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第51話:DOLCEはいかが




「アリス様、手紙が届いてましたよ」


街から帰宅後、メイドさんに呼び止められた。渡された手紙は、招待状。差出人は、公爵夫人であった。

――なんだろう。わたしに何か用事があるのかな。


貸してもらってる自室に戻り、わたしは封をきった。天蓋付きベッドに寝転がり、文字の羅列に目を通す。

その内容は、公爵邸でのお茶の誘いだった。日付は明後日。無理ならば連絡下さい、とも添えられている。


「公爵夫人とはもう一度話したいしなー。思えば、舞踏会のとき自己紹介しただけだ」


これはあまりに失礼かもしれない。それにせっかくの誘い、断るのはもったいないもん。

――お茶ってことは、なんかデザート出るかな。

楽しみ♪なんて思うわたしは現金だな。でも、手ぶらで行っても大丈夫? っていうか、服は?

ああ〜分からないことだらけ。誰かに相談しようっと。


そう考え、わたしは部屋を出た。とりあえず足を動かすけど、誰に聞こう?

白うさぎくんに聞きたいけど、忙しいかもしれないし。

――というと、やっぱりメイドさんに聞くべき? 女王様はどうだろう。


「アリス」


悩んでいたら、不意に声をかけられた。


「ジャック」


振り返れば、長身の騎士の姿。彼もどうやら城に住んでるらしい。まぁ広いしね。

だから今みたいに、城内で会うのも少なくない。


「どうしたの、ジャック? ……ジャック?」


呼ばれたからなにか用事があるのだろう。しかし彼はやけに神妙な顔で凝視してくる。


そして一言。


「アリス、少し太ったか?」



………え。



「まぁ、女性は多少ふくよかな方が──って、いない」


すでに誰もいなくなっていた。


「な、なぜ……。ハッ、まさかこれが噂の神隠しというものか!? なんてことだ! ど、どうすればいい? 俺はどうすればいいのだ!?」




  ◇


あっという間に当日。現在わたしは、公爵夫人からの迎えの馬車に乗り、揺られている。

わたしは背もたれに身体を預けながら、心を高鳴らしていた。緊張は当然だが、それ以上に楽しみで。


――早く着かないかな。

流れ行く景色を見ながら、わたしはそんなことを思った。


二人だけのお茶会ということで、前のパーティーよりは気が軽い。でも、おやつは控えよう。

……いや、うん。思えばこの国へ来てから甘いものばかり食べてたような。だって美味しいんだもん。

――でも、実際に言われるとキツイ。


【アリス、少し太ったか?】


【少し太ったか?】


【太ったか?】


公爵邸に着くまで、ジャックの言葉がわたしの脳内で延々と繰り返された。





「到着しました」


馬車が止まると同時に、従者の声が響いた。扉を開いてもらい、ただ降りるだけなのに手を沿えられる。この対応はやっぱりむず痒い。

わたしは改めて目の前の建物を見上げた。

舞踏会以来のこの屋敷。以前と変わらず、とても立派だ。公爵という身分がいかに高いか分かる。こんな大豪邸、なかなかお目にかかれない。

少なくとも、わたしが向こうの世界で庶民ライフを送っていたら一度も訪れることなく、命の灯が消えるだろう。


「アリス様、ですね」


屋敷に見とれていたわたしは、突然かけられた声にハッとした。視線を正面に戻す。そこには、燕尾服を着た男性が立っていた。

艶やかな深緑の髪を七三に分け、銀縁の角ばったメガネをかけている。ネクタイはきっちり締められ、切長な瞳はどこかきつい印象を与えていて。

いかにも、できる人といった感じだ。先程の声の正体はきっとこの人だろう。


「私は公爵夫人の執事をしているフロッグと申します。夫人の部屋までご案内しましょう」


低い声でそう言い、彼は正確な角度で頭を下げた。


「わわっ、あ、ありがとうございます」


恥ずかしいくらいどもるわたし。メイドさんから『様』付けされるのには慣れてきたが、こんな風にお辞儀をされると困ってしまう。


「では、こちらへどうぞ」


わたしの慌てぶりを全く気にせず、彼はわたしを屋敷内に招きいれた。




長い廊下を何度か曲がった末、ようやくわたし達は夫人のいる部屋へたどり着いた。


「いらっしゃいアリス。来てくれてありがとう」


藍色のドレスを身に纏った公爵夫人が、笑顔で言う。相変わらず美人だ。

つっ立っていたわたしは彼女に席を勧められ、やけにふかふかした椅子に座った。赤いクッションは座り心地が抜群である。


「フロッグ、紅茶をいれてちょうだい」

「かしこまりました」


公爵夫人の言葉に、彼はふたつのカップに紅茶を注ぐ。それはとてもスマートな動きで。見た目を裏切らない人だ。


「スイーツもたくさんあるから遠慮せずに召し上がって」

「え、あ、はい」


空気を読んでそう返事したが、わたしの脳内には再び【太ったか?】の声が。チクショージャックめ。

そんなことを思いつつ、クッキーに手を伸ばしている自分が憎い。


「私、貴女とは一度ゆっくり話したかったの。パーティーのときは邪魔が入ったでしょう? あんな挨拶程度では失礼だもの」

「そんな……。わたしこそ、自己紹介もろくにしてなくて」

「ああ、貴女のことならあの後チェシャ猫に詳しく聞いたわ」


美麗な微笑を浮かべる公爵夫人に、嫌な予感がした。というより、あの変態猫の名前が出てきたら大抵いいことはない。

そして予感は当たる。


「チェシャ猫の恋人なんですってね」

「違います!!」


――アイツ平気で嘘つきやがった!

公爵夫人は違うの?と首を傾けている。


「天地がひっくり返っても有り得ません」

「そう。じゃあどういう関係かしら?」


どういう関係って……。え、どういう関係なんだ?

そんなの考えたことなくて。わたしはすぐに答えることができなかった。





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