第48話:コンプレックス
「あだッ!」
「んぎゃッ!」
街角での出来事。もう何度目になるだろう。そしてこのパターンの場合は
「やっぱりアンタなの、ディー…」
「いでで……。こっちのセリフだアホ! お前はぶつからないと挨拶もできねぇのか!」
ガーガー文句を言う双子の兄。わたしは無視し、服の汚れを軽く払いながら立ち上がる。
ディーもディーだよね。普通女の子が尻餅ついてたら、手を伸ばすくらいしない?
ああ、そうだった。わたし女として見られてなかったんだ。チクショー…。
「あれ、ダムと一緒じゃないんだ」
気付いたことを言えば、ディーは更に眉間にしわをよせる。
「ダムは一人でどっか行った。っていうか、いつも一緒にいるわけじゃねぇよ!」
「ふーん。なんか機嫌悪い?」
「お前がぶつかってきたからだろ! べ、別にダムに置いてかれたからとかじゃねぇぞ!」
――素直だなオイ。
この人、絶対嘘とかつけなそう。ついたとしても直ぐバレるね。
ディーはムスッとした顔のまま
「じゃあな」
と一言こぼし、わたしに背をむける。
「あ、ちょっと待ってディー」
「ぐはッ!」
去ろうとした彼の腕を引いたら、思いの外、力が入りすぎてしまった。ディーの頭は地面に激突。
「この女…」
怒りからか、ディーの肩が小刻に震えている。まずい、更に怒らせてしまった。
どうも最近、力がついた気がする。周りがあまりに非常識で、その度に殴る蹴るしてたからかなぁ。うーん、不本意。
持ち前の運動神経も、かなり磨かれた気が……。
「なんなんだよお前は! 人を地面に叩きつけたんだから、それなりの理由はあるんだろうな!?」
わたしの腕を振り払い、いきりたつディー。
「それなりの理由っていうか、暇なら一緒にお茶でもどうかなと」
「茶だァ!? あ、っていうかお前とダム、前に二人で食事しただろ! しかも俺に請求しやがって!」
「あー、そういえばそんな事があったね……」
ダムの腹黒が発覚した日のこと。インパクトあったから、覚えている。
っていうか、さっきからディー叫びすぎじゃない? 周りの視線が結構はずかしいんだけど。
「で、結局どうなの?」
わたしは丁度、話相手がほしかった。たとえそれが喧嘩友達(?)のディーでも。
「し、仕方ねぇな。付き合ってやるよ。誤解するなよ? お前のためじゃなくて、退屈だから……。決してお前のためにじゃねぇぞ!」
「はいはい」
――もう、天邪鬼だなぁ。
わたしとディーは、近くの喫茶店に入った。
◇
ディーは珈琲、わたしは紅茶とケーキを注文した。
「ディーとこうして二人で話すの初めてだねぇ」
「俺は嬉しくも何ともねぇけどな」
いちいち癪に障るなオイ。どんな言い草だ。
ディーは運ばれてきた珈琲を一口飲み、わたしをジッと見る。なに?と尋ねると、彼はこう言った。
「……お前さ、ダムとどんな話したんだ?」
どんだけアンタはダムが気になるんだ。弟大好きっ子か。
口にはしないが、わたしは心の中でそうツッコミをいれた。
「どんなって…あ、ディーについても話したよ」
「………俺について?」
心底意外だ、とでも言いたげなディーの表情。
「ディーのこと大切だって言ってたよ。美しい兄弟愛だね、うん」
「嘘だろ」
「一刀両断!?」
「…俺はダムが好きだけど、ダムが俺を好きとは思えない」
ぼそっと零す。なんだかいつものディーらしくなくて、わたしは彼の顔を覗きこんだ。
目をそらすディー。なんなんだ。
「ダムは昔から、頭も良くて運動神経も良くて顔も良かった」
「いや、アンタたち顔一緒でしょうが」
「そんなダムが俺はすごいと思ってたし、尊敬してた。でも、同時に妬ましかった」
――気にしてたんだ。
双子って、やっぱり比べられるちゃうよね。兄としての威厳もなくなっちゃうし。
「別に周りの目なんか気にしてなかった。それに、やっと得意なもの見つけたし」
「得意なもの?」
「デッサン。才能が認められて、ブランドまで持てて、かなり嬉しかった」
でも、と遮るディー。
「やっぱりダムは、何でもできる。結局、俺たち二人でトゥーイドルのデザイナーだし」
フッと微笑う彼は、少しだけ憂いの雰囲気を纏わせていた。
――複雑なんだ。
単純に見えて、とっても繊細。
出来のいい弟を持つと大変だ。しかも双子。同じ遺伝子から生まれた、共同体。劣等感を抱いてしまったのだろう。
「ディー…。ケーキの苺あげるから元気出して」
「いらねぇよ! なんだその慰め方! っていうか、別に今となってはいいんだよ。ダムと一緒に仕事できるし」
またもや出てきた【ダム】の名前。
「……ディーって、ブラザーコンプレックスだよね。いろんな意味で」
ダムと将来結婚する人、大変だぞ。夫と共にもれなく小姑がついてきます。
嬉しくないバリューセットだ。
「……でもわたし、ダムはやっぱりディーのこと大切に思ってると思う」
「は? なにを藪から棒に」
「だって、ディーのこと可愛いって言ってたもん」
「ぶーーッ!!」
ディーが珈琲を思いきり噴き出した。しかもわたしに向かって。レディの顔をなんだと思ってるんだ。
黒い液体が滴る。服はいつものエプロンドレスじゃないけど、白うさぎくんにもらった服だ。
「か、可愛い!?」
驚く前に謝れ。とりあえず謝れ。
「かかか可愛いなんて言われたって、嬉しくねぇよ!」
分かったから謝れ。服を汚したこと謝れ。
「ダムが俺をかわ「どうでもいいから謝れェェェェ!!」
後日、トゥーイドルの服をもらった。もちろん、無料で。