第38話:雨のなかの出逢い
町へ出掛けようと外へ向かう途中、廊下ですれちがった白うさぎくんに声をかけられた。
「お姉さん、顔色がすぐれません。体調が悪いのでは?」
「えっ、そうかな」
「はい。今日はお出掛けにならない方がよろしいかと……」
「大丈夫だよ。別に頭痛とかしないし」
ですが…、となかなか引き下がらない白うさぎくん。心配性だなぁ。
自慢じゃないけどわたしは、健康が服着て歩いてるもんよ?
……本当に自慢ならないよね。自分で言っておいてなんだけど、ちょっと恥ずかしい。
「ってことで、心配ご無用。行ってきまーす」
「あ、お姉さん!」
引き止める声が聞こえたけど、気付かないふり。ごめんね白うさぎくん。
でも本当に何ともない。顔色悪いって言ってたけど、なんでかな。寝不足のせいかも。
昨夜はアンとずっと話してもんな。写真も何枚かもらっちゃったし。実はこっそり今も持ってる。御守りにするんだ♪
「アリス様、どちらに?」
「町まで。行ってきます!」
「お気をつけて」
ありがと、と返し、わたしは門番の人に手を振った。
◇
ついてない。本当についてない。
素直に城の中で過ごせばよかった。なんで白うさぎくんの言うことを無視したんだろう。
「いきなりどしゃ降りー!?」
まるでバケツを引っくり返したような雨。わたしはあっという間に濡れネズミである。
あんなに青々と輝いていた空も、急に灰色となってしまった。雲がものすごい速さで流れてゆく。
――濡れる〜!
わたしは雨宿りできる場所を探した。どうせ通り雨だろう、すぐに止むはず。その間だけでも、どこかお店に入ろう。
「いって!」
「わッ!」
バシャバシャと水しぶきをあげながら走っていたわたしは、何かとぶつかった。その衝撃で、尻餅をつく。服が濡れてゆくのが、気持ち悪い。
最悪。今のでかなり汚れたはず。お姉ちゃんから貰った服なのに。唯一、向こうの世界から持ってきたものなのに。
わたしは今すぐにでも、ぶつかってきた奴を殴りたい気持ちだった。しかしわたしの不注意でもある。ここはおとなしく引き下がろう。
「なにすんだよブス! おもいっきり濡れたじゃねぇか!」
──と思ったのに。
暴言を吐いた少年は、やたら怒ってるのか、他にも文句をつけてくる。っていうか、デジャブだこれ。
「この服ブランド物だぞ! クリーニングしても落ちなかったらどうするんだ!」
「……またアンタなの、ディー」
「えっ。あ、お前!」
やっと気付いたのか、ディー灰色の瞳を見開いてはわたしを指さす。彼もわたしと同様、びしょ濡れだ。
着てる服はたぶん、自作のトゥーイドルのだろう。
「まったく、ついてねぇな。びしょ濡れだしぶつかるしお前はどんくさいし」
そう言って、ディーは水を含んだ服の裾をしぼる。だけど雨が再び濡らして、その行為は無駄に思えた。
――どんくさいって失礼な。アンタのせいでもあるじゃんか。
わたしはムッとしながらも、無言で立ち上がる。
「じゃーな。泥水まみれの方が似合ってるぞ、よかったな」
「誰が泥水まみれのドブねずみだ!」
「そこまでは言ってねぇだろ」
「って、ちょっと待て待て。困っている乙女を置いていくのか?」
「俺の視界に乙女はいない」
「コノヤロー!」
本当に去ろうとするディーにしがみついた。優しさの『や』の字もないんだから!
放せと放さないの繰り返し。その内にも、冷たい雨はわたし達を濡らして。確実に、身体の熱を奪ってゆく。
「おま、いい加減にしろ!」
叫ぶディーの声は、はっきりと聞こえる。だけど。
――え?
ぐにゃり、と目の前の景色が歪んだ。なんだ、コレ。ディーが二人に見える。
でも双子で見慣れてるからか、別に二人いても違和感がない。あ、三人に増えた。
「お、おい。大丈夫か?」
ディーがわたしの肩を掴む。
頭がくらくらした。目眩のような症状。いま気付いたけど、指先が、腕が、小刻みに震えていり。寒いのに、吐く息だけは熱くて。
「……倒れそうかも」
「はぁ!? うわっ」
がくりと膝が折れると、ディーが慌ててわたしを支えた。うう、不覚。
「ちくしょう、面倒な女……」
そんな悪態をつきながらも、ディーはわたしの身体を持ち上げ、肩に担ぐ。
「俵じゃないんだから…。お姫様だっこでしょ、シチュエーション的に」
「文句言うなら直ぐ様捨てるぞ。姫抱きされたいならもっと痩せることだな」
「コノヤロー、レディにむかって失礼すぎる! だいたいアンタは……!」
「いいから黙ってろ」
強く言われて、わたしはそれきり口を噤む。揺られているうちに、わたしの意識は霞んでいった。