第69話:甘味サミット
そりゃあ、わたしだって甘いものは好きだけど。いくら何でも、これはない。
「なんで生クリームの上に生クリームをかけるの!?」
大きなパフェを指さして叫べば、帽子屋は鬱陶しそうに眉をひそめた。
「旨いもんを更に旨くしてなにが悪いんや」
「違うよ、それは美味しいものを台無しにしてる、ただの破壊トッピングだって」
「破壊やと!? 生クリームに謝れ!」
「なんでだよ」
「パフェにも謝れ!」
「いやだから、なんでだよ」
スプーンをわたしに向けて、彼は声を荒くしながら抗議する。おい、紳士どこにいった。
わたしは帽子屋の怒鳴り声を聞き流しつつ、彼の前に置かれたバカでかいパフェを見つめた。
まず、大きさからして有り得ない。ひとりで食べれる量じゃないぞ、それ。
グラスの中身は、シリアルやチョコやヨーグルト、具だくさんの果物にバニラアイスとまぁ普通である。
ただ、上にかかっている生クリームの量が半端じゃないのだ。蜂蜜とチョコソースまでかけている始末。
帽子屋はそれをあくまで上品に口に運び、美味しいそうに味わうけど、はっきり言って見てるこっちが吐気を催す。
うん、気持ち悪いし堪えられない。
「ねぇ帽子屋、マジでやめようよ。糖分の取りすぎで病気になるってば」
「それはそれで本望や」
わたしの気遣いは容赦なくはねのけられた。
間違ってる。アンタの生き方間違ってるよ。それが本望ってヤバイよ。
――帽子屋は数少ない貴重な常識人なのに……。
頼むからこれ以上、変人を増やさないでほしい。わたしをノイローゼにする気か、この国の住人たちは。
「帽子屋の甘党は仕方ないよアリス」
ため息をついたわたしの肩に手を置いて、三月はそう言った。
視線を下におとすと、大きなアーモンド色の瞳とぶつかる。上目使いがわたしの母性愛をくすぐる。
「仕方ないって言ってもさぁ……」
「だって帽子屋は甘いもの大好きだもん。パフェと僕が溺れてたら、きっとパフェを助けるよ」
ちょ、笑顔でなに悲しいこと言ってんの三月!? っていうか、パフェは溺れないから!
「そんなことあらへん! たぶん!」
思いきりたぶんって言ったよこの人!
「…でも、三月は泳げるから溺れないよね…」
何気に聞いていたらしいヤマネくんが、口をはさむ。それに三月は、それもそっか、と自己完結させた。
「…僕はパフェと三月だったら、三月を助けるけど…」
「ホント? ありがとヤマネ♪」
嬉しそうに、耳をピンッとたてる三月。この二人って、和むなぁ。本当、お持ち帰りしたいくらい可愛い。
わたしはチラリと帽子屋の方を見る。彼は相変わらずパフェを食べていて、しかも既に半分食べ終わっていた。
ああ、そんな生クリームたっぷり……絶対激甘だよ。見てるだけで気持ち悪いのに、よく食べれるな。
「三月とヤマネくんはよく平気だね……」
あれ、気持ち悪くないの?とパフェを指さして二人に尋ねると、ヤマネくんは眠たそうにかぶりを振って答える。
「…もう、慣れたよ…」
「そ、そっか」
――慣れるものなのか? いや、そりゃ二年も一緒に居れば慣れるかもしれないけどさ。
わたしはもう一度、彼を見る。うう、やっぱり無理だ。
お腹の辺りに不快感がたまって、わたしは直ぐさまカップに手を伸ばし口内に流しこんだ。
気付いた帽子屋が失礼なやつやな、とか言ってたけど、吐気がしたんだもん。こればっかりは仕方ない。
「三月は大丈夫なの? アレ」
「僕は極度の甘党なところも含めて、帽子屋のこと好きだから♪」
少し首をかたむけ、はにかむ少女。
あーもー可愛いな! 見事にツボを押されたよ!
それにしても、本当に三月は帽子屋のこと好きだなぁ。
なんていうか、『わたし大きくなったらパパと結婚するー!』『仕方ないなぁ』みたいな感じだよね。デレデレですかパパ。羨ましいよチクショー。
しかし、そんなわたしのほのぼのした想像を、次の三月の発言は木っ端微塵に砕いた。
「それに帽子屋の肌、甘い味するから僕も嬉しいしね」
「な、ゲホゲホッ!」
花のような笑顔で言った三月と、噴き出すまではいかなかったとはいえ、盛大に咳き込む帽子屋。
――えーと、今なんて言った? え、なに? 肌が甘い味する?
「……帽子屋」
「ちょ、アリス。なんやその目は! 三月も誤解招くこと言うなや!」
「本当だよ? 帽子屋はみんなより甘いもん。それって、甘いもの食べてるからでしょ?」
無邪気な笑顔でなんてことを言ってるんだこの子は。
っていうか、『みんなより』って……。さすが万年発情期兎、底が計り知れない。
「……まぁ、帽子屋。偏食も程々にね」
「偏食やない、グルメや」
「グルメなめんな。アンタがグルメならわたしは神の舌の持ち主だよ。絶対味覚並だよ」
「いや、アリス食べるもん全部旨い言うてるやん」
「誰が雑食だァ!!」
「そんなこと言うてへんし!」
本日の教訓:帽子屋は甘味関係においては常識はずれになる。