬、いやむしろ熱愛している(からかっているようにしか見えない時もあるが)。なので会えば、時場所関係なく今のようにくっついているのだ。
これでは、稽古がはかどるわけない。だけど、原因はこれだけでなく、もうひとつある。
「離れるッス、ココ! ジャック様が嫌がってるじゃないッスか!」
そう、彼女の存在だ。
「ジャック様もはっきり迷惑だって言ってやって下さい!」
「ダ、ダイヤ」
「ダイヤじゃなくて、ディアです!」
ココとジャック様の間にわって入ったのは、ダイヤ隊の隊長、『ディア』。
彼女はジャック様を崇拝してる。俺もジャック様を尊敬してるけど、彼女には負けると思う。……たぶん。
「迷惑だなんて思ってるのはジャック様じゃなくてあなたでしょ? ディアってばやきもち焼きなんだから♪」
「や、やきもちなんかじゃないッス! 私はただ、ジャック様が困ってるように見えたからっ」
うん、っていうか現在進行形で困ってるよね。でもそれには気づいてないんだね。
ココとディアに挟まれたジャック様は、今にも倒れそうなくらい顔面蒼白だ。これは、助けに入った方がいいのか……?
「だいたいいつまでくっついているんスか、早く離れるッス!」
「きゃっ、嫌よ離れたくないわ。だってココはジャック様のこと愛してるもの♪」
「あ、あああ愛し……!? ふしだらッスよココ!」
駄目だ、あの2人にわって入っていける勇気はない。くっ、隊長として恥ずかしいがあんなバトルに俺が勝てるだろうか? む、むり。 俺には荷が重すぎます皆さん!
「いいい、いい加減にしろお前等! 何が愛してるだ! そう言って俺をたぶらかし、俺の地位を奪う気なんだろう! そうだろう!? それとも何か、貢がせるだけ貢がせておいてポイ捨てし、俺のあだ名をみつぐ君にする気だな! そうなんだろ!?」
なんでだよ! っていうかネガティブ過ぎる!
「いやん、ジャック様ったら被害妄想がは・げ・し・い♪」
「ご、誤解っスジャック様! 私はただ……!」
「ええい、手を離せ!」
そう言って、2人の手を振り払うジャック様。というか、早く稽古を始めたいのだが……もう勝手にやってていいかな。現にスペード隊は既にやっているし。
いやしかし、やはりここは隊をまとめる役目として俺はあの2人を止めるべきだ。兵士たちだってみんな困っている。
そうだミーハ、お前はやればできる子だ!
「さ、3人とも! そろそろやめ―――」
「「「お前は黙ってろ!」」」
「……はい」
正直、泣きそうになったのは秘密です。
背を丸める俺を見てどう思ったのか、スウォーが無言で俺の腕をひく。共に稽古をしよう、という思いやりだろう。
――いや、単に俺を哀れに思っただけかもしれないけど……。
「あの3人に声をかけるなんて、バカだろお前」
呆れた目を向けてくる親友に、俺は何も言えなかった。
「うふ、ジャック様って本当にかわいい♪」
「なななな、なにをするぅ!」
「やめるっス、ココ!」
だから嫌なんです、この合同稽古は。
・スペード隊長
名前は『スウォー』。騎士団の中ではツッコミ気質の苦労人。最近はツッコミに疲れ流し気味。ジャックを尊敬してるけど、蹴ったり叩いたり説教したりしている。常識人。
・クローバー隊長
名前は『ミーハ』。親しみやすく、人当たりの良い青年。スウォーとは親友。ディアとはよく話す。ココはちょっと苦手。もちろんジャックを敬っている。まぁまぁ常識人。
・ダイヤ隊長
名前は『ディア』。語尾に「〜っス」がつくのが特徴。ココとは険悪なわけじゃないが、ジャックが絡むとよく言い争いしてる。ジャック命でジャック至上主義。ちょっと非常識。
・ハート隊長
名前は『ココ』。ぶりっ子のようで実はこれが素。だから腹黒ではない。でも時々、天然だか計算だかわからない。 なんだかんだでディアのことは好き。ジャックラブ。非常識。