第21話:バニーガール
お茶会に行ったら、そこには異様な光景が繰り広げられていた。
「三月ッ! お前ほんまに止めい!!」
「帽子屋の肌すべすべ〜」
「こ、この万年発情期が!」
……なんだコレは。
わたしは自分の頬がひきつるのが分かった。
三月が帽子屋の膝の上にのり、衣服を乱している。いつもはきっちりと着こなしているタキシードがぐちゃぐちゃだ。
彼はものすごい形相で抵抗してるけど、三月はそれをものともせず、アーモンド型の瞳を爛々と輝かせていた。
――あの小さな身体のどこに、あんな力があるんだ……?
視線をそらすと、ヤマネくんが大きな欠伸をこぼしている。
殺伐とした雰囲気とほのぼのした雰囲気が、ひとつの場所に収まっていて。
何ともおかしなムードだ。
「……ヤマネくん」
「なに? アリス」
「あの二人は何してるの?」
彼らを指差しながら尋ねれば、ヤマネくんは眠そうに目をこすりながら一言。
「三月が帽子屋を襲ってる」
「……簡潔な回答ありがとう」
って、いやいや。
あっさり受け止めちゃったよ。
帽子屋は尋常じゃない量の汗をかき、騒いでいる。
三月は息荒くなってるし、真面目に危ないかも。
「た、助けなくていいの?」
「…止めると、僕まで食べられちゃう。それに、いつものことだから大丈夫…だよ」
「大丈夫なわけあるかい!」
ただ今、貞操の危機の帽子屋が口をはさむ。
「アリス、来たなら助けろや!」
「え、近付くの怖いんだけど」
「前助けてやったろ!?」
そ、それを言われると(第11話参考)助けざるを得ないっていうか。
わたしは仕方なく、発情中の三月うさぎを止めにはいった。
◇
やっと落ち着いた頃には、わたしも帽子屋もぐったりとしていた。
「くそ…油断してた」
帽子屋が苦々しくこぼす。
どうやら、彼は暑さについボタンを2つ程はずしたらしい。それで素肌が見え、三月に襲われた、と。
ああ、帽子屋とヤマネくんの服装の意味が分かったぞ。
きっちり着込んだタキシード。大きめのセーター。肌の見える面積が少ないのは、そのためだったのね。
暑い日は大変そう……。
「こんなの僕の愛情表現なのに、酷いなぁ」
カップに入ったミルクを無意味にかきまぜながら、頬を膨らませる三月。
必死になって止めたから、痣やら傷やらが至る所にある。髪の毛もぐちゃぐちゃだ。
「あれのどこが愛情表現や!」
色々とボロボロな帽子屋が反論する。
「だってー、生肌見ると身体が勝手に反応しちゃうしー」
「だからそれがおかしいっちゅーねん。いい加減その癖直せ」
「直らないから癖って言うんだよ? それに僕、帽子屋のこと大好きだから余計になの」
「だからって人前で襲われる立場も考えろや! ヤマネの教育に悪いやろ!」
「公開プレイ?」
「子供が卑猥な単語だすな!」
同感。笑顔で言うセリフじゃないぞ。
帽子屋に同情しながら、わたしは
「三月…そんな言葉どこで覚えてくるの?」
と尋ねた。
その問いに、少年はあっけらかんと答える。
「チェシャ猫」
――アイツか!!
可愛い12歳になんて事を教えてるんだ。
っていうか、チェシャ猫と三月が交流あったことに驚きだよ。だってほら、アイツって露出度高い格好じゃん。
「僕の夢はねー、帽子屋と結婚してー帽子屋の子供生むこと! 何匹くらいがいいかな♪」
「三月、うさぎは『匹』じゃなくて『羽』だよ」
「そうなの? ヤマネ頭いい!」
そういう問題!?
ツッコミ所が違うって!
三月は電波だけど、ヤマネくんもボケボケだなぁ。
常識的な帽子屋がツッコミになるのも、分かる気がする。
うん、だって消去法。
「俺はロリコンちゃう……」
げっそりとした様子で、帽子屋が呟いた。
「っていうか、生物学的に無理じゃない…?」
「え、なんで?」
わたしの言葉に、三月はきょとんと不思議そうに首を傾げる。
「だって男の子じゃ子供は生めな───」
「ぼく女の子だよ?」
「…………………え?」
しばらくの間
「ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「なんや、知らんかったのか?」
「…アリス、鈍い…」
「ひどーい。もしかして今まで僕のこと男だと思ってたの?」
だ、だってだって聞いてない。そもそも三月って自分のこと『僕』って言うじゃん! 髪だって短いし、服もメンズっぽいし!
確かに声高いな、とは思ってたけど、それは変声期前だからと……!
ああ、でも思えば、白うさぎくんは三月ちゃんって呼んでたな。あまり深く考えてなかった。
「……って、ちょっと待てよ」
「なぁに?」
「三月女の子なんだよね?」
「うん♪」
「お、女の子が成人男性(帽子屋)を襲ったりするんじゃありません!」
何を今更ーと笑う三月。
仕方ないじゃん、今知ったんだから!
「しかも同性のわたしにも発情するってどうなの!?(第11話参照)」
「年齢制限はあるけどー、性別はあまり関係してないのぉ」
あぶなっ!
超危険人物じゃん!
「まぁ中でも帽子屋が一番だけどね♪」
えへへ、と頬を染めながらはにかむ。やばい、可愛い。
それに帽子屋は歪んだ笑みを浮かべて
「よく言うわ、この絶倫。その証拠に……」
バッ
「ふ?」
ヤマネくんの服をまくった。
「生肌美肌白肌ー!!!」
「誰にだって欲情するやないか」
飛び付く三月。椅子は引っくり返り、テーブルの上の食べ物は散乱した。
瞼が重そうなヤマネくんは、眠いのか面倒なのか、抵抗ひとつしない。く、喰われるよヤマネくん……。
「帽子屋、アンタ何気酷いね……」
「さっき助けんかった仕返しや」
優雅にお茶を嗜める雰囲気じゃないのに、彼は平然とカップに口つけた。
お茶会は今日も賑やかです。