第4話:大きな落し物
「なんて現金なの。置いてくなんて信じられない……」
あてもなくとぼとぼ歩きながら、わたしは今は亡き(違)うさぎ少年へ向けての不満を、一人こぼしていた。
「あんな可愛い顔して、詐欺だわ。今度会ったらとっちめてやる!」
わたしは叫んで、側にあった木を思いきり蹴る。
「痛ったぁ!」
だけど、その反動で逆にわたしがダメージを受けた。大して太くないくせになんて丈夫なの。尻餅ついちゃったじゃん!
「チクショー、あのピョン太め……」
イラついたわたしは全てをあの男の子のせいにしておいた。
っていうか、あの子名前なんていったっけ? わりとひねりのない名前だった気がするんだけど……。
「あまりの混乱と怒りで忘れたわ。とりあえず思い出すまでピョン太でいこう」
だいたいあの男の子、わたしの名前すら聞いてないよね。礼儀がなってない! 自分の名前より先に相手の名前よッ。
……逆だっけ? まぁいいか。
わたしはよっこらせ、と言って立ち上がった。
あーあ、お姉ちゃんから貰った服が汚れたし。まぁ、別にいいけど。
「はぁ、マジでこれからどうしよう。兎なんか追い掛けたわたしがバカだった」
昔からよく言うよね。
【何かを追い掛けると必ず落ちる】
兎しかり、おむすびしかりよ。
あ、いやでも、わたしは池の中まで追い掛けようなんてしなかったぞ。
足が滑ったんだもん!
地面が濡れてたんだもん!
つまりわたしは悪くない!
はい、解決♪
「いや、全然なにも解決してねぇな」
わたしが悪くないところで、来ちゃったもんは来ちゃったし。帰れないもんは帰れないし。
…………本気でヤバくね?
「わたしの平和な日々返せコノヤロー」
そんな事を呟きながら、わたしは再び歩き始めた。だって立ってるだけじゃ、不安になる。
たくさんの花々、穏やかなひだまり、可愛い建物。
──前言撤回。あんまり不安にならない。
ほのぼのしすぎなんだよ。こっちは最大の危機だって言うのに。
「なんかむかつく───って、のわぁ!!」
いったぁ! 何かにつまづいた! 思いっきりコケたんだけどッ!
なんか今日コケる率高くない!?
ムシャクシャする気を抱きながら、わたしは転んだ原因を見た。
………………時計?
そこに無造作に転がっていたのは、バカみたいにでかい時計。あのピョン太が持っていた懐中時計の5倍はある。
滑らかな曲線、透き通ったクリア。数字と針だけが装着されたシンプルな地盤。
なにひとつ不要なものはない、まさに時を刻むためだけの道具だ。
「なんでこんな所に…」
いや、これ程の大きさの時計に気付かなかったわたしもわたしだけど。
でも、こんなでっかい落し物ってどうなの。落とした人は、わたし以上に鈍いわね。
「届けようにも、交番なんてないだろうし。だけど、時計だって無かったらなんだかんだで困るよね」
――うーん、どうしよう。
わたしは文字をそっと撫でた。……温かい?
なんだろう。触れた指先から、温もりが伝わってくる。たとえるなら、人肌。柔らかくて、心地好くて。
その時わたしはふと、不思議な感覚を覚えた。トクン、トクンと脈打つのを感じる。そう、まるで心臓みたいな─────
? 色が…変わった?
透明な時計が、淡いピンクに染まった。
「おい」
「!!?」
突然かけられた声に、わたしは飛び跳ねた。