第20話:奪われたハート
不機嫌な表情で仁王立ちしてるディー。っていうか、この人の笑った顔なんか見たことないかも。
ダムはいつも笑ってるけどね。むしろ、それ以外見たことない。穏やかだよね、ディーと違って。
「お久しぶりです、ディーさん」
「……伯爵」
白うさぎくんの存在に気付き、少し怯む。顔見知りみたいだけど、親しいのかな?
「ディー、どうしたの? 僕に用?」
ダムの問いに、ディーは荒々しく叫ぶ。
「用?って、仕事に戻れよバカ! なにお前だけ目立ってんだ」
「それで怒ってるの? 確かにディー出番少ないよね」
「うっせぇ!」
ディーって絶対高血圧だよ。そんなに叫んで、疲れないの?
そんな事を思っていたら、ダムがディーに首ねっこ掴まれ、店の奥に引きづられていった。
「ディー、痛いってば」
「はいはい」
「いや、はいはいじゃなくて……。っていうか、僕アリスに服を選んであげなきゃ」
「そんなん、誰かにやらせとけ」
……なんなんだ、あの双子。仲良いんだか悪いんだか。
怪訝な目で見てたら、不意に肩を叩かれる。首をめぐらせると、白うさぎくんがにっこりとした顔で立っていた。
両手に服を持って。
「白うさぎくん?」
「服、買うんですよね? 選びましょう」
ものすごく楽しそう。なんかこっちまでワクワクしてきちゃった。
白うさぎくんは、右手にグレーのツイードスカート。左手に白のシフォンスカートを持っている。
どちらもスイート系。可愛いけど、可愛すぎる。わたしには似合わないような……。
その後はひたすら大変だった。試着室に閉じ込められ、少年がいくつもの服を持ってくる。
わたしが着替えたのを見るたびに、褒め殺してくるもんだから堪らない。
しかもその何れもがレースやらリボンやらパステルカラーやら。白うさぎくんは女の子らしい格好が好きなのかな。わたしはカジュアル派なんだけど。
この国のお金の単位は分からないけど、買うとき店員さんびっくりしてたから、たぶん相当な値段だったと思う。何着も買ってもらっちゃったから。
でもさすが伯爵。お金持ちなんだなぁ。平然としてたよ。
トゥーイドルを出た後も、他のお店で靴やらアクセサリーやら買ってもらった。ちょっと、申し訳ないなぁ。
白うさぎくんは構わないって言ってたけど、お礼しなきゃ。
っていうか、今日のデートはほとんどショッピングになった。楽しかったからいいけど。
◇
お城に帰ってきた後、わたし達は白うさぎくんの部屋でお茶することになった。
「今日はありがとね。いろいろ買ってもらっちゃって」
「いえ、このくらい当然です。僕自身、とても楽しかったですし」
謙虚だなぁ。優しいし礼儀正しいし、あの変な嗜好さえなければ本当にいい子なんだけど。
わたしは正面に座る白うさぎくんの顔をジッと見つめた。少年は不思議そうな表情をして、首を傾げる。
「……ホント、綺麗な顔してるよね」
「え?」
「あっ」
思ってたことがつい言葉に出て、慌ててわたしは口を覆った。
「そんな、お姉さんのほうがお綺麗です」
「ええっ!?」
なに言ってるのこの子!
彼の発言に、わたしは椅子からずっこけそうになった。
なんとか体勢を整え、出来るだけ品良く座り直す。
「白うさぎくんって、フェミニストだよね…」
「僕、本当のことしか言いませんよ」
「またまた。白うさぎくんは私の世界にもいないくらい美形なの。そんな君より、わたしのほうが綺麗だなんて」
天と地が引っくり返ってもあり得ない、って言おうとした。
だけど、白うさぎくんはわたしが言ったある単語に反応したらしく、口をはさむ。
「お姉さんの世界……ですか」
と。
わたしは今きっと、おおいにまぬけ面してるだろう。
でもだって、少年の顔が憂いを帯びているんだ。そんな表情もかわ──って違う違う。
わたしがどうしたの?と尋ねると、白うさぎくんは言いにくそうに答えた。
「お姉さんはやっぱり、もとの世界に早く帰りたいですよね……」
「……え?」
「分かってます。僕のせいで貴女は此方へ来てしまった。望んでなど、なかったのに」
いつもより、大人びた雰囲気が彼を包んでいた。だけど、なにか悲しみのようなものがヒシヒシと伝わってくる。
貴女、なんて言われ慣れてないから、ギクリとした。
ななめ下に視線を落とすその仕草が、わたしより年下とは思えないほど色気がある。
なんと言おうか迷っていたら、先に白うさぎくんが口を開いた。
「ごめんなさい。変なこと言ってしまって。……今のは、聞かなかったことにして下さい」
正直とても気になったけど、触れてほしくなさそうだったから、わたしは出かけた言葉を飲み込む。
その後も、何事もなかったようにわたし達は談笑した。時間がくるまで。
わたしはデートが楽しかったせいか、このときの白うさぎくんの言動について深く考えようとはしなかった。
◇白うさぎside
夜も更ける頃。部屋の明かりを消し、ベットヘッドに置いてあった燭台に手を伸ばした。ろうそくに火を灯すと、柔らかな淡い光りが広がる。
僕はその揺らめく灯を見ながら、今日のことを思い出し後悔した。
どうしてあんな事を、口走ってしまったのだろう。言うつもりはなかったし、言ってはいけなかった。
「お姉さんが気にしていないといいのですが……」
ため息がこぼれる。
せっかく楽しかったデートなのに、思い出すのはあの言葉ばかりだ。
ただでさえ最近、鏡池について積極的に調べてない。前は仕事の合間に資料を探し求めていたのに。
彼女は馴染んでこそいるけれど、この世界の者じゃない。だけど、問題なのはそこじゃないんだ。
きっと向こうにはお姉さんの大切な人がいて、大事な故郷であって。
あまり口にしないけど、早く帰りたいと思ってるだろう。
帰したくないなんて僕の我儘。
余計な気持ちは断ち切るべきなんだ。