第93話:一蓮托生
相変わらず豪華で多めの朝食を食べ終え、食後の一服に紅茶をカップに注ぐ。
ステレオから流れる優雅な曲は、聞いたことがないけれど自然と耳に心地よかった。
そう、とても心が落ち……
「つくかァァァァ!!」
我ながら、朝から騒々しいと思った。
いやでも、昨日のことを思い出すとこんなゆったりしていられない。だって昨日わたし、あの変態猫と……
「ぬあァァァわたしキモイぞォォォォ!」
有り得ない。本当に本当に有り得ない!
素っ気ないから花占いしたり嫌いって言われて泣いたりキスされそうになっても動けなかったり、もう全てにおいて昨日のわたしはおかしかった。
しかも女王様の誘いに舞い上がってチェシャ猫を部屋に放置し、お茶会の後部屋に戻ったら彼はすでにいなかったというオチつき。
「ッ、マジで有り得ないィィィィ!!」
「アリス様、お入りしま……って何してるのですか!」
壁に頭を打ちつけていたら、いつの間にか入ってきてたアンにはがされる。
打ちつけている間は気づかなかったけど、急に額が痛くなってきた。絶対に赤くなっている気がする。
痛む箇所を撫でながら、わたしは怒り気味のアンを見上げた。
「女の子が自ら自分の身体を傷付けるなんて、なに考えてるのですか! 言語道断です!」
「す、すみません…」
笑顔か困ってるか照れてるかの表情しか見たことないから、こんなに怒っているアンを見るのは新鮮……。
いや、正直に言おう。驚いたし恐い。
普段は優しげに下がっている眉が今はひそめられ、瞳には怒りがしっかりと色付いている。
しかもメイド服じゃないし。……ん? メイド服じゃない?
「……メイド服じゃない」
つい反射的にそう漏らしてしまった。それにアンはパッと頬を淡く染め、照れ隠しなのか視線を斜め下にうつす。
いつもは黒地に白のエプロン、レースのヘアアクセスと完璧なメイド姿なのに、今は白のワンピースに紺のカーデを羽織っていた。
怒っている表情や、私服姿など、今日はアンのいろんな面を見る。
珍しくてついまじまじと見ていたら、小さな声であまり見ないで下さい、と言われた。
「ごめんごめん。でも、どうしたの? お出掛け?」
そう尋ねると、彼女ははにかみながら頷く。
「前にディー君からお店へ来るようお誘い貰っていましたので、今日は仕事も休みですしトゥーイドルに伺おうと思いまして」
あっ、なるほどね。アンが来たらディーも喜ぶだろうなぁ。その顔はちょっと見てみたいかも。
――でもわたし、お邪魔虫だよね。
ここは空気を読むべきだろう。わたしも行きたいなんて、言っちゃだめだめ。
うん、言っちゃだめ……言っちゃ……言っ………。
「アン、わたしも行っていい?」
意志弱ッ! 意志弱すぎるよアリス! どこまで駄目女なんだわたしは!
自分から言ったくせに、ちょっと落ち込むわたしはかなり滑稽だ。
でもディーって素直じゃないから、アンに酷いこと言いそうだし、そこをわたしがフォロー!みたいなさ!
あとアン相手にしどろもどろなディーを見て笑ってやりたい! むしろこっちが本心!
そんなことを思っていたら、アンは両手を合わせ、本当ですか?と目を輝かせた。
「私最初からアリス様を誘うつもりでしたので、そう仰って頂け助かります」
「そ、そうだったの?」
「はい♪」
にっこりと笑う彼女を見て、わたしは急いで支度した。
◇
「あれ、アリス?」
今まさにトゥーイドルの店内に足を踏み入れようとした時、聞き慣れた声がわたしを呼んだ。
アンとわたしが一緒に振り向くと、そこにはメガネをかけた少年。
彼はわたし達に近寄り、いらっしゃいと微笑んだ。
「アンちゃんも来てくれたんだ。ぼく今日出掛けちゃうけど、ディーならいるよ。今はたぶん部屋にいると思うんだけど……案内しようか?」
「すみません、手間ひまかけさせてしまい」
「やだな、気にしないで」
笑みを絶やさないまま言い、ダムはわたし達を店の中ではなく、店の横を通り過ぎ、裏口に案内してくれた。
――そういえば、ダムの用事ってなんだろう。デートかな。
考えてみれば、ダムっていろんな女の子と仲良いよね。案外、女たらしなのかも。
「人聞き悪いこと言わないでよアリス」
……わたし、声に出してた?
隣に立つアンに尋ねると、彼女は困ったように笑いながら首を振る。
また読心術を使われたのか!おっかねぇなオイッ!
そんなことを考えている間に、ダムは室内にわたし達を招き入れ、ディーの名前を呼ぶ。
連れてこられた部屋は、見覚えのあるものだった。以前、わたしが倒れて看病してもらったとき、ディーに相談らしきものをされたとき、わたしはこの部屋に入った。
「ディー、いる?」
「なんべんも呼ぶんじゃねぇよ。いるっつーの」
声に遅れて、ディーが顔を出す。不機嫌な表情と声色に、ダムは苦笑しながらごめんねと謝った。
「だいたいお前、出掛けるんじゃなかったのかよ」
「ん、まだ準備してなくてさ。それに、君にお客さんも来てるし」
「客だァ?」
ガラの悪い口調でそう言った後、彼はわたしを視界に入れて顔を歪めたが、その隣の人物を確認した途端頬を真っ赤に染める。
おい、なんだその違い。泣くぞコノヤロー。
「こんにちは、ディー君」
来ちゃいました、と柔らかく微笑むアンに、ディーは耳や首筋まで赤くなりながら身体を小刻みに震わせる。
しばらくそうしていたかと思うと、目をぎゅっと瞑りこう言った。
「ななな、何しに来たんだコノヤロー! ううう嬉しくなんかないぞ!」
バカな子ほど可愛いと言うけれど、わたしはこいつをただのバカとしか思えなかった。
「可愛いなぁ」
眼科行くべきだよ、ダム。
※一蓮托生…行動・運命をともにすること