表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/124

第25話:クロック・マスター




「……あれ?」


わたしは足を止め、呟いた。


「ここ、何処……?」


辺りを見渡せば、間違いなく森の中。高い木が生い茂っていて、葉っぱの隙間から陽光が射している。

ちょっと待ってよ。なんで町中を歩いてたのに、森に迷いこんじゃうわけ? そこまで方向音痴じゃないはずだ。

帰るにも、周りは全て同じ風景に見える。来た道を戻れば、また町に戻れるかな。


「こんな年になって迷子なんて冗談じゃない。いくら異世界だからって、もう結構月日経ってるし」


ぶつくさ独り言をこぼしながら、わたしはとりあえずUターンして道らしきものをたどった。

明るいためか、あまり不安にはならない。降り注がれる光もあたたかいし。メルヘンに言えば、妖精の歌でも聞こえてきそうな感じだ。

――でも、日が暮れる前に帰らなきゃ。

わたしは再び歩き始めた。




 ◇数十分後


「ま、まだ町は見えないわけ……?」


それどころか、どんどん深みに入って行ってるような気もする。

まだ昼間だというのに、辺りは薄暗く肌寒い。風にざわつく葉擦れの音も不気味だ。

――ちょっと、さっきまでの和やかな雰囲気はどこ行っちゃったのさ。

さすがに焦燥を感じた。本当に迷いこんでしまったらしい。


「嫌だぞ一生彷徨うなんて。こんなところで野垂れ死んだら、死んでも死にきれない!」


必然的に増える独り言は、不安なせいだろうか。

かれこれ1時間は歩いてる。わたしは疲れ、ガクリと膝をついた。背中にうっすら汗もかいている。


「ああ、死ぬ前に一度、白うさぎくんを抱きしめたかった……」


ネガティブになる思考。ジャックじゃあるまいし。

期待するのも億劫で、わたしは仰向けに寝っ転がった。空は見えず、木々がわたしを囲んでいる。

わたしはこんな所で誰にも看とられずに死ぬのか。せめて自分の世界に帰りたかった。

お母さん、お父さん、お姉ちゃん。先立つ不幸をお許し下さい。

アリスは異世界の暗い森のなか、迷って野宿して凍えてなんやかんやで死にます。


「そんな曖昧な死に方あるか」


誰かの声がした。


「いやいや、森を舐めちゃいけないよ? 夜になるときっと急激に気温下がるから。わたしはそこでエプロンドレスだけ。毛布もなければ寝袋もない。もちろん食糧だって」

「助けが来るというのは?」

「期待したぶん、落胆は大きいの。希望なんて……」


そこでわたしは口を閉ざした。

誰としゃべってるの?ということに気付いたから。

身体を起こし振り向けば、そこにはローブを着た人が立っていた。首に金時計をかけている。

中性的な顔立ち。声からしてたぶん男の人だろうけど……。フードを被っているから、よく分からない。

わたしがジッと凝視してると、その人はゆっくりとした足取りで近付いてきた。


「まだこの世界にいたのか…」


ため息混じりに言われる。

まだって…。

それにこの世界って……。

何かが腑に落ちない。ずれている気がする。

合わないピースを無理矢理はめこんでいるような。ちぐはぐにボタンを留めているような。

それに、この声。どこかで聞いたことがある……?

もやのかかった記憶。

はっきりさせる術は?


「……私を忘れたか。無理もない。だいぶ前だったからな」


そう言って、彼はフードを外した。

――あ…。

頭の奥の、霧が晴れてゆく。


「あんた…!」


わたしは勢いよく立ち上がり、口をあんぐりとさせた。

いつしか出会った、不思議な人。そう、この世界に来たばっかのとき。時計を変形させ、わたしをよそ者と言った。

確か名前は


「タ…イム……?」

「そうだ。思い出したか、アリス」

「……貴方も、よくわたしの名前…」

「一度聞いたら忘れない」


淡々と言い、その人は背を向けてしまう。


「え、ちょ…待ってよ!」


伸ばした手は、あっさりと振り払われた。


「じ、地面につけた手で触るなっ。汚れるだろ!?」

「な、なにさ。このくらい」

「これくらいじゃない! …私は汚いものがこの世で一番嫌いなんだ。人との触れ合いも嫌いだしな」

「だれが汚いものだって!?」

「別にお前に限ったことではない。他人が触ったものに触れるのも、抵抗がある」


綺麗好き通り越して、それ潔癖症だ。

わたしは服の泥を払い、汚れた手を、持っていたハンカチで拭った。

タイムはまだ納得していない顔してたけど、これで限界だってば。洗いたいけど、シャワーなんてないし泉だって見当たらない。


「…まぁ、いいか」


タイムは諦めたように呟く。

あんた何様よ。


「まったく、何故よりによってこんな森に迷いこんでいるのだ」


歩きながら、タイムはこぼした。わたしはその後ろをついていく。

独り言のようにも思えたけど、きっとわたしに問いかけているのだろう。


「よりによってって…。なんかあるの? この森」


何故と言われても、たいした理由はなかったから、わたしは質問に質問を返した。


「ラビリンス・フォレスト。迷宮森林と呼ばれる、誰も知らない森だ。ここでは右も左も、前も後ろも、時間すらない。次元が存在しないからだ」

「時間も存在しない……?」

「だから昼も夜もない。一度入ったら最後、光を見ることはないだろう」


背筋がゾッとした。

自分がいる場所は、なんて危険なんだ。


「そ、そんな危ない森、立ち入り禁止にしてよ!」

「立ち入り禁止もなにも、本来ここを見つけれる者はいない」

「じゃあ、なんで…!」


なんでわたしは入っちゃったわけ!?


「……異界人特有の何かが、ひきつけられたのだろう」


タイムは少しの間を置いてそうこぼす。

特有の何かって…わたしは平凡が取り柄の凡人だよ? 何があるって言うのさ。それに


「なんでわたしを異界人だって知ってるの?」


彼の足が止まる。

比例するかのように、わたしの足も自然と止まった。


「誰も知らない森。どうしてタイムはここに居るの?」


タイムはゆっくりと振り返る。琥珀色の瞳が、細められた。


「……貴方は、何者?」


その瞬間、フッと空気が冷たくなった気がする。葉音もしない。風だけが不気味に囁いていた。


「……名はタイム。人は私を好きに呼ぶ。

時の使者。時計を司る者。時空の支配人。全知全能の神」


並べられたワードに、脳の理解が遅れる。


「全て正解でなく、不正解でもない」


……意味解らん。

そんな気持ちが顔に出てしまったのか、タイムは続けた。


「世の中には中立が存在する。単純なことだ」

「いや、ものすごい複雑だと思うけど。はっきりしないし」

「区別をつける必要はない。判断するのは人だ。ただの木の集まりを『森』と呼ぶから、そこは森になる。もし星を皆が『月』と呼ぶなら、それは紛れもない月になるのだ」


サラサラと彼の口から流れでる言葉に、余計混乱した。

ボキャブラリーは豊かなほうだけど、こうも比喩的表現を使われると、頭がこんがらがる。

――言ってる意味は、なんとなく分かるけどね。


「……アンタ詩人向いてるよ」

「生憎、兼職は許されない身だ」


もったいない、なんて漏らしてみる。

だけどそれで結局、この人はなんなの?

番人だか神だか言ってたけど……。ミステリアスだな。

この国で一番ファンタジーだし謎が多い。


「お前がここにいると私はすごく困る」


唐突に、そんなことを言われた。


「正直言うと、今すぐ鏡池にぶちこんで強制送還させたいところだ」

「正直に言いすぎだろ」

「仕事は増えるし面倒事が多くなるし、疲労が絶えない」

「それわたしのせい?」

「ああ。アリスがこの国に来たことで、両世界の均衡が崩れた。私は時空の歪みを直さなければならない。それも義務の一つだからだ」

「…はぁ…?」

「向こうが混乱しないように、お前が来てから彼方の世界は時を止めている」


――え?

向こうの世界という単語に、わたしは反応した。そして、時を止めているという、不可解な言葉。


「……ここまで来れば、大丈夫だろう」


彼の呟きにハッとする。いつのまにか、見覚えのある明るい原っぱに戻っていた。

丘の向こうにお城も見える。


「もう迷うな。これ以上私の仕事を増やさないでくれ」


そう言い、タイムはフードを深く被った。

その瞬間、突風がぶつかってきて。わたしは強く目を瞑った。


「私は時を動かすことが許された、彼方と此方を結ぶ唯一の者。いつか、また会うだろう」


耳に届いた声。


「待って! わたしまだ聞きたいことが……」


――聞きたいことがたくさん……!

瞼を開けたとき、すでに彼の姿はなかった。


「…なんで…」



どうして、わたしの世界の時を止めているの?

帰れと言うなら、どうして鏡池に案内してくれないの?

誰も知らない森に、どうして貴方はいたの?

いつかって、一体いつなの?


その問いに答えはなく、ただそよ風が草花を揺らすだけであった。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ