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第78話:Hurt Heart



────私の命は、伯爵に盗まれた時計そのものだ。



タイムの言葉が頭からこびりついて離れない。


あの人はいつも、どんな意味か説明せずに言うだけ言って消えてしまうから。正直、ずるいと思う。


時計というのは、白うさぎくんがいつも持っているあの金時計を指しているのだろうけど、いまいち意味が分からない。

命が時計そのものって……なに? 時計が壊れたら、タイムも消滅してしまうってこと?


「……白うさぎくんに聞いてみようかな」


そうこぼしつつも、聞いたところでわたしはどうしたいのかという疑問が出てきた。

でももし、もしわたしの考えが当たって、あの時計を傷つければタイムも傷つくなら。それはなんて、なんて……


「なんて素晴らしいの!」


だってさ、これでタイム怖くないじゃん。わたしを愚か呼ばわりしたことや汚い扱いしたこと復讐できるじゃん。

……やばい、かなり面白そうだ。


「ふふふふふ、いつもわたしを振り回してるんだから、これはその報いよ。こうなったら善は急げ! 白うさぎくんを探しに行こう!」


時計を壊さない程度に落として濡らしまくってやる!

わたしは部屋を飛び出し、持ち主の白うさぎくんを探しに行くことにした。



  ◇



城内の廊下を走っていると、女王様を見つけた。やや息が切れているわたしを見て、彼女はどうしたの?と首を傾げる。


「女王さま、白うさぎくんを見ませんでした?」

「ああ、白うさぎなら裏庭にいたわよ。ほら、白薔薇が植えてある所。あ、でも」

「ありがとうございます!」


わたしは彼女の言葉を聞きた、目的地目指して再び走り出す。

えーと、裏庭ってどこだっけ? いかんせん、広すぎるからなぁ。まぁ見付けられるよね。

女王様が何か言いかけていた気がしたけど、わたしは最後まで聞こうとしなかった。


「白うさぎが殺戮中って言おうとしたのに、アリスったらせっかちね」


聞けば良かったと後悔するのは、数分後。



  ◇



右往左往しつつも、なんとか裏庭らしい場所にたどり着いた。

日陰になっていて、前に時計を持たせてくれた場所にどことなく似てる。


「ちゃんと薔薇も咲いてるし、此処だよね」


わたしはそう言いながら、あれ?と思った。

目の前の薔薇は、紛う方なく赤い。だけど女王様が言っていた言葉は確か


【ほら、白薔薇が植えてある所】


だったはず。

ということは、だ。


――ここじゃない……?

不安になりつつも、赤薔薇をジッと見つめる。しかしよく見ると、白の斑点が入っているではないか。

これはどういうことだろう。わたしは周りの薔薇もチェックした。

すると、真っ赤な薔薇もあれば真っ白の薔薇もある。かと思えば、赤の斑点が入っているものや、白の斑点が入っているものもあって。


「……どういうこと?」


つい口から、疑問が零れ落ちる。

おかしく思って、わたしは赤い薔薇に触れてみた。


「え、濡れてる?」


その薔薇は滴っていた。他のものも確認してみると、白薔薇は何ともなく、赤いところだけ湿り気を帯びている。

触った指の腹を目前に持ってくれば、そこは赤く染まっていた。

――なに、これ。

無意識にわたしは唾を飲んだ。だってこれ、ペンキとかじゃない。


ううん、そんな生半可な着色料じゃなくて、これ───



「あ、お姉さん」

「ギャアァァァア!!」


突然背後からかかってきた声に、わたしは女とは思えない悲鳴を叫んだ。

だけど聞き覚えのあるボーイソプラノになんだ、と安心し、笑顔で振り返る。


「白うさ……にぎゃあぁぁぁ!」


二度目の絶叫が城壁に反響して耳が痛い。

でもわたしが悲鳴をあげるのも仕方ないだろう。

わたしじゃなくても、一般的な感覚を持った人なら間違いなく叫ぶはずだ。いや、逆に声が出ないかもしれない。


恐怖? ううん、驚愕で。


「し、白うさぎくん、今日はいつも以上に壮絶だにゅ」


冷静を取り繕うとしたら語尾で噛んだ。かなり恥ずかしい。


「あ、見苦しくてすみません。まだ着替えてなくて……」


そう困ったように笑う目の前の少年は、今まで見た中で一番血化粧が派手だ。

白いシャツはぐっしょりと濡れているし、首にさげてある時計にまで飛沫が付いていて、本来銀色である髪はその名残が皆無なくらい赤黒く染まっている。

綺麗な顔はほとんど赤い液体にまみれて、同色の瞳は恍惚にとろけていた。


「すみません、今日はいつもより人数が多かったので特別汚れているんです。でも、よかった」


にこりと微笑む彼に、わたしは若干引き攣った声でどうしてと尋ねる。

白うさぎくんはわたしの方へ歩み寄り、赤くなった薔薇に触れて答えた。


「だって、人を殺してる最中に来たら貴女びっくりするでしょう?」


うん、びっくりって可愛い言葉じゃ済まされないくらい取り乱すね。

殺人場面なんて、映画でも目をそらしてしまう。切り裂きジャックは真面目に怖かったし。


「でもこの白薔薇、赤に植え直す予定でしたから丁度いいかもしれませんね」


冗談か? 冗談なのか? わたしはツッコミを入れるべきなのか?

白うさぎくんのジョークは分かりにくい……。


「あと、お姉さん。その靴、もう履かない方がいいですよ。多分汚れてますから」

「……え?」


その言葉に、わたしは恐る恐る足元に視線を落とした。……どうして今まで気付かなかったんだろう。

緑の芝生が、こんなにも赤の液体に侵されていたのに。

白薔薇と若草を染めた滴る血。それはまるで、汚れなきキャンバスに赤いペンキを塗りたくったようだ。


「な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!!」

「わぁお姉さん、ナイスリアクションです」

「えへへ、それほどでも〜って、違うだろ!」


ノリ突っ込みをしたわたしを見て、少年はくすくすと笑う。

ああもう、臭いと光景に眩暈がするよ。

――だって慣れない。

彼の血濡れた姿も、その趣味も、ゾッとする言動にだって。慣れない。慣れては、いけない。



「……白うさぎくん」


返り血を浴びた少年に、手を伸ばした。わたしより背の低い彼は、自然と見上げるかたちになる。

上目使いで見てくるルビーの瞳に、わたしは息を飲んだ。

hurt…痛む

heart…心


次回につづきますよー。

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