第95話:ブラコン症候群
ダムを追跡し、たどり着いたのは広場の噴水前。壁に隠れてそこを伺っているわたし達は、端から見たらかなり滑稽かつ不審だろう。
「一番ポピュラーな待ち合わせ場所ですね」
伊達メガネに指先で触れながら、アンが呟く。視線の先には、ベンチに座っていた女の子とそれに片手をあげて声をかけているらしいダム。
距離があるせいか、何を言っているかは分からないけど、推測するに
『ごめんね、待った?』
『ううん、今来たとこ』
だろう。ベタだけど絶対そうに決まってる。
「意外だなぁ。ダムは待ち合わせの10分前にはスタンバイしてるタイプだと思ったのに」
「いや、俺が思うにあれはわざと5分くらい遅れたな」
「……なにそのテクニック」
「俺が知るかよ」
わざと遅れるなんて紳士の風上にも置けない。モテテクか? モテテクなのか?
わたしも今度やろうかな。あ、やる相手がいないや。
そんなことを考えボーっとしていたら、急にアンが謙虚な彼女にしてはめずらしく、あぁー!と大きな声をあげた。
「ど、どうしたのよアン」
「みみみ、見て下さいあれ」
「あれ? ……!!」
アンが指差した方向に焦点を合わせた瞬間、わたしは目を見張った。
女の子がダムに抱きついている。
ここからではダムの表情は見えないが、女の子は手を彼の背中に回し、ギュッとしがみついていた。
「あれは、挨拶のハグじゃないよね」
「絵になってます! 写真撮りたい!」
「いや、わたしの話聞いてよアン」
それさえも聞こえないのか、アンはひとり頬を染めて小声ながらも騒いでる。
人のラブシーンって、そんなにいいもの? しかも友達。わたしには分かんないな。現に今、物凄く複雑な気分だもん。
でも、わたしでこんな心境じゃ双子で兄のディーにはたまったもんじゃないだろう。そう思って、意外にも静かな隣の彼を横目で伺う。
―――思考が停止した。
しかし、ガチャリという音にハッとし、有り得ない光景に絶句していたわたしの口はやっと開いた。
「な、なに持ってるのよディー!!」
彼が手にしているのは、間違いなく銃だった。
「なに危ないもの取り出してんの!?」
「離せ。アイツを殺して俺も死ぬ」
「いやいやいや! なんだその短絡的思考! あの女の子にだってきっとなんか事情があるんだよ!」
「大丈夫、撃つのはダムだ」
「なんだ、それなら……って違う違う! 全然大丈夫じゃないから!」
「うるさい」
「しっかりしてディー! あんたさっきから目が死んでるよ!?」
必死に彼を揺さぶるが、その灰色の瞳はいつも異常にくすんでいる。
やきもちってレベルじゃないぞ!
「とりあえずダムの足撃ち抜いてその後自分の脳天撃つ」
「うわぁぁぁ! アンもなんか言ってよぉ!」
「え?」
助けを求めるべくアンの方に振り向き、わたしはまたもや声を失った。
なんで、なんで……
なんでカメラ持ってるのォォォォ!?
「あ、いや、この格好で銃を持ってるディー君もなかなか素敵で……」
眼科に行くべきだよアン! それともそのメガネ実は度が入ってるの!?
「すて……!? な、なにバカ言ってんだ!」
途端、瞬間湯沸かし器のごとく顔を真っ赤にさせるディー。案外あっさり元に戻ったな。
「すみません、やっぱり不愉快ですよね」
「ち、違っ! そうじゃなくて……!」
「いいんです。私いつもこんなで……恥ずかしい」
「〜ッ、撮れよ、撮ればいいだろばかぁ!」
「いいんですか!?」
えええ! めちゃくちゃ食らいついちゃった!
「それでは遠慮なく撮らせて頂きます!」
――なにこのカオスな空間……。
隣で撮影会を繰り広げている2人を無視し、わたしはダム達に視線を戻した。あれっ、もう離れてるや。
それにしても、いったいどういう関係なんだろう。まさか本当に恋人? でもダム、前に彼女はいないって言っていたような……。
っていうか、後ろのシャッター音がものすごくうるさい。
「だー! あんたらいつまでやってんだ!! だいたいそんな写真どうするのアン!」
「コ、コレクションに」
「やめてぇぇぇ!」
アンはわたしの知り合いで数少ない常識人=心のオアシスなんだからぁ!
「ほら、アンそろそろやめて!」
「いいかぁ、あんなふしだらな女、お父さんは許さないからなぁ!」
「お前は黙ってろ!」
第一あんた、お父さんじゃなくてお兄さんだろ!
そんなツッコミと共にディーの頭を叩くと、彼は大げさにいってぇ!と叫んだ。
「とにかく、俺は認めない! だいたいあんな婿入り前の男に抱き付くなんてチャラいに決まってる!」
言ってることがめちゃくちゃだ。これじゃあ、ダムがディーを鬱陶しがる気持ちも分かりすぎるくらい分かる。
こんな兄じゃ、わたしだったらグレるね。ダムがあんな黒いのも実はコイツのせいじゃね?
「チクショーチクショー!」
「ディー、あんたの気持ちは分かんないけど、まずはその物騒な銃しまって」
「うぅーあいつ女の趣味悪すぎるんだよー」
聞けよ人の話。そう言おうとして、わたしは口を開いたがそれよりも前に彼が声を響かせた。
「女装姿の君に趣味云々は言われたくないよ」
ある意味、銃声より恐ろしい声を。
「っていうか、君たちは揃いも揃って何してるの?」
こんなものまで持って。そう言って気配もなく現れた彼は、ディーの手から銃を奪った。
……どうしよう。わたし逃げた方がいいかな。逃げるべきかな。
「ちょっ、お前返せ――むがっ!」
「はい、少し黙って」
にっこりと笑ったまま、彼、ダムはその銃をディーの口の中に突っ込んだ。
うん、逃げよう。逃げなきゃ殺られる!
「君もだよ、アリス」
チクショォォォ!!
「いや、ちょっとした好奇心っていうか……ねぇディー?」
「お、俺に話をふるな!」
「すみませんすみませんすみません……!」
天使のような笑顔で死神並のオーラを背負うダムと、後ろめたさからうつむき加減のわたし達。これは完璧に制裁が下るんじゃないだろうか。
「わざわざそんな格好までして……」
彼は呆れたようにため息をつく。……っていうかダム、あの女の子はどうしたんだよ。かなり気になるんだけど。
そんなことを思いながら、隣の2人を横目で伺う。
ディーは相変わらず、いやさっきよりもムッとしていて、アンに至っては真っ青な顔してひたすら謝罪してる。なんだか可哀想だぞ。
「……えーと、怒ってる?」
上目で尋ねれば、苦笑される。
「そりゃあね。でも、許してあげないこともないよ」
「本当!?」
目を輝かせ顔をあげれば、ダムは優しい笑みと甘い声でこう言った。
「土下座して、『ごめんなさいダム様』って言ったらね」
「「「ごめんなさいダムさまァァァ!!」」」
「プライドないの君たち?」
地面に頭をつけるわたし達を見て、ダムが若干ひき気味に呟いた。