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第46話:異世界から来た少女




久しぶりのお茶会。最近忙しくて、参加できなかったんだよね。でもよかった、みんな居て。もしここまで来て留守とかだったら辛い。

このお茶会、毎日やってるのかな。帽子屋は男爵らしいけど、そんなに退屈なのか? 白うさぎくんはいつも忙しいイメージがあるけど。

三月とヤマネくんがじゃれている横で、帽子屋は優雅に紅茶を煎れている。


わたしは先日のことを思い出し、無意識にため息をこぼした。

それに気付いたのか、帽子屋がわたしの前にカップを差し出す。中に入った液体は澄んだ薄いオレンジ色で、光の加減で時おり金色にも見えた。

わたしは黙ってそれに手を伸ばす。口もとに持っていくと、花のような甘くて高い香りが、鼻をくすぐった。


「これ……ダージリン?」

「お、よぅ分かったな。これは夏摘みのもんで、稀少品やで。俺は春摘みも好きやけど」

「ストレートティーがおいしいんだよね」


そう言って、口内にゆっくりと流し込む。爽やかな口当たり。あっさりしてるけど、これはこれで美味しい。

つい吐息が漏れる。心のなかに安堵が広がるようだった。


「……で、アリス。どないした?」

「え?」

「なんかあったんちゃうんか?」


伏し目がちに聞いてくる彼。こういう時、帽子屋って大人だなって思う。他人の僅かな変化に気付いてくれる。

思えば、わたしの周りで一番年上って帽子屋? いや、そうでもないか。公爵夫人やジャックがいる。

タイムもいるしね。あの人は何歳なんだ。外見はともかく、海千山千的な雰囲気ある。


「アリス、悩みごと?」


袖をひかれて振り向けば、ヤマネくんが首を小さく傾けていた。

その上目使い、ヤバすぎる。わたしを呼吸困難にする気か。


三月はといえば、なんか壺のなかに手を突っ込み、蜂蜜と戯れている。

アンタはくまのプー●んか。顔中、ベタベタですけど。



「悩みごと…。まぁ悩みといえば悩みかな」

「どんなこと?」


喰らいついてくるヤマネくん。めずらしい。いつもは何があっても寝てるのに…。

わたしは少し渋ったが、つぶらな瞳に負けた。


「……チェシャ猫のこと」

「猫?」


あ、いま明らかにヤマネくんの表情が不愉快なものに。そんなに嫌いなのか。


「わたし、あいつがなに考えてるか分かんない」

「………」


触れるだけならともかく、あんな深いキス…って、そっちじゃなくて。

好きとか殺すとか、矛盾だらけで。それに愛は感じられなかった。

どっちかって言うと、執着。お気に入りのオモチャが、手元から離れるのが嫌みたいな。


燃えるような恋なんて寒い表現だけど、正に理性を狂わせる恋かも。狂気的だったし。少なくとも、愛なんて言葉は似合わない。

――ちょっと自惚れか。もしかしたら今だけの感情かもしれないし。


「…俺は、あいつはアリスに本気やと思うけどな」


不意に帽子屋が口を開く。真剣味を帯びた表情。だけど、持ってる愛らしいパフェで台無しだよ。

置けよパフェ。そのやけに生クリームがかかったパフェ置けよ。


「なんでそう思うのさ」

「チェシャ猫があんな風にベタベタする女は公爵夫人くらいやからな。どっちかって言うと、ベタベタさせるタイプ。だから舞踏会のときは驚いたで」


えっ、意外。だってチェシャ猫ってうざったいくらいスキンシップ激しい。いや、あれは最早セクハラか。


「あ、そういえば、あの日襲われずにすんだか?」


なんでそのこと知ってんだ!? っていうか、ついでっぽい言い方がムカつく!


「アリスの気持ちはどうなの?」

「え?」

「アリスは猫のこと、どう思ってるの?」


眠たそうな目で問いかけてくるヤマネくん。


――どうって…。

あいつは、サドでマゾで変態で、ピンクの髪とか無駄に露出のある服とか着てて軽く引く。

超美形なくせに美醜はこだわらないとか人気あげるようなこと言っちゃって、セクハラが日々絶えなくて。

挙げ句の果て監禁殺人予告までわたしにした。


そんでもって、わたしの口唇を奪って───


「願わくば死ねばいいと思ってる」

「なんでやねんッ!!」

「むしろ死ぬほうがマシくらいの苦痛を24時間365日年中無休で味あわせたい」

「気が合うねアリス……。っていうか、君もS属性?」


リアクションをとる帽子屋とは対比に、うんうん、とヤマネくんは頷く。余程嫌いなんだね。一体なにされたんだい?


「だいたい、いつかはわたし帰らなきゃだし」


そう。一番の理由は、これだ。いつになるかは分からないけど、必ず帰らなきゃいけない。


「帰るって……どこに」


帽子屋が怪訝な顔をする。

――そっか。知らないんだ。わたしが違う世界から来たってこと。

思えば、知らない人けっこういる。知ってるのは、白うさぎくんとジャックとチェシャ猫とタイムくらいかな。

別にやましいことがあるわけではないし、わたしは3人に此処にいる理由を話した。


「じゃあ、いつかは帰っちゃうの!?」


立ち上がる三月。わたしは小さく頷いた。


「嫌だよそんなの! せっかく仲良くなれたのに」

「三月……って、蜂蜜ついた手で触るな! ベタベタしてるんだけど!」

「一緒にベタベタ〜♪」

「やめろォォォ!!」


ああ、わたしの服が……。蜂蜜まみれになって喜ぶほど甘党じゃない。

紅茶こぼされたり、ベトベトにしたり。わざとか三月。


「…でも、そうか。だから城に居候してるんやな」


なるほどなるほど、と呟く帽子屋。理解が早い。彼ならなんやて!?とか言うと思ったのに。


「ねぇ…アリス…」

「ん?」


わたしの膝に手をおくヤマネくん。なんで君はそんなにわたしのツボをおさえてるんだ。可愛すぎるぞ。


「…もし、アリスが帰る、その時は」


ヤマネくん?


「………笑って、見送るね」


そう淡く微笑んだヤマネくんの瞳に影が見えたのは、たぶんわたしの気のせいだろう。





「お土産は秘密の国限定キーホルダーがオススメ!」

「三月、わたし旅行でここに来てるわけじゃないから」

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