第27話:意外なダークホース
街中には、様々な店が並ぶ。れんが造りの道を踏みしめて。広場に出れば噴水もある。
横を通りすぎる人たち。時々おかしな生き物もいるけれど、それにももう慣れた。
以前買ってもらった服を着て、わたしはあてもなく歩いている。
バッグの中には、白うさぎくんに貰ったお金。どのくらいあるか、いまいち分からないけど。
退屈そうに見えたらしい少年はわたしにそれを渡し、楽しんできて下さい、なんて言った。
新しい服でも買おうか。そういえば靴も欲しい。だけど、前に見つけたケーキ屋さんにも行きたい。
「っていうか、一人ってところが寂しいよね」
だけど白うさぎくんは執務に忙しいみたいだったし、女王様はそんな身分じゃないし。
わたしが誘える人物なんていない。同年代の女友達が欲しいよ。
ため息をはきだしたとき、不意になにかが肩に触れた。
「え……」
驚いて振り向くと、そのなにかは笑みを浮かべ柔らかい声でわたしの名前を呼んだ。
「ひとり? 暇なら僕とお茶しない?」
「……なにそのナンパ口調」
「お気に召さない?」
「そういう問題じゃないでしょ、……ダム」
そう言うと、彼──有名デザイナーの双子の片割れはまた笑う。王子さまフェイスだな。
――あれ?
何か足りない気がして、わたしはキョロキョロと周りを見渡した。
そうだ、アイツがいない。あの性悪少年もといディー。
今日はダムひとりなんだろうか。めずらしい。どうも二人揃っているイメージがある。
「ディーがいたほうが良かったかな」
まるで心を読んだかのように、ダムは呟く。
わたしはそれに首をふり
「まさか。ケンカするのはゴメンだよ」
と言った。
嫌われてないと分かったけど、からかわれる事には変わりない。
わたしがディーと仲良くなれる日なんて来るのだろうか。
「端から見たら、十分仲良しだけど」
「…あの、ダムさん? 人の心のなかを読むの止めてくれません?」
「アリス顔に出てるんだよ」
そんな馬鹿な。
どんな顔してれば、そんな正確に読みとれるんだ。
わたしがジッと凝視すると、ダムは咳払いをひとつして
「で、アリス。ティータイムに付き合ってくれる?」
と尋ねる。
話相手がほしかったわたしは、もちろんYESと答えた。
◇
誰か助けて下さい。
あ、すみません。意味分からないですよね、ハイ。
わたしは今、生まれて16年間、初めて高級レストランに来ています。
「僕の行き付けなんだ。スイーツがおすすめだよ」
こんなところが行き付けって、どんだけセレブなんだよ。
わたし場違いじゃない? お茶するなんて軽く言うから、もっと普通の喫茶店だと思ったのに。
わたしがそわそわとしてるのも気にせず、ダムはボーイに会釈してる。
席に案内された後も、わたしはやっぱり落ち着かなかった。
「どう? おいしい?」
運ばれてきたケーキを一口食べたわたしに、ダムは楽しそうに聞いてくる。
「おいしい……。すごい、なにこれ」
気の利いた感想が言えないのが、ひどくもどかしい。
お城のや帽子屋のところのケーキもおいしかったけど、なんていうかここのケーキ。かなりわたしの好みだ。
「ダム、ここにはディーとよく来るの?」
「うーん。ディーはこういう静かなところ苦手だから、あまり一緒には来ないなぁ」
「……確かに苦手そう」
っていうか、ディーは基本うるさいから、店側も迷惑だろうね。
「中身は全く似てないよねー」
「似てるなんて言われたらショックで寝込むよ。あんまり比べないでね」
くすりと、上品に笑うダム。
――…なんか今、サラリと毒を吐いたような。
できれば気のせいであってほしい。
「そういえばディーって、ダムには逆らわないよね。わたしにはかなり意地悪なのに」
「あれは不器用なんだよ。ちょっと男尊女卑なところもあるしね。悪い人じゃないんだけど……。好きな子はいじめちゃうし、かわいい兄だよホント」
「かわいいどころか憎たらしいよ───って、兄ィィィィ!?」
思わず叫んでしまったわたしに、たくさんの冷ややかな視線がわたしを突き刺す。
……しまった。なんという失態。
わたしはあわてて椅子に座り直した。
「……で、話戻すけど、ディーが兄だったの?」
反省して小声で尋ねる。
「まぁ双子だから、兄も弟もあまり関係ないけどね」
コーヒーを飲み、淡々と言うダム。
いやでも、やっぱり衝撃的。絶対ダムがお兄さんだと思ってたから。
「だからアリス。あまりディーのこと嫌いにならないでね」
「今のどこに『だから』の意味が使われたわけ?」
「馬鹿は馬鹿なりにシワのない脳を必死に使ってるんだからさ」
「わたしの質問は無視? ってか、絶対今ひどいこと言ったよな。だんだん本性見えてきたぞ、ダム」
「本性だなんて。僕は僕だよ」
「かっこいい言葉で誤魔化してもダメだから。あれか? 綺麗にラッピングされた箱、開けてみれば中身はドロドロってやつか?」
「アリス上手いこと言うね」
感心したように軽く拍手された。その笑顔のどこに黒い部分が隠されてるの?
「…ディーが好きなんだねぇ」
呟いた言葉に、彼はぴくりと反応する。
だってさ、なんだかんだでディーのことかばってるし。その分罵声も吐いてるけど。
「……大切だよ。好きとは違うけどね」
少し間をあけて、そう答えるダム。
「違うの?」
「あんな生意気で傍若無人、好きになれるわけないでしょ?」
恐い恐い恐い。
笑顔が真っ黒だって。
優しいダムcome back。
「双子って近すぎる存在だから。特に僕らは一卵性だし…。好き嫌いの問題じゃなくて、君は僕、僕は君って関係なんだ」
難しい。当たり前だけど、わたしに彼等の気持ちは分からない。
わたしもお姉ちゃんいるけど、双子っていったら半身だし。かなり違うよね。
「そろそろ出ようか」
不意にダムが立ち上がる。わたしも続くように席を立った。
なんだか今日はダムの色々な面が見えたな。……知らなかったほうが良かったかも。
「お会計のほうは」
――そうだお金。白うさぎくんに貰ったから多分払えるよね。
「請求書はまとめてトゥーイドルデザイナーのディー宛てによろしく」
えっ!?
いいのか? それでいいのか!?
「お城まで送っていくよ、アリス」
お店から出た後、ディーはにっこりと綺麗な笑みを浮かべ、わたしの手をとる。
なんて紳士的。優しい人なんだよね。でもさ、
「いや、ひとりで帰───」
「送ってくよ」
「………」
有無を言わせない口調と笑顔。
どうやら、わたしに選択権はないらしい。
一番の常識人だと思っていた人は、一番の腹黒でした。