表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/124

第84話:mademoiselle

※生温いですが、流血・グロテスク表現ありなので、苦手な人は注意です。っていうか、また例の猫耳の彼がかなりサディストです……。


濡れた髪を無造作にタオルで拭きながら、浴室を出る。

今日はいつもの大浴場ではなく、部屋に付いているユニットバスを使った。

先ほどまでは眠くて仕方なかったのに、シャワーを浴びたら目が覚めてしまった。


「あー、あつい……」


火照る頬を手で扇いでも、熱は逃げてくれない。

わたしは吐息を漏らし、天蓋付きベッドにぼすんっ、と沈んだ。スプリングの軋む音が同時に響く。

枕の冷たさが心地よくて、わたしは顔を押し付けた。


「このネグリジェ、露出度高くない?」


かけられた言葉に、わたしは枕に頭を埋めたまま、ぼそぼそと答える。


「…あー、わたしもそれ思う」

「スカートの丈、短いし」

「たぶん、白うさぎくんサイズ間違って買っちゃったんだよ」

「ふーん。まぁ俺はこの見えそうで見えない長さ、好きだけど」

「なに言って……」


そこまで答えて、わたしは違和感に気づいた。当然のように会話していたけど、いったい誰と?

脳がクリアになればなるほど、事の異常さを覚える。

わたしは嫌な予感が頭のなかをよぎりつつも、ゆっくりと、恐る恐る顔をあげた。


「こんばんは、マドモアゼル」


金色の瞳を細め、目の前の青年は笑った。



「……! ……!?」



なんでいるの。またアンタなわけ。不法侵入だってば――。

叫びたい言葉はたくさんあるのに、声にならない。


気配なく現れる彼の突飛さには、どうしても慣れなくて。わたしは口を馬鹿みたいに開けたまま、震える手で彼を指差す。

目の前の彼はにっこりと笑い、わたしの腕をとって



――え、



気が付けば、視界が暗転した。瞳に映るのは、目に痛いショッキングピンクと、尖った紫の耳。

何を考えているか読めない金の双眼に、呆然としたわたしがいて。

その瞳がだんだんと近づい……え、ちょ、近づきすぎじゃ、や、待っ……。


「ストップストップ!!」

「おっと」


掴まれていない腕を振り回すと、彼――チェシャ猫はさっと身構える。

おかしいだろ。なんで当たり前のように部屋にいて、当たり前のように押し倒して、当たり前のように顔近づけるんだ。

そんな文句をぶつけると、チェシャ猫は悪びれずに答える。


「貴女に会いたくて」


あれ? これ答えになってるのか? なってないよね。

そりゃ、こいつの神出鬼没は今に始まったことじゃない。こうして押し倒されるのだって、わりと慣れっこだ。


……待て待て。そんなのが慣れっこって、どうなのわたし。

ひとり悶々としてると、彼があれ、と声をあげる。


「アリス、ここ痣になってるじゃない。どうしたの?」


わたしの左腕を持ち上げ、箇所を指差して言うチェシャ猫。目を向ければ、確かにそこは青紫になっていた。きっと、先日ジャックとの悶着の所為だろう。


「あー、うん、ちょっとね」


すべて話すのが面倒で適当に流すと、青年はムッとした表情をした。


「ちょっとって何? ちゃんと教えてよ」

「別に大した事じゃないし。なんでそんなに聞きたがるのさ」

「聞きたいから」

「理不尽にもほどがあるぞ」


まったくもって、理由になっていない。

そう口にしたら、チェシャ猫が急に顔を寄せてきた。

不覚にもドキッとしたわたしは、大西洋に沈めばいいと思う。なんて落ち込んでたら、不意に鈍い痛みが腕に走る。


「ちょ、痣を押すな! 痛い痛い痛い!」


ぐにぐにと親指で刺激しながら、くすくすと笑うチェシャ猫。このサドめ。


「い、痛いってば!」

「あはは、このくらいで泣かないでよ」

「泣いてないよバカ!!」


そう言いつつも、涙が糸を引くのも真実。だって、本当に痛いんだもん。


「で、なんで痣になったの? 俺には言えない?」

「なんでそうなるのよ……」


呆れながら、手はなして、と伝えると彼はますます不機嫌を露にする。

あ、まずい。そう気付いた時には既に遅く、チェシャ猫はわたしの上体を起こしたと思えば、いきなり食らいついてきた。


そう、口唇に。



「! ん、ちょ、やだ…んんっ」


ちゅ、ちゅっと角度を変えながら、口唇を寄せてくる。

啄むようなそれは、だんだんと濃厚なものへと変わっていき、時々漏れる声が自分のものとは思えないくらい、酷くいやらしかった。


息苦しさに酸素を求めて口を開くと、生暖かい舌が口内に侵入してくる。歯列をなぞり、上顎をくすぐるそれ。

ぞくぞくとした刺激が背筋を電流のように駆け巡る。苦しさは益々増え、生理的な涙が滲んだ。

逃げるわたしの舌は呆気なく捕まり、執拗に絡められる。唾液で喉を犯され、飲み切れなかった分は口端からこぼれた。


――も、いや…!

なんとか抵抗しようと、わたしは彼の舌を思い切り噛む。

それにチェシャ猫は反応し、口を離した。荒い息を整えながら顎を伝う唾液を拭い、恐る恐る青年に視線を向ける。


「え……!?」


わたしは目を見張った。ボタボタっと赤い鮮血が彼の口から流れたからである。


「や、やだそんなに強く噛ん―――んん!」


慌てて顔を寄せたのが運の尽き。肩を引かれ、ぶつかるようにキスされた。血液特有の、鉄っぽい味が広がる。


「ん…ふ……はっ」


息継ぎに口唇を開く度、深くなる口付け。もう何も考えられない。

顎をひこうとすれば、片手で頭を掴まれる。もう片方の手はいつの間にか腰に回されていて、逃れられない。


苦しい、熱い、気持ちいい、熱い、苦しい。

思考がぐちゃぐちゃになる。なんで、とか、どうして、などの疑問さえ、霞んでいき。

瞼の裏が白に塗り潰されたところで、永遠にも感じたキスが終わった。


足りない。酸素が足りない。

やっと息できるようになったのに、余計苦しい気がする。


「いやらしい顔。無理矢理されて、感じてるんだ?」


そんな艶めかしい挑発に反論する気力もない。

ただ、羞恥心はまだ残っており、わたしは涙を拭いて彼から顔を背けた。


そしてそんな仕草が気に入らないと言うように、チェシャ猫はわたしの顎を指で捕らえる。強引に合わされる視線。


金色の切れ長な瞳はさながら獲物を狙う豹で、火照った身体とは対照的に寒気が襲いくる。

弧に歪む口元と、妖しい光を携えている眼。

逃げなきゃ。頭の奥で警報が鳴り響くのに、動けない。


「…な、に…さ」


口唇をこじ開けて出てきた声は震えていた。チェシャ猫はクスッと笑みをこぼし、わたしが着ているネグリジェを肩からずるずると下げていく。


「え、ちょ……ッ!」


首筋に顔を埋める彼。ぬるりとしたものが触れ、わたしはひっ、と小さく悲鳴をあげた。

収まりかけた息切れが、再びやってくる。吐き出される吐息はチェシャ猫の髪を揺らした。

まるで飴を味わうように舐めていたかと思えば、強く吸い。


「はぁ…あ、ん……」


勝手に漏れる甘い声に死にたくなる。


苦しい、熱い、気持ちいい。またそのループ。ドロドロに溶かされた思考はろくに機能せず、涙と目眩で視界が歪む。


「……やらしいね」


その声が聞こえた直後、鋭い痛みが首筋を襲った。



薄い皮膚が、破れる。




「やああぁぁぁ!!」


噛まれたと分かったのは、ガリッという音が聞こえたから。場所が場所だから見えないけれど、これは確実に出血しただろう。

ドクドクと脈打つのが生々しく、吐き気がした。涙が次から次へと溢れてくる。

痛い痛いと訴えると、彼は首を流れる血を舐めとるように舌を這わしてきた。


「もう、やだ……」


しゃくりあげながら言うと、チェシャ猫が顔をあげる。口角は相変わらずつり上がっていた。


「なにが嫌なの? 俺? キス? それとも」


これ?と言って、噛んだ箇所を引っ掻く。

また大粒の涙がぼろりとこぼれる。一度壊れた涙腺は、なかなか締まってくれない。

なんでそんな楽しそうな顔でこんなことが出来るのか、小一時間責めたくなる。 わたしは心のなかでくたばれ、と三回呟いた。


痛みは絶えず渦巻き、拍車をかけるようにチェシャ猫が甘噛みしてくる。

身体に力が入らない。ギュッと目をつぶると、目尻から雫がこぼれる。



「お姉さん、悲鳴が聞こえたんですけど何かありま……え」




涙がいっきに引っ込んだ。



「あ、えと、すみません。お邪魔しました!」


遠慮がちに扉を開けた白うさぎくんは、わたし達を見た瞬間頬を染め、勢いよく走り去っていった。

間違いなく言い訳不可能な誤解をされた気がして、血の気が引いてゆく。


「あらら、子供には刺激が強かったかな。でもさすが伯爵、気がきくね。アリス、続きし――アリス?」


わたしは怒りと羞恥に拳を震わせ


「こんの、外道がぁぁぁ!!」


目の前の端正な顔に、思いきりぶつけた。


「待って白うさぎくん! これは違うんだよー!」


乱れたネグリジェを引き上げ、誤解を解くべく少年の後を追う。首は相変わらず痛かったけど、そんなの比じゃない。



ちなみに逃げる白うさぎくんとそれを追いかけるわたしが、うるさいと女王様に怒られたのは、また別の話。






どうでもいいけど、部屋に戻ったらチェシャ猫の姿は消えていた。

とりあえず、今後彼が姿を現したら全速力で逃げようと思う。

mademoiselle…お嬢さん

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ