第37話:girls talk
「アリス、アリス」
かわいらしい声に振り返ると、そこには真っ赤なドレスに身を包んだ女王様。
いつもはピンクの服が多いのに、めずらしい。まぁ赤も可愛いけど♪
「どうしたの女王様? ──って、本当にどうした?」
無邪気に微笑む女王様の右手には、困り気味のメアリ=アンの左腕が絡んでいる。
女王とメイドという、何とも不思議な組み合わせだ。女王様はともかく、アンは対応に困ってるみたい。
「庭園でお茶を飲みましょ。私とアリスとメアリの3人で」
「じょ、女王様。わたしのような使用人風情が、そんな尊い場に同席など…」
「あら。メアリは気にしすぎよ。そんな遠慮なんてしなくていいわ」
でも…、と口ごもるアン。そりゃそうだ。対等に話せなんて無理に決まっている。
困惑してるアンが可哀想で、わたしは助け舟をだした。
「わたしもアンと話したいし、いいじゃん。それに女王様の誘いを断るなんて、そっちのほうが失礼だと思うけど?」
「…そ、それは…」
「ほら、アリスもそう言ってるわ」
アンはしばらく迷っていたが、『失礼』という言葉が効いたのか、首を縦にふる。
女王様はパアッと表情を輝かせ、
「早速行きましょ!」
わたし達の手をひいた。
◇
赤薔薇に囲まれた、白い丸テーブル。ティーセットとベリーケーキがホールごとある。
白いお皿はピンクのリボンや花柄。ティーポットには赤のハート柄が。
グラスはそれとおそろいの模様だ。中には綺麗なオレンジの液体と氷が入ってる。
少女趣味だなぁ、女王様。お姉ちゃんと話が合いそう……。
「いい天気だから、絶好のお茶会日和ね」
そう言って、椅子にかける女王様。それに続いて、わたし達も腰掛けた。
アンはナイフを手にし、ケーキを切りわける。上に乗ったフルーツをまったく崩さないあたり、さすがメイドだ。手慣れている。
それをお皿に取り分け、わたしと女王様に差し出す。
「ありがと、アン。……ところで女王さま、この飲み物はなに?」
「ローズヒップティーよ。酸味がきいて美味しいの。ビタミンもたっぷりだから、美容にもいいのよ」
「なるほど…」
ってことは、浮かんでいる花びらはバラかな?
わたしはとりあえず一口、とグラスを傾けた。
――あれ?
そこで、気付く。氷の形に。
「女王さま」
「なにかしら?」
「この氷、もしかして……」
「まぁアリス。よく気付いたわね。そう、ハート形になってるの」
うふふ、と笑う女王様。
なんて凝り性な。そこまでこだわりますか。
「メアリ。ケーキ美味しいかしら?」
「は、はい。わたしのような者がこんな美味しいケーキを頂けるなんて、光栄です」
「本当に真面目ねメアリは。アリスは?」
「ん。すごくおいしいね。紅茶によくあってる」
そう答えると、女王様はよかった、と笑った。
それからわたし達3人は、いろいろな話をした。デザート、服、小物、など。女の子特有の話ばかり。
向こうでも、友達とよくこういう話したな。女の子だけで集まって。ホント、楽しかった。
「女王さま、袖が赤くなっております。どうかされましたか?」
話が一区切りついたとき、アンがそう言った。彼女の言う通り、女王様の赤い服の袖に、赤黒い染みがついている。
女王様は『ああ』、とそれを確認し
「首を切った際に付いてしまったんだわ。返り血には気を付けていますのに」
と言った。
――…え……?
「私のドレスをけなした愚か者がいてね。本当は白うさぎに処刑させようと思ったのだけど、こういう時に限って出掛けてるんだもの」
「白うさぎ様は今日、遠方までナイフを買いに行かれました。何でも特注品だとか」
「あら、じゃあもう少し処刑するの我慢すればよかったわね。ナイフの切味を確かめたいって、あの子なら言うだろうし」
タイミング悪かったですね、なんて返すアン。
ああ、そうだった。この国は、っていうかこの城は『殺』とか『死』という単語が簡単にでてくる。
最近聞いてなかったから、つい思考停止してしまった。
――慣れろと言うほうが無理だよね…。っていうか白うさぎくん、武器はナイフだったんだ。
心の中でため息をつく。
「……ねぇ、アン。女王さま。白うさぎくんって、いつからその、殺戮快楽者?」
そう尋ねると女王様は首をひねったが、アンは直ぐ様答えた。
「白うさぎ様は14年前、伯爵の家に生まれました。そして5歳のとき家の財政が苦しくなり、両親が心中。残された白うさぎ様は幼いながらに、その知力を発揮して権威を取り戻します」
「し、心中……」
「8歳時、屋敷に忍び込んだ泥棒を殺人。それ以降、その知力と腕を買われ、城に雇われました。その後、殺戮のとき笑みを浮かべていることから殺戮快楽者と呼ばれます。白うさぎ様も否定しません。趣味は読書、好きなものは赤い血。身長150センチメートル、体重36キログラム。時間に厳しく、時計を手放しません」
「………気持ち悪いくらい詳しいね、アン」
「お慕いしてますから!」
きゃーと頬を薄紅色にそめ、はにかむアン。
慕うどころか、最早それは崇拝に近いんじゃないだろうか。
「メアリは本当に白うさぎのこと大好きよね。急にテンション上がるもの」
「だって女王さま。あの可愛さは悩殺ものです!」
そう叫び、アンは懐から出した写真に頬ずりした。
「アン、その写真って……」
「伯爵コレクションです!」
――ああやっぱり!!
アンはたくさんの写真を出して、きゃーきゃー騒いでいる。
その写真のどれもが、白うさぎくんで。カメラ目線がないあたり、隠し撮りだろう。
わ、わたしも欲しい…。
「白うさぎ様、麗しいですぅ〜」
「メアリ、よだれ垂れているわよ」
「あぁつい! 失礼しました」
アンは慌ててこぼれたよだれを拭う。
そうか、そんなに好きだったのかアン。確かに白うさぎくん可愛いもんね。あの容姿は半端ない。わたしも一目惚れしたし。
「ところで、アリスは誰か好きな人いないの?」
「えっ」
標的がわたしにきた。それにアンは身を乗り出す。
どんだけこの娘、恋話好きなのさ。あの謙譲的な態度は何処にいった。
「いや、わたしは……やっぱ白うさぎくんかな?」
「まぁ、モテるわね白うさぎ」
羨ましいこと、と笑う女王様。
すいません、あなたも大好きです。なんでそんなに可愛いんですか。
「ええッ! アリス様も白うさぎ様のことを!? 同志じゃないですかわたし達!」
なんかキャラ変わってない? アンってスイッチ入ると本当ハイテンションなるな。
「でしたらアリス様、写真あげましょうか?」
「! くれる…の?」
「はい。白うさぎ様には内緒ですよ」
人指し指を口元にあて、ウインクするアン。
今ここに『白うさぎLOVE同盟』が結成された。
その夜、わたしとアンが白うさぎくんについて夜通し語り明かしたのは、───また別の話。




