第94話:STALKING
「それじゃ、僕ちょっと忙しいからちゃんと君がもてなしてね」
そう言ってダムは、ディーの返事も聞かずにわたし達を置いて部屋から出て行った。
「……ダム様は、どこにお出掛けになるのでしょうか」
ダムが扉を閉めたのを確認したアンが、まだちょっと顔の赤いディーに尋ねる。
「し、知らねーよ。どうせまた女だろ。昔はもっとピュアだったのに、いつからあんな遊び人になったんだか」
不機嫌そうに眉を寄せ、チクショーと吐き捨てるディー。相変わらずアン相手にはどもっている。
おいおい、あんたそんな純情なキャラじゃないでしょうが。女相手に平気でブスとか貧乳とか言う奴だろ。それとも好きな子には実はデレデレか?
――まぁ、すぐに赤面するのは誰が相手でもそうなのかもしれないけど。
ソワソワと落ち着かないディーを見てそう思った。
「やっぱり身内の恋って気になりますよね」
「特にディーはブラコンだからね」
「なっ、誰がブラコンだ! 弟思いって言えよ!」
アンの漏らした言葉に口を挟めば、ディーが食らいついてきた。あんたの弟想いは重いんだよ。あれ、なんかダジャレになった。
言葉にしなくて良かった。だって今の言ってたらかなり馬鹿にされる。もちろんディーに。
「そんなに気になるなら、こっそり付いていけばいいのに」
「そんなの、バレるに決まってるだろ」
まぁ、確かにね。しかもバレた後が恐い。あまり黒ダムは見たくないんだけど。
「バレなきゃいいんですね!?」
嬉々としたその声に、わたしとディーは同時に振り向く。
「変装すればバレません! 私達でダム様をつけましょう!」
なにを言ってるんだこの子は。そしてその手に持っているメガネやらカツラやらは何? どこから出したわけ?
「変装って……」
「私、ディー君のために一肌脱ぎます! だ、だめですか!?」
「おおお俺のため!?」
反応しすぎだバカ。逆に可哀想になってくるよ。そしてわたしが蚊帳の外なのはなに? 2人の世界とか許しませんからね!
「お、俺は別にダムなんかどうでもいいけど、その」
「せっかくですし、完璧に変装したいですよね」
「お前がどうしてもって言うなら、付き合ってやってもいいぜ!」
ディー、アンはもう聞いてないよ。違う方に興味がいってるよ。そしてアンは独り言なの? それともわたしに話しかけてるの?
「アリス様にはこれです」
話しかけられていたらしい。っていうか、わたしも変装するのか!? なんでさりげなく巻き込こんでんだ!
そう言いたかったけど、目の前のアンのピュアな瞳を見たら、何も言えなくなった。恐ろしい娘……!
わたしは渋々、アンから服やら何やらを受け取った。
手渡されたものは、黒髪のボブのカツラとチェックのミニスカートに黒ベスト、それにブーツまで。ちょっとロックっぽいけど可愛い。
「そして、ディー君にはこちらの服です」
「あ、サンキュ……って」
アンがディーに手渡したのは、ニットワンピースとブロンドのカツラ。それにカチューシャ……って
「「女装かよ!」」
わたし達の声は見事にハモった。あまり嬉しくないハーモニーだ。
「嫌だからな、俺絶対に嫌だからな!」
「大丈夫ですよ」
「なにが大丈夫なんだよ!」
受け取ろうとしないディーにどんどん迫るアン。さっきまで赤かった彼の顔が、今は青くなっている。
気の毒だとは思うけど止めない。なんか面白そうだし。それにディーって顔はいいんだし、似合うんじゃないかな。
「……よし、着るんだディー」
「はぁ!? お前まで何言ってんだ…ってギャアァァァ!!」
「押さえつけて、アン!」
「はい喜んで!!」
「う、うわぁぁぁやめろぉぉぉぉ!」
「じゃあ僕そろそろ出掛け……何やってるの君」
いつの間にか戻ってきていたらしいダムが、わたし達を不審な目で見る。
「ご、誤解するなよ! こんな格好なのはお前のためじゃなくて俺のためなんだからな!」
「是非そうであることを祈るよ」
むしろ僕のためとか言ったら本気でひく、と引きつった表情で言いながらダムは部屋から出て行った。
……なんかディーが可哀想になってきたんだけど。
ダムが完全に立ち去ったのを合図に、ディーはわたしの胸ぐらを掴みかかってきた。
「ダムにドン引きされたじゃねぇかどうするんだコノヤロー!!」
「だ、大丈夫だディー。ダムはいつもディーにドン引きしてるって」
「フォローになっていませんアリス様!」
アンの声にハッとしたのか、ディーは息を荒くしながらもさっきまで暴言を吐いていた口を閉ざした。分かりやすい奴だな!
そんな彼とわたしを見て、アンは咳払いをひとつする。
「と、とにかくディー君のこの格好はダム様に見られてしまったので駄目ですね」
「デカいしゴツいしで似合ってないしね」
わたしのこぼした言葉にディーは、似合ってたまるか!と怒った。だってもっと可愛いのイメージしてたんだもん。
結局、アンの提案によりディーはスキニーにチュニックという格好に変更された。念のため、カツラとカチューシャにサングラスもプラスして。
「いやだからなんで女装!?」
「だってディー君がちょっと変装したくらいじゃ、ダム様気づくと思うんです」
確かにそれはわたしも思う。それに今のディーの姿はさっきに比べてずっと美人だしきっとバレない。
要は足を露出しなけりゃいいんだね! 女の子にしたら背高いから、モデルみたいでかっこいいぞ!
「では、そろそろ行きますか?」
伊達メガネをかけ、刺繍入りエプロンドレスを着たアンが立ち上がる。
「そうだね。ディー、行くよ」
「お、おう」
ダムの身辺調査に!!
……これってストーカーになるのかな? でもダムが怒ったとしても、一番被害をこうむるのはきっとディーだろうしいっか。……平気だよね? うん、大丈夫大丈夫。でも、いざとなったら逃げよう。
※stalking…つきまとい