第81話:Crazy for you !
前回となにげに続いてます。
「やっほーアリス♪」
わたしの部屋のソファに、当然のように座っている猫耳青年。
これは、城のセキュリティーを心配するべきなのか、それともただ単にコイツがおかしいのか。
……後者だろうな、たぶん。
わたしはため息をひとつ吐き出し、痛くなる頭に手をあてながら、彼の前まで歩み寄った。
「……で、今日はなに?」
「やだな、いちいち理由がないと来ちゃいけない? 貴女ってばいつも俺に対してつれないよね。まぁでもそんなところが好きっていうか、むしろもっと激しく罵ってというか」
「早く用件を言えコノヤロー!」
ベラベラと止めどなくしゃべるチェシャ猫の言葉を遮る。放っておけばいつまでも一人でしゃべっていそうな勢いだ。
彼はやけに嬉しそうに似合わない微笑みを浮かべながら、ソファの端に行き、空いてるスペースをぽんぽんと叩く。
座れ、ということだろう。わたしは指示通り、チェシャ猫の隣に腰をおろした。
チェシャ猫はそれを見て、わたしの方に向き直る。目が合って、ドキッとした。
なんだかんだで、彼と会うのは久しぶりだし。
わたしが、上目でなに?と尋ねれば猫はニカリと爽やかに笑う。
いやだから似合わないって! キャラ違うし!
わたしの怪訝な視線に気付いてくれない彼は、笑顔のまま自分の首を指差した。
そこには
「く、首輪……?」
チェシャ猫の首にはまっていたのは、赤いベースに……って、埋めこまれてる石ってまさか全部宝石?
ダイヤか? サファイアか? それともルビーか!?
「いいでしょ♪」
「……よし、分かった。お前は自慢に来たんだな。庶民のわたしに対して自慢しに来たんだな!?」
「ちょ、叩かないでよアリス! 気持ちいいじゃないか……」
「頬を染めるなぁぁぁ!!」
目の前の青年の頭をバシバシと連打で叩くと、チェシャ猫はより一層はにかんだ。
チクショオ! 強く叩けば叩くほど喜ぶじゃんコイツ! ある意味サドの時よりたち悪い!
いや、前言撤回。やっぱサドの方が苦手。マゾの時はまだ被害少ないし。……たぶん。
「っていうか、どうしたのその首輪。前までしてなかったじゃん」
「ふふ、今朝ご主人様に貰ったんだよ」
「ノロケなら帰れ」
わたしはシッシッと手で払う仕草をした。チェシャ猫は酷いなぁ、と漏らしていたが、その声色は全く悲しそうじゃない。
恐るべしM魂……。どうしたらダメージ受けるんだろう。無視とか?
――いや、それはさすがに酷いよね。
わたしがそんな事を考えている間も、チェシャ猫はご主人様は優しいやら最高やら身振り手振りに話している。
ああもう、ご主人様ご主人様うるさいなぁ!
「アンタが好きなのはわたしじゃなかったの!?」
そう叫んだ自分の声を聞いて、わたしの脳内はフリーズした。
チェシャ猫は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で呆然としていて。
――なに言ってんのわたしィィィ!!
自分の言ったセリフを理解した瞬間、みるみるうちに顔に熱が集まってきた。
「い、今のなし!! 間違えた!」
弁解しながらも、何を間違えたのだろう、なんて混乱する頭の片隅で考える。
チェシャ猫はしばらく面食らっていたけれど、ハッとしたのか、頬を淡く染めた。
ええい、ムカつくからニヤニヤするな!
「もちろん、俺が好きなのはアリスだよ」
低く甘い声とそのセリフに二重で胸が高鳴る。身体の芯から熱さが渦巻いて、頭が沸騰しそうだ。
チェシャ猫の瞳はこぼれ落ちてしまうんじゃないだろうかというくらい、ドロドロで。
まるで、溶けたチョコレートみたいだった。
「アリス」
耳元で囁かれ、吐息が鼓膜を刺激する。
いつの間にか、チェシャ猫はわたしの身体にのしかかっていた。二人分の体重に、ソファが軋む。
「もしかして、嫉妬した?」
口唇が触れそうな近さで彼はわたしに尋ねた。
――嫉妬なんて、有り得ない。しかも相手は公爵夫人だよ?
わたしが嫉妬する理由なんて、ひとつもない。ないはず、なんだ。
「近いって……」
質問には答えず、チェシャ猫の胸板を押し返す。だけどまったく効果はなく、むしろ更に距離を縮められた。
「ち、近い近い近い……!」
顔を近づけてくるチェシャ猫の肩を掴むが、逆に腕をとられる。
待って、この展開は非常にヤバいぞ。恥ずかしい少女漫画みたいじゃないか。
ないないない、いやないって。真面目にないだろう。
「アリス……」
「だからないってばァァァ!」
気がついたら、彼の鳩尾を思い切り殴っていた。……ごめん、嘘。蹴り入れました。
「はぁ、またやっちゃった」
のびているチェシャ猫を見て、わたしは小さくため息をついた。
まさか気絶させた? わたしどんだけ力あるんだよ。それとも打ち所のせいかな。
「んもう、どうしたのアリス。そんな大声出して」
どうしようか悩んでいると、女王様が部屋に入ってきた。
うーん、なんかデジャブ。
「あら、チェシャ猫が来てたの」
軽いよ女王様。もうちょっと城のセキュリティー心配しようよ。大丈夫かこの城。
不安になってるわたしの気持ちなんて露知らず、女王様は呼び掛けながらチェシャ猫をつつく。
彼がわたしの上にのっているのは気にしていないらしい。そんな貴女が大好きです。
「っ〜、鳩尾は酷いでしょ、鳩尾は」
「あら、起きたわ」
一時的なものだったのか、チェシャ猫が上体を起こす。
罪悪感からつい飛び退くと、チェシャ猫は目を細めてわたしを見た。
……ヤバい、身の危険を感じる。
「アリス、貴女ね」
「じょじょじょ、女王様っ助けて!」
「俺の話を聞きなさい」
わたしは少女の腕をひき、自分の前に立たせた。女王様はなぁに?と振り返る。
「コイツの首はねて! 今なら怒らないから!」
「いやよ、切ったとき血がピンクだったら怖いじゃない」
た、確かにある意味、赤よりホラー。
そしてチェシャ猫ならあり得そうで否定できない!
「血がピンクって……貴女たち、俺のことなんだと思ってるの?」
「「変態」」
「前にもこんな事あったよね」
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