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第73話:部下Aの一日

名もなき脇役が視点です。



髪を揺らす爽やかな風に空を仰げば、吸い込まれそうな青が広がっていた。

強すぎない陽が地面を射し、耳をすませばあらゆる所から葉擦れの音がする。なんという、絶好の稽古日和。

掛け声のする方向へと足を進めると、そこには既にたくさんの兵達が集まっていた。


と、紹介遅れました。俺、騎士団のクローバー・スペード・ダイヤ・ハートのうち、クローバー隊の隊長です。

これから、稽古へ行くのです。


――遅くなってしまったな。

俺は小走りで彼等のもとへ駆け寄る。

と、その時。周りの兵とは一際違う出で立ちをした男を目で捕えた。俺は焦った。彼より遅れるなど、なんて愚かな行い!


俺は稽古に加わるより早く、彼──騎士団長のもとへ走った。彼はこちらを見ていないので気付かない。

俺は彼の背中にむかい叫んだ。


「すみませんジャック様! 遅れ」


【ました】。そう続くはずの言葉が俺の口から出ることはなかった。


「俺の背後に立つなぁ!!」


彼の声と風を切る音がした後、俺は次にくるものを身体で理解し上体をのけぞらせる。我ながら、いい反射神経だと思う。

刃の先が前髪を切る。視界を銀の剣で埋まる。俺はそのまま、地面に尻餅をついた。

俺はしばらく自分に起こった事態が分からず、口を開けて呆けていたがハッとする。


「な、なにするんですかジャック様!」


もっともな意見を述べれば、ジャック様は俺の姿を確認し、振り回した剣を腰にさした。

なんだお前か、という呟きが聞こえた気がする。


「うううう、うるさい。俺の背後に立つのが悪いんだ!」


冷や汗を額ににじませ、理不尽な怒りをぶつけるジャック様。ひどい、いつにも増してめちゃくちゃじゃないか。


――でも


刃の軌道、スピード、そしてその的確さ。一般兵なら、きっと首がとんでいただろう。

やはり騎士団長というべきだろうか。剣の腕前はここにいる誰よりも、明らかに高い。俺はこの人を尊敬している。


「だいたいな、いつ誰に狙われてるか分からないんだ。危険を察知したら、背を見せず逃げる。逃げる隙もないなら、斬るか死んだふりしか選択はないだろう!?」


――ああ、前言撤回しなきゃ。

俺は彼に気付かれないようため息を吐き、服に付いた泥を払い立ち上がった。


ジャック様はまだぶつぶつと独り言(?)を零してる。

この人はいったい何時から、こんな臆病者になったのだろう。俺がまだしがない兵だった頃は、もっと勇ましく果敢な人だったはずだ。

それでも強さは、昔よりも上がってるけれど。

そんなことを考えていると、急に肩を掴まれた。


「いいかお前、騎士の心得はだな。まず、敵に背を見せない。刺されるぞ。次に前線には出ない。とりあえず誰かが突撃してから、どさくさに紛れて行け」


ツッコミを入れる間もなく、真剣な顔で語るジャック様。彼は更に続ける。


「そして、平和主義であること。これがかなり重要だ。常日頃から白旗を持ち歩く。危険を感じたらそれを掲げればいい。ほら、最初から復唱しろ」

「え、えっと…敵に背を見せな」

「おかしいだろ!!」


俺が『い』と言ったのと、ジャック様が飛び蹴りされたのはほぼ同時だった。

ジャック様はかなりの距離まで飛び、地面に思いきりスライディング。痛々しい悲鳴が聞こえた。

俺は彼を蹴り飛ばした人物に目を向ける。そこに立っていたのは、俺もよく知ってる人物であった。


「そんなのが騎士の心得なわけないでしょうジャック様!」

「お、おい」

「お前も素直に復唱するな!」

「う、ごめん……」


このいきり立つ彼は俺の親友で、スペード隊の隊長である。

身分がずっと上のジャック様に蹴りをいれれるなんて、俺には真似出来ない。ジャック様の次に尊敬していたりする。


「ったくあの人は……。お前も油売ってないで、早く稽古に参加しろよ」


彼はそう言って俺の返事も聞かず、戻っていった。

確かに俺も早く汗をかきたい。だけど……。

俺は未だに倒れている自分の上司を見つめた。放っておいていいのだろうか。


「くっ、まさかこの俺がよけれはないなんて……! まさかアイツも誰かの刺客か!?」


………。

放っておいていいのだろう。なんか親友が悪者にされてるけど。



「あらジャック、相変わらず地面に這っているのね」

「相変わらずなの!?」


この場に似合わない、高いふたつの声。俺はすぐに振り返り、彼女達の姿を確認した。

真っ赤な上質なドレスを纏った女王陛下と、水色のエプロンドレスを来た金髪の少女。

俺は驚きに目を見張った。このような場所に陛下が来るなど、もしものことがあってからじゃ遅い。


「陛下! 稽古といえど危険です。お戻りになって下さい」


倒れているジャック様を避け、隣の少女を必死に説得する。しかし、悲しいかな。陛下は好奇心旺盛だ。


「いいじゃない。口答えすると、ちょん切っちゃうわよ♪」


女王陛下の言葉に、金髪の少女が顔を青くする。俺は即座に頭をさげた。


「すすすすみません!」

「やだ、冗談よ」


貴女が言うと冗談に聞こえないんです!

……とは、怖くて言えなかった。

頭痛を感じていると、不意に少女と目が合う。彼女はにこりと笑った。つられるように、俺も笑顔をみせる。


彼女、アリス様は城に居候してる謎の多い人物だ。あまりに分からないことが多すぎて最初は疑ったが、伯爵の知り合いだ、悪い人ではないだろう。

現に彼女は、何も害をもたらしていない。それにむしろ、この非常識満載の城内で誰にでもツッコミをいれられるすごい方だ。


「って、うわ! ごめんジャック! 踏んでた!」


うん、とてもすごいお方だ。

アリス様がぱぱっと退くと、ジャック様は震えながらも立ち上がった。とてもみすぼらしい。


「くっ、そうか。やはりそうか。お前等全員、俺を暗殺しようとしてるんだな!?」


「「んなわけねーだろ!!」」


親友とアリス様の蹴りがジャック様を襲った。


……俺はジャック様を尊敬している。ただし、親友の次にだ。






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