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第63話:永久幸福論

絆編、ラスト!

引き続き帽子屋視点でお送りします。



優しさにふれて、心が泣いていたことに気付いたんだ。



「お兄ちゃん?」


突如聞こえたヤマネとは別の声に、ハッとする。視線を横にずらすと、兎耳の少年が俺とヤマネを交互に見ていた。

ヤマネはその少年の相変わらずボサボサの髪を撫で、おはようと微笑む。

兎耳は頷き、またあの儚い笑顔を浮かべた。今にも消えてしまいそうな。


だから俺はつい、無意識に


「あ……」


少年の手を掴んでいた。


そんな俺の行動に、二人は不思議そうに首を傾げる。無理もない、俺自身、自分がなにをしてるのか分からない。

――でも、触れないとそのまま消えそうやった。

弱々しい淡い笑みは、直ぐに散ってしまう花を連想させた。

枯れてからは遅くて。いつもいつも、俺は花びらを掴み取ることができない。


「また、来てくれたんだね」


だから、そんな笑い方をしないで。


握りしめた兎耳の手首は、恐ろしいほど細い。少しでも力を込めたら折れてしまいそうだ。

俺はそれが怖くて、手を離した。冷たさが再び指先を襲う。

今気付いたが触れた肌は思いの外、温かかった。スーツを着た俺でさえ寒いと感じるこの日陰。

この二人は、最早服の役割を果たしていない布しか纏っていないのに。

しゃがみこんだまま、俺はうつ向いた。


「お兄ちゃん」


その声に顔をあげると、頬に熱を感じた。それが口唇だと気付いたときには既に離れていて。

兎耳はぎゅっと俺の首に抱きついてきた。きっと今の俺は、おおいにまぬけ面をしているだろう。


くすぐったくて、痛くて、苦しくて、でも……温かい。

触れた箇所からぬくもりが広がってゆく。懐かしいこの気持ちは……。


「愛しい」


そんな単語が耳に届いてから、自分が発したと気付く。

――愛しい? なにを言ってるんや俺は。

だってたった二回しか会ってないんだぞ? お互いなにも知らないどころか、相手は俺の名前さえ知らない。


だけど


俺は手をまわしてくる小さな身体を、抱きしめた。少し肩が揺れたが抵抗はない。


「……お兄さん」


隣の少年が口を開く。眠そうな甘い声で。


「名前なんていうの?」

「……帽子屋」

「ぼくはヤマネ。その子は三月うさぎ。通称“ミツキ”」


よろしくね、と言う。

あんなに酷いこと言ったのに、なんでこの二人はさも当たり前のように俺を受け入れることができるのだろう。

分からない。彼らの気持ちも、俺の気持ちも。


「理屈じゃないんじゃない?」


顔に出ていたのか、ヤマネが答えた。確かに、この思いを口で説明なんかできない。

――俺より、ずっと賢いんやな。

ただただ苛立っていた俺とは、全然違う。


「……なぁ、お前はまだここで待つ気なんか」


腕のなかの三月に話しかける。わずかにだが、少年は反応した。


「認めたくないのは分かるけど、お前の母親は」



「知ってるよ」



傷付けないように言葉を選んだ俺の声を遮った三月。俺は一瞬、耳を疑った。

――知ってる?


「でも、捨てられたわけじゃないよ。ママも死んじゃったんだ」


いつかのように、抑揚のないしゃべり方で言う。

知ってて、それでも待っていたのか? 母親の言葉だけを頼りに──。

俺は身体を離し、三月を見つめた。少年の長い前髪をそっと持ち上げる。

やっぱり彼は、笑っていた。


胸が、締め付けられた。


「……悲しいときは、涙流していいんや。腹が立ったときは怒ってええし、嬉しいときは思いきり口を開いて笑ってや」

「お兄、ちゃん?」

「泣いていいんや。だから、そんな壊れそうな笑み浮かべんといて」


とまらない。懇願にも似た、つむがれる本心。

しばらく黙りこんだままの三月が、再びその細い腕を俺の首に絡めて。


子供らしく、大きな声で泣き叫んだ。


後にも先にも、三月の涙を見たのはこれっきりだった───。





  ◇


「ぼ、坊っちゃま。そちらの子供は……」


屋敷に戻ると、やはりとでもいうべきか俺の抱えた子供を見て、使用人が驚愕に目を見開いた。

俺は駆け寄ってきたメイドに、ヤマネと三月を渡す。戸惑いながらも、彼女はしっかりと抱いた。


「洗ってやってや。あと髪も切っといてな」

「え、えっとお召し物はどうなさいますか?」

「俺の小さい頃の服でも着させておけばええ。まだ残ってるやろ」


そう命じるとメイドはかしこまりました、と言って走っていった。

事情を深追いしてこない彼女に安心する。後で礼を言おう。


俺は自室に戻り、上着を脱いで寝台に倒れこんだ。疲れがドッと押し寄せる。

そして、自分の行動が信じられない。俺はあの二人を拾って、どうするつもりなんだ? こんなの、俺の自己満足じゃないか。

――だけど、あのまま放っておけなかった。

ため息をつく。一度手にしたには、ちゃんと責任をとらなければならない。

だがそれも悪くないと思う俺は、あの二人にかなり惹かれてしまったらしい。



数時間後、ノックの音が響いた。

許可を出すと先ほどのメイドが困ったような笑顔を浮かべ、三月とヤマネを連れてきた。


「おおきに。いきなり悪かったな」

「いえ、そんな……。そ、それにこの子達、もともと容姿がよかったのでしょうか。ずいぶん綺麗になりました」

「確かにな。こりゃ美丈夫になるで」


頬を健康的な薄紅色に染めた二人を見つめる。

二人は俺の幼少の頃の服を着ていて。乱れた髪は整えられ、肌も綺麗になっていた。

見事な変身ぶりに、驚きを隠せない。


だけど、そんなの比じゃないくらい驚愕の真実を、メイドは述べた。


「あ、あの坊っちゃま。それがこちらの兎耳の子なんですが、女の子みたいです」


「………なんやて?」


俺は耳を疑った。

――女? この少年が?

もう一度目の前の子供を見つめる。

いやでも、自分のことを僕と言っていたし、何より少年のような口調だったからてっきり……。


「ほ、ほんま?」


俺の問いに、三月はこくりと頷いた。


「ま、まさかヤマネもか?」

「…ぼくは、違うよ…」


首を振るヤマネの答えに、ホッとする。

いくら子供とはいえ、男女見分けられない……いや、それどころか間違えるなんて。

プライドが傷付いた。なんのプライドって、まぁその、色々と。


「そうか……、じゃあスカートの方がええか?」

「え、そんな、悪いからいいよ」


俺の言葉に、微笑を浮かべながら手を胸の前で振る三月。


「またお前は……。もっと自分の感情あらわせや」


ため息混じりに指摘すると、三月は困ったように笑う。


「ううん、本当にいいの。ズボンの方が動きやすいし」

「……そうか?」

「うん」


――まぁ、そういうことならいいか。

とりあえず、ドレスを買う必要はなくなった。




───数日後。

感情表現しろと言ったせいか、三月はあのおしとやかさはどこいったんだというくらい、喜怒哀楽がはっきりした。

でもやっぱり、前のような涙をみせることはない。


ヤマネはこれでもか、というくらい眠り、一日のほとんどを睡眠に費やしている。

詳しい事情を聞いても、秘密としか答えない年不相応な食えない子供だ。



「帽子屋ー、聞いて聞いてー!」


いきなり開けられたドアに振り向くと、儚いという言葉とはほど遠い笑顔を浮かべた三月が立っていた。


「お前なー、ノックぐらいしろや。あといま着替え中やから、後にしてくれへん?」

「な、生肌……」

「はぁ? って、ちょ、お前目の色変わって…」

「ひゃっほーい!」

「まッ、ギギギギャアァァァァァ!!」


三月のおかしな習性を知った瞬間だった。






  ◇


「そんでその後、弟に会社譲ってこの別荘に移り住んで───って、全然聞いてへんな」


三月はテーブルに頬をつけ眠りこけている。よだれ垂れてるぞお前。

ヤマネはいつものように寝ていて、その頭には一匹の蝶がとまっている。

そしてアリスといえば、そんなヤマネに興奮して


「え…ちょ…なにそれなにそれ! めちゃくちゃ可愛いんだけど! 可愛いすぎるんだけどォォォ!!」

「アリスー、お前が聞きたい言うたんやでー」

「だって見てよ帽子屋! か、かわッかわい、かわいいィィーゲホゲホッ!」


叫びすぎたせいか、盛大にむせるアリス。アホやこいつ。

俺は苦笑しながら、彼女に紅茶を差し出した。アリスはそれを涙目になりながら、喉に流し込んだ。



どこからか、花の香りがする。前に蕾を開かせた薔薇だろうか。


西南から吹くそよ風が、髪を濡らして。陽射しに照らされたタルトがテラテラと光る。


こんなにもいい気候なんだ、眠くなるのも充分理解できる。


俺はティーポットを傾け、カップに二杯目の紅茶を注いだ。






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