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第86話:ルピナスのきみ



「あ、白うさぎくーん!」

「とまって下さい!」


駆け寄ろうとしたら、目の前の少年は手を出し、ストップの合図を出した。わたしはえっ、と思いつつも、反射的に止まる。

立ち止まったわたしに白うさぎくんは安堵の表情を見せるが、一歩踏み出すとまた手で待てと言った。


え、なに? 結構傷付くんだけど。

そんなわたしの思いが伝わったのか、白うさぎくんは絶対零度の目で言う。


「帽子屋さんから聞いたんですけど、お姉さんって幼児愛好者なんですってね」


………はい?


「お姉さんがそんな人だとは思いませんでした。これからは半径3メートル以内に近寄らないで下さい」


吐き捨てるように言い、彼は背を向けた。


え、ちょ、まっ……!



「誤解だよ白うさぎくん! 確かにわたしは子供大好きだし年下好みだけど決してそういう邪な目で見てるわけじゃ―――!」



叫びカッと目を開ける。視界には、天蓋と伸ばした自分の手が。

ぼんやりとした意識。小鳥の歌う声と、眩しい日差し。そして自分がベッドの上ということでやっと状況が把握できた。


「ゆ、夢……。なんだ夢か夢オチか夢オチで良かったぁぁぁぁ!!」


そうだよね、白うさぎくんがあんなこと言うわけないもんね。そもそも帽子屋が白うさぎくんにそんな話をするという自体、有り得ないもんね!

安心して息を吐いたところで、ドアをノックする音が響いた。きっとメイドさんが朝食を運んできてくれたのだろう。

わたしが返事をすると、失礼しますという声の後に扉が開かれた。


「おはようございますます、アリス様」

「おはよう、アン。なんかいつもいつも運んできて貰っちゃって、申し訳ないな」

「なに言ってるんですか、私はこうやって毎朝アリス様に会えて嬉しいんですよ? アリス様は違うんですか?」


微笑みながら首を傾げるアン。か、可愛いこと言ってくれるじゃないか……。

わたしは枕を抱きながら、小さく嬉しいよ、と答えた。それにアンはにっこりと笑う。くっ、眩しいぜ!


「……なんだかアリス様、顔色が優れないですね」

「あー、たぶん嫌な夢見たせい」

「悪夢ですか? 正夢にならないといいのですが……」


―――【正夢】

その言葉に嫌な予感が頭をよぎる。

いや、ないよな。うん、さすがにそれはない。

いくら日々わたしが彼のことを可愛いと叫んでいるからって、そんな誤解なんかしてないよ……ね?


――はっきり言えないって、どうなのわたし。

小さな不安はどんどん膨らんでゆく。

夢の中の白うさぎくんを思い出し、いてもたってもいられなくなったわたしは、ベッドからおり、部屋から飛び出した。


「ちょっ、アリス様!?」


アンの言葉にわたしは、ごめん!と叫んだ。





  ◇


迷路のような廊下に、わたしの靴の音が響く。女王様に会ったらまた怒られてしまいそうだと思いつつも、わたしは走ることを止めない。

目指すは、愛しき少年の部屋。いつもわたしより早く起きてる彼が、この時間帯に部屋にいるかは不明だ。でも、可能性はゼロじゃない。


――早く、会いたい。あの笑顔を見て、この不安を拭ってほしい。

たかが夢、なんて分かってる。でも白うさぎくんに軽蔑されたら、わたしの人生お先真っ暗だよ。



彼の部屋の前までたどり着いたわたしは、焦る気持ちを抑えてひとつ深呼吸をした。

そして、ドアノブに手をかける。回そうとしたとき


「ぐはっ!!」


………扉が、先に開いた。

いきなりのことに反応できなかったわたしは、思い切り額をぶつける。

ガンッと鈍い音に遅れて、わたしの色気のない悲鳴が響いた。


「えっ、あ、お姉さん!?」


開けた張本人はわたしの存在に気付くと、慌てて駆け寄ってくれる。

涙目でうずくまり額を押さえるわたしを見て状況を理解したのだろう、少年は謝罪を口にし、わたしと目線を合わせた。


「だ、大丈夫……扉の前にいたわたしが悪かったんだし」

「でも、すごい音しましたよ?」


そこは否定できない。言葉につまってると、白うさぎくんは苦笑してわたしの前髪をあげる。

触れてきた手は少し冷たくて、痛みの熱を伴ったそこには気持ち良かった。

おとなしくしていると、白うさぎくんはまたごめんなさい、と言って笑う。

その笑顔は覇気がなく、儚げであった。


「白うさ……」

「すみません、冷たいタオル持ってきますね」


立ち上がる少年に、伸ばしかけた手は宙をさまよう。

なんだか酷く違和感を感じた。いつも通り彼は優しくて礼儀正しくて。でも、違う。なにかが足りない。


「待って」


だから、この行為も無意識で。服の上から掴んだ少年の腕はやっぱり冷たかった。

振り返る白うさぎくんの顔は、なんで今更気づいたんだというくらい青白い。


「あ」


そう漏らしたのは、わたしと彼、どちらだろう。

ガクリと白うさぎくんの膝が崩れ、彼はわたしに寄りかかるようにして倒れた。


「ちょっ、大丈夫?」

「す、すみません。目眩がして……」


直ぐにわたしの腕の中から抜け出そうとする少年。だけどわたしは、手を離さなかった。


「白うさぎくん、無理しちゃ駄目だよ。疲れてるならちゃんと言わなくちゃ」

「疲れてなんか……」

「顔真っ青にして言っても説得力ないってば!」


わたしはとりあえず彼を支えたまま、周りを見渡す。幸運にも、少年の部屋はすぐ側だ。

とはいっても、白うさぎくんの部屋は入ってからベッドまでが遠い。部屋全体が広いからだ。


――歩けるかな?

無理だよなぁ、と勝手に自己完結する。

しばらく思案した後、出た答え。

わたしはいったん少年から手を離し、彼に背を向けてかがむ。要はおんぶだ。

背後からは戸惑った雰囲気を感じたが、急かすと躊躇いつつも身体を預けてくる。


「よいしょっと、って、うわぁ!!」


思い切り力を込めて立ち上がった瞬間、よろけた。重くてではない、予想に反して軽すぎたのである。

――ちゃんと食べてるのかなぁ……。

そんなことを思い、まるで母のようだと苦笑をこぼした。

でも、こんな可愛い子供がいたら幸せだろう。

開けっ放しだった扉をくぐり、ベッドまで連れてゆっくりと彼を降ろす。


「誰か呼んでくるね」


布団をかぶった少年に言い、背を向ける。




「…お母様みたい…」


背後からの蚊の鳴くような呟きに、わたしはつい噴き出してしまった。

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