第83話:石橋に用心
昼下がりの町はずれ、視界に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「ジャック!」
そう叫び駆け寄れば、彼は振り返りお前か、と言う。
ジャックはいつもの甲冑ではなく、カジュアル(あくまでいつもと比べて)な服に青いマントを羽織っていた。
城から出ることさえ踏みとどまっていた人が、こんな所で何をしてるのだろう。
その疑問を尋ねれば、ジャックは腕にはめた時計を見ながら答えた。
「む、今日は私情でな。隣町に行くんだ」
「へぇ〜、隣町…ね」
思えば、わたしって街中にはよく遊びに行くけど、あまり遠くに行ったことない。ましてや、隣町なんて。
――い、行きたいかも。
だってこの国に来てから何日もたったけど、わたしの行動範囲はまだまだ狭いと思う。
他の町の雰囲気なども知りたい。っていうより、正直に言えば暇つぶしが欲しい。
「ねぇジャック、それってわたしも一緒に行くとなると困る?」
「別に困らないが……お前も行きたいのか?」
「うん。ちょっと興味あるし」
ジャックはしばらく考え込んでいたけれど、不意に背を向け
「……まぁ、いいか」
と、言う。
許可をもらったわたしは、上機嫌で彼の隣に駆け寄った。
今日はついてるかも♪
たわいもない話をしながら歩いていると、目の前に大きなめがね橋が現れた。
なめらかな曲線が美しく、画家がいたらきっと描きたがるだろうな、なんて考える。
綺麗だね、なんて隣の彼に言い、橋を渡ろうとしたら
「待てアリス」
突如、腕を掴まれた。
その強い力にわたしはえ?とジャックを見上げたが、彼はただ首を振るだけ。
渡るな、ということなのだろうか。だけどそうだとしたら、なんで?
クエスチョンマークを浮かべるわたしを置き去りに、ジャックはその橋まで歩み寄る。
かがんだと思えば、コンコン、と叩きしばし様子を見ていた。
「……なにしてんのジャック」
もっともな事を尋ねれば、検査だ、という言葉が返ってくる。
――意味分からん。
わたしは気にせず、再び橋を渡るため足を踏み出した。
「だから待てと言ってるだろう!」
「んぎゃッ!!」
背後から思い切り引っ張られ、わたしはその力に反応できず後ろへ倒れこみ、盛大に背中を打つ。
衝撃が背骨から全身へ伝わり、肘や二の腕も擦った。
「いったぁ……!」
ズキズキとした重い痛みに襲われる。反射的な涙が糸を引きつつも、直ぐに手の甲で拭った。
――絶対、あざになったよこれ!
痺れの残る身体を無理矢理起こし、ジャックを睨む。
「なにすんのさ!」
「強度も確かめずに橋を渡るなんて危険だろう。お前はもっと慎重さを持て」
「石橋だぞ!? 強度も何もないじゃん!」
「その油断が命取りなんだ。いいか、もしこの橋に体重制限があったらどうする。俺とお前が橋に足を踏み出した瞬間、崩れ落ちたら!? この川に真っ逆様だぞ!」
わたしの肩をガクガクと揺らし、必死な形相で訴えかけてくるジャック。
駄目だこいつ……。わたしがそう思ってしまうのも、仕方ないだろう。
ジャックと関わるとろくなことにならないと、今更になって気がついた。
わたしは尚も揺さぶってくる彼の腕を振り払う。そしてこう言った。
「じゃあもう渡っていいよね」
強度確かめたんでしょ?と、付け足して。
ジャックがハチャメチャなのは今に始まったことじゃない。ならば、こっちが折れるしかないのだ。
――大人になったよね、わたし……。
前のわたしなら、このへんで飛び蹴りしていたに違いない。
そんな昔と呼ぶには最近すぎる出来事を懐かしみつつ、わたしは今度こそ足を踏み出した。
「待てぇ!!」
再び引き止めるジャック。
……うん、予想してたよ。アンタはそういう奴だもんね。
わたしは苛立ちをなんとか抑え、振り向く。
まだ何かあるの?
そう言おうとして、失敗した。いやだって、ジャックがいつの間にか腰から取った剣を思い切り
「え、ちょ、ぎゃァァァ!!」
橋に、振り下ろした。
な、なに!? なにしてるのこいつ!?
そんなわたしの疑問に答えるように、ジャックは剣を石橋に突き立てながら叫ぶ。
「いいか、石橋は壊して渡るくらいの志を持たないと人間、大変なことになるんだ!!」
「どこからつっこめばいいか分からないけど、とりあえず壊したら渡れるものも渡れないだろ!」
「あくまで例えだ!!」
「嘘つけ、アンタ今崩壊真っ最中じゃん! ちょ、公共物破壊反対ィィィ!」
その後、偶然通りかかったスペード隊の隊長が止めるまで、ジャックとわたしの攻防は続いた。
彼は隣町に行ったけど、わたしは付いていかなかった。理由なんて、言うまでもないだろう。
金輪際、ジャックと関わるのはご遠慮したい。