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第56話:ネガティブに乾杯

54話の続きです。



もう昼間だというのにわたしは、ベッドに寝そべりながらため息を吐き、手首をさすった。

昨夜の名残。素材のいい布だったから痛みはないし、皮膚も赤くなっていない。

――やけに上質な絹だった。

さすが公爵夫人のペットでも言うべきなのか。


昨日わたしは手首に巻かれたリボンをはずしてもらうべく、夜にも関わらず城内を歩き回った。その様は我ながら不審だったと思う。

まぁ結局、偶然会えたメイドさんにほどいてもらえた。メイドさんは驚いていたけれど、深追いはしてこなかった。

それは探られたくないわたしにとって大いに助かる。助かるんだけど……彼女が頬を染めていたのがすごい気になります。


――言い訳不能な誤解をされたような。

いや、わたしは必死に違うって言ったんだよ? わたしにそんな趣味ないって。


「でもまだ誤解してるんだろうなぁ。チクショーあの変態猫め」


わたしは再びため息をついた。ああもう、いつまでも過去を気にしちゃ駄目だよね。

わたしはベッドから起き上がり、バッグを手に取った。




  ◇



街へ遊びに行こうとしたわたしは、城門でうずくまっている騎士を見つけた。

大の大人が頭を抱えてしゃがみこむその光景は、ひどく滑稽である。


「ジャック?」


声をかけると、彼は弾かれたように顔をあげた。挙動不審だなオイ。


「な、なんだアリスか。驚かせるな」

「別に驚かせてないんだけど。っていうか、何してるの?」


気になっていたことを尋ねると、ジャックはバツの悪そうに視線を斜め下に落とす。

それを追うように覗きこめば、彼は顔をひき攣らせた。


「ちょっと、本当になんなの?」


あまりに不審だから問い詰めると、ジャックはしぶしぶとでも言うように口を開いた。


「その、久しぶりに街へ行こうと思ったんだが、なかなか門から足を踏み出すことが出来なくてだな……」

「?」


足を踏み出すことが出来ない?

どういう意味だろう。サッパリなわたしはひたすら首を傾げた。

いったい何を躊躇っているのだ彼は。城から普段出ないから、緊張してるとか?

そう考えると可愛いような……いや、可愛くないか。二十歳すぎた男だもん。


「えっと、よく分からないけど。街へ行くなら一緒に行かない? わたしも丁度出掛けようとしてたところだからさ」


一人より二人の方がいい、そう言ってわたしが城門から一歩踏み出そうとしたら


「危ないアリス!」

「ギャー!!」


腕を掴まれ、思いきり後方へ投げられた。着地した地面が芝生だったからいいものの、これがコンクリートやレンガだったらかなり痛かっただろう。

事実、芝生でも痛い。持ち前の反射神経で上手く受け身をとったが、背中やら肩やら強く打った。


「な、にすんだコノヤロー!」

「それはこっちの台詞だ! 軽い気持ちで外へ出るなど……! もし城の敷地内から一歩進んだところに地雷があったらどうするんだ!」

「ねーよ! 絶対ねーよ!」


芝生に尻餅つきながら、息切れ気味のジャックの言葉を否定する。


「世の中なにが起こるか分からないんだ。もしかしたら俺が街へ出るのを邪魔しようとしてる奴がいるかもしれない!」


前半は同感だ。でも後半は明らかにおかしい。意味が分からないから。

わたしは服についた草を払い、身体を起こした。このネガティブ騎士に付き合っていたら日が暮れてしまう。

――放っておく方が利口だわ。

そう判断し、わたしはおかしなことを呟くジャックをおいて、街へ行くことにした。


しかし


「アリス、また行く気か?」


再び止められる。わたしは彼に聞こえるようにため息を吐いた。


「あのね、アンタそれでも騎士? 男のくせにうじうじしないで」

「なっ。俺をなんと言おうと構わない。しかし騎士を侮辱するな!」

「アンタを侮辱してんだよ! あーもう疲れるんだけどこの人!」


わたしは自分の髪をワシャワシャと掻きむしる。こんな事でかんしゃくを起こす自分が情けない。

そんなわたしに、ジャックは『大丈夫か?』と聞いてくる。原因はアンタなのに。

わたしは自身を落ち着かせるよう、咳払いをした。


「ジャック、こうしよう。地雷が怖いなら、わたしとせーので走り出すの。二人なら恐怖も半減するでしょ?」


我ながらおかしな提案だと思う。だけど超マイナス思考な彼にはこのくらいが丁度いいのだ。

ジャックはうなりながら考えこんでいたが、しばらくすると遠慮がちにわたしを見つめる。また良からぬことでも妄想したのだろうか。

促すように尋ねれば、彼は言う。


「その意見には賛成だ。しかし、俺とアリスで街を歩くというのはだな」

「わたしとじゃ嫌ってか?」

「それもあるが……」

「コンニャロ!」

「もし、俺とアリスを恋人と間違えて、嫉妬深い独り身の者に刺されたりしたらと思うと」


怖くて仕方ない、と頭を抱えるジャック。

呆れた。ひたすら呆れた。ここまで重症だとは正直思っていなかった。


「……いや、ジャック。大丈夫だよ。わたしとアンタじゃ恋人には見えないから。せいぜい兄妹だよ」

「嘘をつくな、俺に妹などいない!」

「例えの話だよバカ!」

「ば、馬鹿だと? 馬鹿は生きる価値もないと? そして馬鹿な俺は死ねと言うのか!?」

「だからなんでそんなにデリケートなの!」


――バカからそこまで被害妄想できる人初めて見たっつーの!

いい加減、頭痛がしてきた。これじゃあいつになっても此処から動けない。


「……ジャック。悪いけど、わたしもう行くね」

「な、俺を置いて行くのか!?」


門から出ようとすれば、ジャックはわたしの足にしがみついてきた。


「ちょっ、はなして!」

「放していいのか? 本当に放していいのか!?」

「いいに決まってるだろ!」

「そんなに言うならあと5秒で放すぞ? ほらご〜ぉ……。絶対お前は後悔するぞ!?」

「しないから早く放せよッ!」

「いいやする。あと3秒だぞ? 今なら延長してやってもいいぞ? ほらさ〜ん。ああああと2秒だどうするんだ!?」


「うぜェェェェ!!」




結局その日わたしは、日が暮れるまで騎士と悶着していた。

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