第71話:大好き≒大嫌い
「夕飯適当に頼んでおいたから、その内来ると思うぜ」
「ん、ありがと」
「べっ別にお前のためにじゃねぇぞ! 俺が困るから頼んだだけで、お前のぶんはついでなんだからな!」
顔を真っ赤にして、弁解(と言っていいのか)をしようと叫ぶディー。露骨だなぁ、と思う。
………待て。何してるんだわたしは。なんでディーと一緒にご飯食べることになってるわけ?
ベッドに腰掛け、改めて周りを見渡す。
広すぎない部屋、壁にかけられた小さな額に入った風景画、木製の寝台がふたつ備えつけられていて。
決して豪華ではないけれど、ナチュラルで優しい雰囲気である。
――いや、そうじゃなくて。問題はなんでこの宿屋にいるかってこと。
わたしはここに来るまでの過程を思い出した。
◇
わたしはディーらしき少年の後ろ姿を見つけ、人の間をくぐり抜けるように近付く。気付かれたら、また逃げられそうだ。
全速力で走ってたせいか、彼は少し息切れしていて、頬も上気している。
わたしは出来るだけ気配を消し、いやそんなこと出来ないけど、まぁ意識の差。えっとだからつまり、わたしはディーの背後にまわり、
「捕まえた!」
「!?」
彼の腕を掴み、持ちあげる。ディーは大変驚いたようで、勢いよく肩を揺らした。
すぐに振り向き、わたしと目が合うと彼はグレーアイを瞬かせる。
「お前、なんで……」
「ダムが心配してるよ。帰ろう」
なだめるように言うと、ディーはむっと口を尖らせた。あれ、気に障ること言った?
「そういう嘘つくなっ」
吐き捨てるように言い、彼は腕を振り払う。わたしの手は呆気なく離れてしまった。
あ、と思ったときにはまた走り出そうとしていて。わたしは勢いあまって、ディーを羽交い締めする体勢になった。
「放せチクショー!」
「放したら逃げるじゃんッ」
「うるせぇ! お前には関係ないだろ!」
「なんだとコノヤロ!」
「いだだだだ!! キブギブ!」
ムカついたから力を込めたら、ディーは両手を上下にバタバタと振る。
本当に苦しそうな声だったから、ちょっと可哀想になった。
「……逃げないなら、放す」
「逃げない逃げない!」
ちょっと信じ難かったけど、わたしは締めていた腕を外した。ディーは乱れた息をととのえている。
逃げる気配はない。よかった、単純で。
「ねぇディー、帰ろう。マジでダム心配してたんだって。いやマジで」
「うるせー、あんな奴の顔なんか見たくもねぇ」
あんな奴って、もしかしなくてもダムだよね。オイオイ、こりゃ思った以上に重症だぞ。
ディーはムッと口を尖らしそっぽを向いていて、不機嫌丸出しである。
そりゃ、双子になんかなりたくなかった、なーんて言われたらショックだろうけど。
弟大好きだもんね。この機会に弟離れした方がいいともちょっと思う。
――でも、なんでダムはそんなこと言ったんだろ……。
わりと普段から酷いことは言ってるけど、本当に傷付くことは言ってなかった気がするのに。
考え込んでしまい他意はなく黙っていたら、ディーは気まずく感じたのか、おい、と蚊の鳴くような声をかけてきた。
「ん、なに?」
「お前、どうせ暇だろ? 俺に付き合え」
「………はい?」
「だから、ダムから逃げるのに付き合えって言ってんだよ!」
わたしは呆れてぐうの音も出てこなかった。横暴にも程がある。
なんでそんな逃亡劇に付き合わなきゃならんの。
っていうか、一応わたしはディーを捕まえる方に協力してるし。
「……悪いけど」
「よし決まり! とりあえず今日泊まる場所に行くぞ。あ、俺ほとんど金持ってきてねぇから、たいした所には泊まれねぇけどいいよな」
いいよな、って断定なんだ。その前にまず人の話を聞け。
わたしは一度も頷いてないんだよ?
「な、なんだよその目。あ、言っておくけど別にひとりじゃ寂しいからとかじゃねぇぞ!」
知るか。
◇
あー…、思い出したら腹立ってきた。ディーを捕まえるはずが、なんで同じ部屋に寝泊まりしなきゃいけないの。
「ねぇディー。わたしお城帰らなきゃ心配されるかもしれないんだけど」
「お前の事情なんか知るか」
殴っていいかな。いいよな、コレ殴っていいよな?
拳を震わせているわたしに気付かない少年は、隣のベッドに寝そべり枕に顔を埋める。
「チクショーダムめ…。何だよ、そこまで俺が嫌いかよぉ……」
そんな泣き言まで漏らされて、本格的に頭痛がしてきた。
――ダムに伝えた方がいいよね。
ベッドヘッドにある電話に目をやる。番号……分かんないや。
わたしは諦めのため息をついた。仕方ない、彼の気が済むまで付き合おう。なんか弱ってるディーって、保護欲かきたてられるし。
――年下だったら可愛くて仕方ないんだろうけど、同い年なんだよね。
それだけで半減。なにがとは聞かないでほしい。
「あのさディー、なにが原因で喧嘩したの?」
わたしもベッドに寝そべり、天井を見上げ尋ねる。すぐに分からない、という言葉が返ってきた。
「……ダム最近、マジで冷たい。昔はなにをするのも一緒だったのに、今じゃひとりで出かけるしさ」
彼の声色はとても暗くて、なんだか胸が締めつけられる。
「寝るのも別になってさ、部屋まで別にしようとか言い出したらマジでどうしよう……」
――今までは寝るのも一緒だったのか。
そっちに驚きだけど、あえてつっこまなかった。
「この機会に弟離れしたら? 依存はよくないよ」
「もっと優しい言葉かけろよ! この鬼畜! 外道!」
「ディー、君はダムと結婚できないの。執着しすぎじゃ駄目なの」
身体を彼の方に向け、諭すように言うとディーは一層、顔を枕に埋めた。やばい、言いすぎたかも。
「ね、ねぇディー。明日になったら帰ろう? きっとお母さんとかも心配してるよ?」
「親なんかいねぇよバカ」
「……あ、ごめん」
予想外の言葉に戸惑うよりも、申し訳ない気持ちが勝った。慰めたいのに、うまくいかない。
しばらくお互い黙りこんでいると、不意にドアを叩く音が響いた。
――ご飯かな?
チラリとディーを伺うけど、動く気配がなくて。代わりに出ようとわたしは身体を起こした。
だけど、ベッドから下りるより早く扉は開いて。ドアの前、そこに立っていたのは、従業員ではなかった。