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第45話:猟気的恋愛感情



頭がくらくらする。


「好きになったら、俺のことも好きになってほしい。そう考える」


射抜くような視線、高鳴る心臓、身体の芯がひたすら熱い。

だけどわたしは、いや待てよと、ある考えが頭の片隅をよぎった。


「アンタ、わたしに嫌われるようなことばっかしてない?」


(あまり酷いこと言わないでよ。いじめたくなっちゃうから)

(知ってる? 苦痛と快楽は紙一重なんだよ)

(こんなに乱れるなんて、可愛いね)


今までの数々の羞恥プレイ。どう考えたって嫌がらせだ。


「それは、貴女の嫌がる表情が見たいから」

「サドめ。歪んでいる」


苦々しく吐き捨てれば、チェシャ猫は見目麗しい微笑みを浮かべる。

不穏なオーラを感じたわたしは距離をとろうとしたが、腕を掴まれ失敗した。


「……ッ」

「そうだよ、俺の愛は歪んでいる。好きになればなるほど、泣かしたくなるから」

「うっわ、最低」

「でも俺、アリスには優しくしてると思わない? だってまだキスもしてないんだよ?」


――それ以上のことはしたくせに。

舐めたり噛んだり手枷したり…って、思い出したらヤバイって!


「だから俺を好きになってよ」

「……は?」


わたしはつい無意識に、まぬけな声をこぼした。チェシャ猫はそんなわたしに、顔を近付けてくる。


「す、好きになれと言われて簡単に好きになれるか!」

「なれるよ。俺に好きと言えばいい。言葉には魂が宿るっていうし」

「そんなの中身がないじゃん。そんな告白、誰も喜ばない」

「それでもいいよ。空っぽでもいいから」

「…なんでそこまで…」

「好きだから」

「ッ!」


顎を掴まれた。親指と人指し指に捕われ、仰向けられる。

金の光を放つその瞳から、目がはなせない。彼の後ろに見える空が、涙をこぼす。雫がチェシャ猫の頬に落ち、泣いてるようで。

わたしは動かない口唇を無理矢理開き、声帯を震わせた。


「……悪いけどわたし、年下趣味だから」

「俺とアリスなんて、2つくらいしか差がないじゃない」


即答するチェシャ猫。ふ、分かってないわね。差なんて関係ない。ようは年下ならわたしはいいのよ。

好みのタイプは可愛い系。ボーイフレンドも、同い年か年下が多かったし。


「見たところ、アンタは18、19でしょ? 範囲外だね」

「なるほど。…まぁいいよ、それでも。振り向かせる自信なんてあるし」

「ああ、もう! 往生際が悪いな! 第一わたしはこの世界の者じゃない! いつかは自分の世界に帰るの!」

「なにそれ。本気で言ってる?」

「本気に決まってる。別れる前提の恋なんて、ただの悲劇…──うあっ!」


肩を押され、背中に衝撃がはしる。手首を掴まれ、壁におしつけられた。その力強さに肺が圧迫され。

頭を打ったのか、後頭部がズキズキと痛む。絶対コブできたよ……。


「貴女って、俺がなにを言われても傷付かないと思ってる?」

「ッ…痛……」


わたしの腕を握る手は、まるで鉄の輪っかのように頑で。抵抗のしようがないくらい、びくともしない。

降り注ぐ雨はとても冷たいはずなのに、握られた箇所が火傷しそうなほど熱い。


「ねぇアリス。大嫌いな人を大好きになるより、大好きな人を大嫌いになるほうが簡単なんだよ」

「何言って……」

「あまり俺を怒らせるなってこと」


彼とわたしの前髪が触れ合う。いつ戻したのか、完璧なピンク。邪だ。

その細められた瞳も、吊り上がった口角も、鋭い牙も。冷や汗が背筋を伝うほど。


「帰さないよ、アリス」


囁かれた言葉に、耳を疑った。


「ば、バカ言わないで。帰さないなんて、自己中にもほどがある」

「人は恋すると我儘になるんだよ」


わたしの人生を懸けた反論は、あっさりと否定されて。


「俺のもとから離れるなんて許さない。自分のモノが誰かに奪われるより、自主的に離れていくほうが気に入らないんだ」

「いつわたしがアンタのモノになった!」

「アリスが俺から離れようとするなら、手足を切断して監禁する。それでも帰ると言うなら、俺はあんたを殺すよ」


無視!?というツッコミは出てこなかった。あまりに危険な発言に、心の臓が震えあがる。

『殺す』なんて、生まれて初めて言われた。

リアリティーのない恐怖。悪夢の延長線?

全身の毛穴から嫌な汗が吹き出る。


「ふ、ふざけないで…」


必死に絞り出した声は、予想以上に小さく、そして掠んでいた。


「ふざけてない、本気さ。愛しすぎて殺意がわく」

「く、狂ってる。狂ってるよ。好きなのに殺すなんて、意味がわからない。分かろうとも思えない!」

「──うるさいな。少し黙れよ」

「む、ぐ…ぅ…!」


冷たい言葉を紡いだと同時に、チェシャ猫はわたしの口唇に自分のそれを押し付けてきた。

驚きに目を見張る。キスされている、そう気付いたときには抵抗する力さえ抜けていて。

むようなそれはだんだんと深くなり、彼の舌が口唇の輪郭をなぞる。

ねっとりとした濃厚な口付け。濡れた感触で、口の端から唾液が零れたのが分かった。


「ん、んん…!」


身体が崩れ落ちそうになる。それが分かっているのか、チェシャ猫は膝をわってわたしを支えた。

汗だか雨だか分からない雫が、頬を伝う。だけど、涙だけは流さなかった。わたしのちっぽけなプライドだ。

熱く生暖かいものが口内に侵入してくる。わたしの身体は驚愕にビクリと揺れて。電流が身体を駆け巡る。

――やだ……!

わたしは蠢く舌を思いきり噛んだ。


「──ッ!!」


さすがに予想してなかったのか、チェシャ猫が離れる。その一瞬の隙を狙い、わたしは彼の拘束から抜けだした。

肩で息しながら、わたしはチェシャ猫を睨む。だけど、彼がそっと顔をあげた瞬間、忘れた恐怖が再びわたしを襲った。

口元を軽く撫で、彼は笑う。その目は獲物を狙うように鋭くて。


わたしは堪らなくなり、彼に背を向け走った。

濡れた口唇、激しい動悸、熱い身体、霞む視界。


「有りえねぇぇぇぇ!!」


雨さえもそれらを冷やしてはくれなかった。





  ◇


「おかえりなさい、お姉さん。わ、ずぶ濡れじゃないですか」

「雨に襲われ──ってギャァァァ!!」


迎えてくれた白うさぎくんの姿に、わたしは絶叫する。

血まみれだ。髪にも服にも顔にも、赤い斑点が飛び散っている。何度見てもこの姿には慣れない。

わたしが雨でずぶ濡れなら、少年は血でずぶ濡れである。


「あ、ごめんなさい。今さっき汚れちゃって……」


その言葉の意味は、殺人後。

――えぇー。前回、血を求めてる自分が嫌とか言ってなかったっけ?


「血を浴びるのって、ホント気持ちいいですよね!」

「………」


さわやかに言い放った白うさぎくんを、わたしは見なかったことにした。

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