表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/124

第72話:運命共同体



「…あ……」


そこに立っていた人物に驚き、わたしの口はだらしなく半開きになる。彼は紫の瞳を細め、人指し指を口唇にあてがった。

黙ってろということだろう。わたしはその指示に従い、出かけた声を飲み込んだ。

枕に顔を押しあてているため、ディーは彼に気付かない。彼はゆっくりと扉を閉めた。


「んだよ、チクショー。新しいデザイン画を見せただけじゃねぇか。なんであんなこと……」

「ごめんね」

「謝るくらいなら………え?」


返ってきた声の違和感に気付いたのか、ディーが顔をあげる。寝台の傍らに立っていた少年と目が合うと、みるみる内に顔が赤く染まっていき。

打ち上げられた魚のように口をパクパクと開閉した後、


「うわぁぁぁ!!」


……布団を、かぶった。


いやいや、なんだその行動。そりゃ、目の前にいるはずのない弟がいたら、びっくりするだろうけど。

でもいくら隠れるところがないからって、それはないだろう。

わたしと同じことを思ったのだろう、ダムも苦笑している。


「ねぇディー、僕の話聞いて」

「ななな、なんだよ! っていうか、なんで此処にいるんだよ! 俺のこと嫌いなんだろ!?」

「……君、喧嘩中の女の子みたいだね」

「あぁ!?」


女の子、と言われたことでプライドが傷ついたのか、物凄い剣幕でいきりたつディー。

――口調悪いなぁ。ちょっと怖いぞ。

布団かぶってるせいで、顔は見えないけど。


「どうせ俺のこと馬鹿にしてんだろ!? もういい、俺はここで暮らす! 他の奴らには『世界平和の代償にディーは自らの命を捧げた。でも彼は、僕の中で生き続ける』とか言っとけ!」


怒りと混乱のせいか、意味不明なことをディーは叫ぶ。

ってか、何気に自分の株上げようとしてるし!


ダムは困ったように笑いながら、膨らんだ布団に手を伸ばした。ビクリとはねる膨らみ。


「……僕は、君のこと嫌いなんかじゃないよ」

「……」

「確かにディーは横暴で意地っ張りで口調悪くて天邪鬼で」


布団の中でディーがプルプルと震えてる。

ダム、それは火に油を注ぐ言葉だと思うなわたし。


「──でも、そういうところも嫌いじゃないから」


ダムがそう言って布団をはがすと、首元まで赤いディーが顔を出す。

――うーん、美しき兄弟愛。

ダムはあれだね。【好意の獲得】をうまく使ったね。無意識か意図的か分からないけど。


【好意の獲得―損失効果】

アロンソンとリンダーが明らかにしたもので、けなしてから褒める方が、最初から褒めるより好感度が良くなる、というものらしい。


効果は絶大だね! これが兄と弟、逆だったら効かないんだろうけど!



「ダム……!」


感動からの衝動で、ダムに抱きつくディー。……かわされたけど。


「なんで避けるんだよ!」

「や、反射的に」


ずっこけているディーに、いつもの如く彼は笑顔で酷い。メガネの奥の瞳が笑ってますよ。


「ほら、俺のこと嫌いなんだッ」

「ああもう、泣かないでよ。今日は同じベッドで寝てもいいからさ」

「え。……し、仕方ねぇな! ダムがそこまで言うなら一緒に寝てやっても」

「いや、そこまでじゃないよ。じゃあやっぱり別々だね」

「空気読めよばかぁー!」


君に言われたくない、とディーは一刀両断された。不憫だ。

――でもなんか、目の前でイチャつかれてる気分……。


コイツ等、わたしの存在忘れてない?

いつまでもじゃれている二人を置いて部屋を出ても、彼等がわたしに気付くことはなかった。


『兄弟喧嘩は犬も食わない』ってね。……チクショオ!





  ◇


後日、ダムが謝罪と感謝の意をこめたプレゼントを持って訪れた。

なんでも、トゥーイドルの新作らしい。


「この前はごめんね」

「いや、完全に忘れられてなかったみたいで安心したよ。ねぇ、これ本当にもらっていいの?」


迷惑かけたからね、と言って、どこかよそよそしく視線を外すダム。やましいことでもあるみたいな行動だ。

不思議に思い首を傾げると、ダムは苦笑してその理由を話し始める。


「実はその服、今回の喧嘩の原因なんだよね」

「………へっ?」

「って言っても、ほとんど僕の勝手な嫉妬なんだけど」



ダムの話によると、つまりこういうことらしい。


ディーが新しいデザイン画を見せてきた。

それがとても良いデザインだった。

その才能に嫉妬し、せめて双子じゃなかったらこんなにも劣等感を抱かないのに

→君と双子になんかなりたくなかった。


なんというか、お互い不器用な双子である。似た者同士もいいけれど、もう少し以心伝心しようよ。


「あ、あとディーも謝ってたよ。本当は連れて来ようとしたんだけど、意地っ張りだからさ、彼」

「いいよ、わたしもディーのこと傷つけちゃったし。お相子さまってことで」

「傷つけちゃった?」


わたしの言葉に疑問を感じたのか、そのままオウム返しするダム。

わたしは小さく頷いた後、うつ向きがちに答えた。


「親のこととか、触れられたくないこと言っちゃった……」

「親?」

「あの、死んじゃったんでしょ? 両親……」


無神経なこと言ってると分かった。でも、ボキャブラリーが足らなくて、なんて言えばいいか分からない。

いくら有名デザイナーといえど、彼等だってわたしと同い年なんだ。辛いに決まってるのにふたりは


「生きてるよ、どっちも」


こんなにも頑張って、って…………え?


「あ、でも今は仕事で遠くに行ってる。すぐ帰ってくるけど」


へっ、ちょ、ま。………え?

ダムは苦笑して、誰がそんなこと言ったの?と尋ねてきた。アンタのお兄さんだよ。


――だ、騙された……。

いや、確かに死んだとは言ってなかったけどさ、普通そう思うじゃん。


「ああもう! ややこしいんだよあの馬鹿!」

「まぁまぁ、あまり怒らないであげて」


めずらしく、ディーをかばうダム。ここに彼がいたら、きっとおおいに喜ぶだろう。いないからこそ、言うのかもしれないが。

そんな考えが頭に浮かぶと、ひとつの疑問が出てきた。


「ダムはさ、なんで普段からディーには冷たいの? 嫌いじゃないなら、もっと優しくすればいいのに」

「だって、ディーってよく『ばかぁ』って言うでしょ? その時の顔がすごく可愛いんだ。だからそれ見たさに意地悪しちゃうっていうか」

「………………………へぇ」

「かなり間があったね」


そりゃ、臆面もなく可愛いなんて言われたら間もあくだろう。

ダムって謝罪と感謝で来たんだよね。ノロケるために来たんじゃないよね。


――なんか、意外だな。ディーばっかり好きなのかと思ってたけど。


「もしかしたら、ダムの方がブラコンかもね」


ニヤニヤとした笑みを張り付けてそう言えば、ダムはにっこりと綺麗で優しい笑顔を浮かべた。


「コンクリ抱いて海に沈められたいのアリス?」

「すみませんダム様」


その微笑みは氷点下だった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ