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第96話:愛してねDarling



「なにさ帽子屋のばかぁ!」

「だからお前は人の話聞け言うてるやろ!」

「ッぼくに、さわるなァァァァァ!!」






  ◇


ほんのり香る海の匂いと、甘いスイーツのハーモニー。あたたかなひだまりでの賑やかな談笑。そう、お茶会はいつだってわたしの憩いの場。



の、はずだったのだけど。




「……えーと、どうしたの?」


わたしの開口一番の言葉は、そんな疑問だった。挨拶もなしに失礼だと思うが、仕方ないだろう。

だって、人数とか雰囲気とか、いつものお茶会と違いすぎるんだ。


「なんで1人なのなんで腕ケガしてるのなんでそんな暗い顔してるの」

「そんな一気に答えられるかい……」


何ものっていないテーブルにうなだれ、いつもと比べて覇気のないツッコミをいれる帽子屋。

わたしは戸惑いながらも、普段はあの少女により座ることが出来ない帽子屋の隣に腰掛けた。


改めて彼を見つめれば、やはりおかしい。目に生気が灯ってないし、何故か左手に包帯巻いているし、背中も曲がり気味で視線が斜め下に向いている。

そして、あの2人がいない。


「とりあえず、説明して欲しいんだけど…」

「笑わへんか?」

「うん、当たり前じゃん」


即答すると、帽子屋はまたひとつ大きなため息を吐き出しつつも、昨日の出来事を話し始めた。




  ◇


「お前はその癖ほんまにどうにかならへんのか……!」


怒っていることを伝えようと睨んでみせても、目の前の子供は笑ったまま。反省の色なしではないか。


「うん、どうにかならない」

「即答するな」


少女の頭を軽く小突く。まったく、せめて直す努力はして欲しい。その、誰かれかまわず襲う癖を。

事の起こりは、俺が久しぶりにヤマネと三月を自邸に連れて帰ったことから始まる。だが、そこまではいい。俺のミスは、彼らから目を離したこと。


嫌な予感がしたが、時既に遅し。聞き覚えのある男の悲鳴に駆けつければ、そこには着替え中だったのか半裸の俺の弟と、彼に跨っている三月の姿が。

それだけで頭痛がするのに、近くにはヤマネが幸せそうに眠っていて。どんな神経してるのか問いただしたい。



「人の弟まで襲うなんて信じられんわ」

「だからごめんって。僕だってわざとじゃないよ」

「わざとやったら、俺はお前を本格的に教育し直す」


だいたい、一通りのマナーは教えたはずのだ。いまいち発揮されていないのが悲しいが。

――俺としては、もっと花のように育てたかったんやけどな。

いったいどこで間違えたのやら。そんなことを思ってため息をつくと、三月が頬を膨らませる。どうやら、口に出してしまったらしい。


「そりゃ、ぼくはあの人達と違ってきれいじゃないけどさ」

「あの人達?」


誰のことか分からず聞き返せば、三月は俺を上目に睨み


「ぼく知ってるんだからね! 帽子屋がぼくのいない所で女の人とイチャイチャしてるの!」

「イチャ……なに言うてるんやお前は!」

「フィシュが言ってたもん!」

「あいつはまたいらんことを……!」


俺は自分の秘書の顔を思い出し、小さく舌打ちした。見に覚えのないことを吹き込むなんて、なんの嫌がらせだ。俺はあいつに何かやっただろうか? いいや、やってない。


「帽子屋のフェミニストー」

「それはけなしてんのか褒めてんのか?」

「プレイボーイ、キザ男、変態、サド、女たらし」

「お前、黙って聞いてれば……っちゅうかそんな言葉どこで覚えてくるねん!」


明らかに俺に対する貶し言葉は、どれも失礼極まりないもの。だいたいそんなこと言ったら、俺が誤解されるではないか。

拗ねたようにそっぽを向く三月の頬を包み、やんわりとこちらに向けさせる。こいつは何をそんなに怒っているのだろう。


「……離して、よ」

「三月」

「どうせ僕は可愛くないし綺麗じゃないもん」

「俺がいつそんなこと言うたんや」

「いいから離して!」

「人の話聞け!」


俺から距離をとろうとする三月の肩を掴み、声を荒げさせる。

しかしそのアーモンド色の瞳を見た瞬間、俺は思考が停止した。正確に言えば瞳ではなく、そこに浮かぶ涙に。


「みつ……」


その涙に動揺して、油断したのがいけなかった。三月は俺の腕を掴みあろうことか


「ぼくに、触るなぁぁぁぁ!!」


背負い投げを決めた。






  ◇


「……背負い投げ」

「背負い投げ」


半ば呆然とこぼしたわたしの言葉に、帽子屋は頷く。

わたしはリアクションに困りながらも、彼が腕を怪我している理由が分かりひとり納得した。


……あれ、でも背負い投げされたら普通けがする所って背中じゃない? まぁいっか。

わたしは紅茶を手に取り、息を吹きかけた。


「それで、三月は今どこにいるの?」

「部屋」

「分かってるなら早く仲直りしなよ!」

「ヤマネが入れてくれへん」

「あちゃ……」


ヤマネくんは三月には人一倍優しいから、もしかしたら三月を泣かせた帽子屋のことを怒ってるのかもしれない。

でも、帽子屋の話を聞くに別に帽子屋が悪いわけでもないけどね。

ただ三月はわりと暴走気味だけど、その分乙女でもあるから。


「三月の気持ち、同性として分からないでもないなぁ」

「……俺も女やったら、あいつの気持ちちゃんと察してやれたのにな」


こめかみを押さえて、ため息をつく帽子屋。ため息ばっかりついてると幸せ逃げるぞ。

なんて思ってたけど、幸せきたかも。


「ぼ、帽子屋は悪くないよ!」


子供特有の高い声に、帽子屋とわたしは振り向く。


「三月……」


そう、そこに立っては正に今話していた人物(人なのか兎なのか分からんが)。

わたしは空気を読んで、その席を立ちいつも座る椅子へと腰をおろした。


「ごめんね帽子屋、あんなの僕のわがままだ。ヤマネに怒られちゃったよ」


困ったように笑って、三月は帽子屋の服の裾を握る。

ちょ、なんだその仕草! 可愛すぎる! 帽子屋じゃなくてわたしにやってよ!

そう言いたくて仕方ないが、わたしは必死に我慢した。そうよアリス、あなたは女王様やジャックと違って空気の読める子だわ。


「そんな謝んな。……ヤマネは?」

「ん、眠いからしばらく寝てるって」


あ、ヤマネくん寝てるのか。じゃあ今日会えないかな? ちぇっ。あ、でも部屋にいるんだよね。

見に行こうかな、なんてわたしが思っている間に三月は椅子に座っていた。2人とも笑ってるし、完全に仲直りした模様。


「可愛くなくてごめんね」


ヤキモチ焼いた罪悪感からか、そうこぼす三月を帽子屋はアホ、と言って軽く頭を叩いた。

――あー、なんか和む。

しかしそれをガラガラに壊す言葉を、少女は嬉しそうに頬を染めて言った。


「ねぇ、キスして」


と。


わたしはちょうど紅茶を飲んでいたので、その言葉につい噴き出し、その後盛大にむせた。いや、だって!ねえ!?


「なんでそうなるんや……」

「仲直りのチューだよ♪ それにたまには帽子屋からして欲しいもん」


食い下がる三月を前に、帽子屋はわたしを横目に見る。


「……ええと、わたしのことは空気だと思って、はい、気にしないで、どうぞ」


口の周りを拭きながらそう言うわたし。我ながら偉いわ。それにキスっていったって、この子達の場合ほっぺとかおでこだろうし。……たぶん。

帽子屋はため息をひとつ吐き出し三月に一回だけや、と言う。そして、何故かわたしのほうに手を伸ばし―――あ、目を覆われた。

別にこの2人のいちゃつきっぷりは今更なんだし、こんなことする必要ないのに。それとも、もしかしたらマウストゥマウス?


――もしそうなら、帽子屋は完全にロリコンだ。

リップ音が聞こえないか耳をすましながら、そんなことを思った。





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