第75話:幸せ家族計画
海辺のペンションに着いたわたしは、つい周りを見渡してしまった。なぜって、椅子に腰掛けている人物が二人だったからだ。
いつも三人でお茶を飲んでいるというのに。しかも、その足りない一人は保護者にあたる人物なのに。
「あ、やっほーアリス」
わたしに気付いた三月が、椅子に座ったまま手を振ってきた。
手を振り返しながら、わたしも余っている椅子に着席すると、ヤマネくんが小さな声でおはよう、と言う。
――お昼だから、こんにちはの気がするけど……。
四六時中寝てるヤマネくんにとっては、おはようなのかもしれない。
三月はカップとポットを渡してくる。わたしはそれを受け取り、気になっている疑問を口にした。
「ねぇ、帽子屋は?」
そう、彼がいないのだ。来れば必ずいたのに、今日は姿が見えない。
三月はあぁ、とこぼし、こう言った。
「公爵夫人のお家に行ったよ。なんかデザート食べるとか言ってた」
「……なるほど。甘味大好きコンビか。二人は留守番?」
「そうー。帽子屋、僕たち連れてってくれなかったんだよ」
ぷうっという音がぴったりなくらい、頬をふくらませる三月。
そっか、だから今日は二人だけだったのね。
「いや、二人じゃないよアリス。俺がいるからさ」
「ああそうか、アンタがいるから三人───……は?」
わたしは返事してから、おかしなことに気付いた。そう、誰に返事したの?ってことに。
肩を小突かれ、隣を見る。当たり前のように座り、にっこりとした表情を浮かべる猫耳青年。
「◆※☆*%#!!?」
あまりの驚きに、自分自身意味分からない奇声が出た。
それにチェシャ猫はニコニコと笑っていて、なんか気持ち悪い。
――ってか、気配なかったよね!? こわぁぁぁ!
「な、な…アン……こ…に」
「えーと、なんでアンタが此処に?かな」
上手く声が出ないわたしは、意味を汲み取った彼の言葉にコクコクと頷く。
「帽子屋が家に来てたからさー、三月とヤマネが留守番って聞いて遊びに来たの♪」
「いい…迷惑……」
「酷いなぁ、ヤマネは」
嫌悪感たっぷりで声を吐くヤマネくんは、かなり久しぶりに見る不機嫌顔だ。
――そっか、チェシャ猫のこと嫌いなんだっけ。なんでだろ……。
それも疑問なのに、更に疑問がわたしの頭に浮かぶ。
「……三月、なんで襲わないの?」
いやだって、チェシャ猫の格好はかなり露出度が高い。
肩とか出てるし、三月なら暴走してもおかしくないはずなのに、三月はまるで無反応だ。
三月はわたしの問いに、笑いながら答える。
「ん〜、トラウマ?」
前言撤回。まったく答えになってなかった。
「三月、主語と述語を大切にしよう」
「しゅご? なにそれ美味しいの?」
「………」
「…アリス、僕が代わりに答えるよ。三月は前にチェシャ猫を襲ったけど、逆に襲われそうになって、それ以来コイツには反応しないんだ」
普段からは想像もできないくらい、スラスラと述べるヤマネくん。
そんなにたくさん喋れたんだね、お姉さん知らなかったよ。
「結局俺は帽子屋に止められたけど」
「そうそう。あの時の帽子屋、顔が真っ青で面白かったぁ!」
三月は楽しそうにはしゃぐ。その状況がリアルに想像できたわたしは、帽子屋に同情した。アーメン。
思えば、三月とチェシャ猫のコンビって最強だよね。わたしの中では非常識ランクで1、2を争う。
「…三月を襲うなんて、本当に信じられない。早く帰れ、この変態」
「軽いジョークだってば。ヤマネは冷たいなぁ。そんなところがいいんだけど」
チェシャ猫の軽口に、ヤマネくんの眉間にぐっ、と皺がよった。伝わってくるオーラがかなり暗いよ。
「うん、でもまぁ三月かわいいし」
チェシャ猫は椅子から腰をあげ、ケーキを頬張っている三月を後ろからギュッと抱きしめる。
それだけで絶叫ものなのに、更に彼はこう続けた。
「なんていうか、ペットにほしい」
「……み、三月ィィィ! 早くそいつから離れて! 妊娠するよ!!」
「…アリスの言う通りだよ三月…」
わたしとヤマネくんの言葉に、ほぇ?と首を傾げる兎少女。
ああもう、危機感なさすぎでしょ! 仮にも女の子なのに!
「妊娠って……貴方たち俺のこと何だと思ってるの?」
「「変態」」
「怒っていいかな」
同時に即答したわたし達に、チェシャ猫は不服そうな顔をしつつも、三月から手を放す。
いやだって、アンタが変態なのは本当のことじゃんか。否定は許さない。
チェシャ猫は『んもう』、と呟きながら、再び席に戻る。なんか今日はおとなしいな。
「あーあ、早く帽子屋戻ってこないかな。もし一泊とかしてきたらどうしよう」
「…僕らだけじゃ、ベッド広いよね…」
「ホントだよ〜」
のほほんとした会話に、わたしは一瞬思考が停止した。
えーと、今の流れからいくと、アレですか。もしかしなくても、アレですか。
「……一緒に寝てるの?」
「「うん」」
当然のように頷く二人。
ああやっぱり。どこまで仲良しなんだこの子達は。
っていうか、此処のペンションって帽子屋の別荘で、屋敷は別にあるんじゃなかったっけ?
――三月たちのために、此処で寝泊まりしてるのかな…。
とことんロリコ──じゃなくて、家族思いの青年だ。
「あのねあのね、大きいベッドで川の字になって寝るんだー」
「あは、いいねそれ。ねぇアリス、俺達もベッドひとつにして子供はさんで寝ようよ」
「なんの話だなんの」
「結婚後の話に決まってるじゃない。ピンクの家でーキングサイズのベッド買ってー庭にはたくさんの薔薇を植えるんだ」
ニコニコしながら、身振り手振りに楽しそうに話すチェシャ猫。
待て、だからなんの話だなんの。なんでわたしの名前が入ってる?
「あ、でも子供が男だったら俺やきもち焼いちゃうかも」
「お願いだから勝手な妄想で計画するのやめて」
「ああごめん! 貴女の意見も聞かなきゃね!」
「そういう意味じゃないよバカ!」
誰かコイツをどうにかしてよ本当! 三日間奴隷になってもいいからぁ!
「俺、貴女のためなら足も舐めれるよ」
「キモいっつーの!!」
「それでこそアリス! さぁもっと俺を罵って足蹴にして!」
「ギャアァァァ!」
サドよりはマゾの時の方がマシだと思っていたけど、間違いだったらしい。
どっちも嫌!
「アリスたち仲良いねぇ」
「…とりあえず、猫は帰れ…」