第57話:好き嫌い
最初だけダムsideです。
その目は嫌い。
綺麗でキラキラして眩しい。
僕とは違う。
お願いだから、そんな目で見ないで。
(ゲッ、にんじん入ってる)
(ぼくもにんじん苦手)
(好き嫌いしないの! 食べたくても食べられない子だっているのよ?)
(嫌いなもんは嫌いなんだもん。ダムにやる)
(いらないよお兄ちゃん……)
(遠慮するな。おれはごちそうさま!)
(こらディー! ……もう。ダムはちゃんと食べてね?)
目の前のシチューにたくさん置かれた、橙色の星型。
【食べたくても食べられない子だっているのよ?】
だからなんだと言うのだろう。ぼくがにんじんを食べたって、その子がにんじんを食べられないのは同じじゃないか。
でもそんなひねくれたこと言ったら、きっと怒られる。可愛げないって。
だからぼくは
(うん。お母さん)
ほら、彼女は笑ってくれた。
街通りを歩いていると、わたしはガラス窓の向こう、カフェでお茶をしてる双子を見つけた。
――相変わらずシンメトリーだなぁ。
声でもかけようと、わたしはそのカフェに足を踏み入れた。
「ディー、ダム!」
カウンターに座る二人。台の上には、コーヒーが注がれたカップがふたつ置いてある。
右側に座っていた少年が、わたしを見た途端分かりやすく顔を歪めた。よし、ディー決定。
「アリス、久しぶりだね」
左側に座っているメガネをかけた少年が、ふわりと微笑む。ダムは今日も穏やかです。
「つい声かけちゃったけど…、お邪魔だったかな」
「分かってるなら帰「そんなことないよ。時間あるなら一緒にどう?」
ディーの言葉を遮り、自分の隣の椅子を勧めるダム。ディーの眉間に、更にしわが寄った。
あ、まずい。ディー絶対怒ってる。え、修羅場?
ディーはカップを持つダムの腕を掴み、眉を下げて揺すった。
「な、なんでだよダム。こんなお邪魔虫……」
「女の子にお邪魔虫なんて言っちゃダメだよ、ディー」
「うっ……」
言葉に詰まった様子のディー。つくづくダムには敵わないらしい。頑張れよ兄ッ!
「な、なんだよ。昔はお兄ちゃんって俺の後ついて来てたのに。ディーなんか嫌いだァァァ!!」
目元を腕で覆いながらそう叫び、ディーはカフェを出ていった。
勢いの名残か、扉がゆらゆらと揺れている。
「なに言ってるんだろうね」
ダムは微笑みを浮かべたまま、彼の去った方向を指差してそう言った。それだけでなく、こうも続ける。
「ちゃんとコーヒー代払ってから出てってほしかったな」
「……追い掛けなくていいの?」
「お腹が空けば帰ってくるよ」
「いや、ペットじゃないんだから」
大丈夫大丈夫と呟き、彼はわたしの腕を恭しく取り座らせた。
ディー、いま君をものすごく不憫に思うよ……。
「なんか頼む?」
「えっと、じゃあアイスティー。レモンで」
そう頼むと、ダムはウェイトレスに注文してくれた。黒いワンピースに、白い前掛け。頭にはレースのついたヘッドアクセが。
――可愛い服だな。
城のメイドさんより、フリルが多くスカート丈が短い。着たいとは思わないけど、ちょっと心をくすぐられる。
───なんて思ってたら。
ちゅっ
控え目に響くリップ音。それはダムと彼女から聞こえて。……キスした。と言っても、頬にだけど。
ウェイトレスの女の子は小さくはにかみ、店内の奥へ消えた。
「……知り合い?」
隣の彼に尋ねる。
「ん、此処に通ってたら仲良くなった子だよ」
なるほど。このカフェもダムの行き付けなのか。別に軽いキスだから挨拶なんだろうけど、ちょっとびっくり。
――でもダムってモテそうだよね。優しいし紳士的だしオシャレだし。
ディーはなんていうか、そういうの苦手そう。なんていったって、初対面にブスとか言っちゃう奴だ。
そんなことを考えてたら、無意識にダムを凝視してた。彼は不思議そうな面持ちで首を傾げる。
「あのさ、ダムって彼女とかいないの?」
そう聞くと、唐突だね、と返された。
「今は特に好きな子いないしな。それに、僕に彼女ができたらディーが泣くからね」
「……たしかに。重度のブラコンだから、泣くまでいかなくてもすねそう」
「でしょ? だから今はいいんだ。ディーに本気で好きな子ができて、何よりもその子を優先して、弟離れできたら、僕も恋人つくるよ」
コーヒーを口に運び、彼は言う。
ダム、前にディーのこと好きじゃないって言ってたけど、それは嘘だ。
だってそんな風に思うなんて、かなり大切にしてるってことだもん。
「ダムもなかなかのブラコンだね……」
苦笑混じりに呟くと、ダムは指を顎にあて、うーんと考える仕草をする。
「まぁ大事な片割れだからね。なんていうか、可愛さ余って憎さ百倍?」
――また複雑な……。
ダム大好きなディーにちょっぴり同情した。
と、不意に目の前にカップが置かれた。顔をあげる。
「レモンティーになります」
先ほどのウェイトレスだ。わたしがお礼を言うと、彼女は頬を染め淡く笑う。
わたしは運ばれてきた紅茶を口に流し込んだ。
――帽子屋が煎れてくれる方が美味しいかも。
店側に失礼な感想を心の中で述べる。
「……実を言うと、嫉妬してるんだ」
「ふぇ?」
「ディーの才能に。トゥーイドルは僕ら二人のブランドだけど、デザインしてるのはほとんどディーだよ。僕はバッグとか小物系」
初耳だ。ってことは、あの可愛い服とかも全部ディーがデザインしたってこと?
かなり意外。誰にもひとつは取り柄があるもんだね。
「僕は特に秀でた才能はない。だからディーが羨ましかった。羨ましくて、憎くって、でも嫌いになれない」
「ダム……」
「生まれる前から側にいたのに、僕らはこんなにも違う。僕はディーみたいに綺麗じゃない」
「……それは、自虐的だよ。確かに単純なディーと比べてダムは、腹黒で危険人物で隠れSで嘘つきで」
「アリス。***で▲△▲に×××されたくなかったそれ以上言わないで」
「すみませんッ!」
笑顔で放送禁止ワードを言うダム。滲みでる黒いオーラがとてつもなく怖い。
ちゃんとピーッて音はいったかな? もし入ってなかったら義務教育中のお子さんに悪い。
「……でも、やっぱり君たち双子だよ。かなりの似たもの同士だもん」
そう言うとダムは、『知ってる』と優しく微笑んだ。
「でも食い逃げはダメだよね。帰ったらいじめ──おっと、叱らなきゃ」
……やっぱり黒い。ディー、がんばれ。