第7話:再会
「あ、お姉さん」
そう言ってピョン太はわたしの蹴りをひょいっと避け、わたしは床を見事にスライディング。
ズザザザー、と乾いた音が城内に響いた。
――顔思いきっり擦った……!
痛いどころじゃない。
いや、真面目に痛いけどさ。
「お久しぶりですね、お姉さん。お元気そうで何よりです」
微笑んだ少年に殺意が芽生えたのは、言うまでもないだろう。
わたしは床にはいつくばった格好のまま、足元めがけて蹴りをいれてやった。
それさえも、軽々とよけられてしまったのだけど。
「お、お前なんてことするんだ!」
軟弱騎士に怒られた。
「すいません、伯爵」
慌てたように、たどたどしく彼はウサギ少年に謝る。
「は……伯爵ゥ!?」
わたしはつい素っ頓狂な声をあげた。
え、今伯爵って言った? いやいやいや、それはないだろ。
なに、子供に頭下げてんだよジャック。あんたそこまでダメ人間なの?
本当は違うんだろ? 違うって言ってくれ!
しかしわたしの願い虚しく、ジャックはこう言った。
「この方は伯爵の白うさぎ様だ。女王様、公爵夫人につづいて貴い方である。蹴りをいれるなんて、貴様やはり」
「差し金でも刺客でもないから」
「……チッ」
「舌打ちしてんじゃねぇ!」
どんだけわたしの事疑ってるんだこの騎士は!
……に、しても。
マジでこの子が伯爵? まだまだ幼いじゃん。確かに気品があって、どこかいいところのお坊っちゃんかな、とは思ったけど。
あ、それから聞いて思い出したけど、この子の名前白うさぎだ。よしよし、もう忘れないぞ。
「伯爵、誠にすいません。無礼なうえお転婆で…」
どんな言い草よっ。
「別に気にしてないです」
お、優しいなピョン……じゃなくて白うさぎくん。
「それより僕が気になるのは、貴方が遅刻した理由なんですが」
にこっ、と白うさぎが笑った。
綺麗な顔。だけどジャックは一瞬にして蒼白となり、一歩後退りした。
このビビリめ。
「そ、それには深い理由が……」
「どんな?」
彼を追うように少年は足を踏み出す。
耐えきれないとでも言いたげに、ジャックはわたしの裾を掴んだ。
――あ、わたしが謝るんだっけ。
彼との約束を思い出し、わたしは仕方なしに口を開く。
本当はいろいろ失礼なこと言われてるし、かばうの嫌なんだけどね。
まぁ、それじゃさすがに可哀想か。
「あの、待って白うさぎくん。その理由はわたしから……」
実は、と言ったところで、白うさぎくんがわたしの言葉を遮った。
「ここで立ち話もなんですから、どうぞ。お通し致します」
わたしはジャックと共に、城の奥へと連れていかれた。
◇
通されたのは、なかなか立派な一室だった。ジャックいわく、白うさぎくんの部屋らしい。
洒落た椅子に座らされ、いい香りのするいかにも高級そうな紅茶を勧められたところで、わたしは理由を全て話した。
「なるほど……」
白うさぎくんが、カチャリと音をたて、カップをテーブルに戻す。
「それじゃ仕方ないですね。それに、お姉さんに謝られたんじゃ、怒るものも怒れません」
「で、では!」
「まぁ、たいした用でもなかったですし。でも、念のため女王様には謝っておいて下さいね」
「有難きお言葉……!」
ジャックは心底安心した顔をして、バタバタと走り去っていった。
広い部屋で、ふたりきり。
――き、気まずい。
わけもなく緊張する。目の前に座る少年は、優雅にお茶をたしなんでいるし。
「……で、お姉さん」
「はいっ!?」
うわ、つい声が裏返っちゃった!
だけど少年はさして気にした様子もなく、言葉をつむぐ。
「これから、どうするんですか?」
「え……」
「城へ着いてからも心配だったんです。お姉さんは不本意でこちらに来たわけですから」
一見、感動的な言葉。
だけど、爽やかにアディオースなんて言ったお前が心配? 嘘つけこのやろー。
「あ、信じてませんね?」
! 読心術!?
「あの時は急いでいたので、いろいろと失礼をしましたが、ちゃんと考えておきました」
考えておいたって、何を?
そう聞くと、白うさぎくんはまたもや綺麗に微笑み、こう言った。
「帰れるまで、城に滞在して下さい」
「……………え?」
えーと、いきなりセレブデビューですか?
えええぇぇぇぇぇ!?