第19話:デート日和
わたしはダムに貰ったワンピースを着て、全身鏡の前でくるりとターンした。
「やっぱり可愛いこの服。ダム達センスいいな」
実はこの服着るの初めてだったりする。何故なら、鎖骨が丸見えだから。これ着てお茶会に行ったら100%の確率で三月に襲われる。
そんなことを考えながら、わたしはもう一度鏡をチェックした。
髪型オッケー。
メイクオッケー。
香水オッケー。
よし、わたしにしてはバッチリだね。
「お姉さん、入っていいですか?」
ノックの音に遅れて、白うさぎくんの声が扉の向こうから聞こえた。
わたしは舞うような気持ちをなんとか抑え、いいよと許可の言葉を言う。
「わぁ」
入ってきた白うさぎくんが最初に発したのは感嘆の言葉だった。わたしはちょっと照れくさくなり、視線をあちこちに泳がせる。
「たまには、エプロンドレス以外もいいかなーと思って…」
そうこぼすと、白うさぎくんはにっこりと微笑み
「とてもお似合いです。可愛いですね、お姉さん」
と言った。
か、可愛いって言った!? 今、白うさぎくんがわたしに可愛いって……! 嬉しすぎて泣きそう。
――でも、服に負けてる気がしない事もない。
あんまり、こういうフェミニンな洋服着ないんだもん。
「じゃあ、行きましょうか」
軽く悩んでいると、白うさぎくんがわたしに手を差しのべる。ホント、幼いのに紳士だなぁ。
わたしは少年の手に、そっと自分のを重ねた。
そう、今日は念願のデートなんです。
◇
「お姉さん、どこか行きたい場所ありますか?」
街中手を繋いだまま、白うさぎくんが上目使いで尋ねる。秘密の国人生初デートがこんな好みのタイプなんて、幸せだ。
っていうか……行きたい場所?
――ヤバイ。浮かれすぎてて、何も考えてなかった。
「お姉さん?」
黙るわたしを不思議そうな面持ちで覘きこんでくる少年。
「え、えっと…」
頬をかきながら、わたしは周りを見渡した。デートと言ったら、映画、遊園地、公園だけど。そんなの近くにないよ。なにか、なにかお店……!
――あ。
お店、という単語で思い出した。そうだ、トゥーイドル。
確かダムに前もらった名刺に地図が書いてあったはず。
「あ、決まりました?」
表情に出てしまったのか、白うさぎが反応した。
決まった? 決まったのかこれ? だって、せっかくのデートなのに、わざわざ他の友達に会う必要も……。
だけど、ちょっと興味あるんだよね。可愛い服いっぱいありそうだし。
「あの、トゥーイドルってお店。ダムが来てって言ってたから、行きたいかも」
「ああ、いいですね。そういえば、お姉さん服ありませんよね。すいません、気づかなくて」
「あ、いや、わたしも何も言ってなかったし」
「いえ、やはり女の子はお洒落するべきです。行きましょう、ダムさん達のブティックなら僕も場所知ってますから」
そう笑って白うさぎくんは、わたしの手を優しく、だけどしっかりと握ってひいた。
ああ、幸せ……!
上品で高級感が漂うと共に愛らしさもある外装。ショーウィンドウに飾ってある服はどれも綺麗なものばかりだった。
「ここか……」
つい甘いため息が漏れる。そのくらい、素敵なのだ。
「入りましょうか」
白うさぎくんの言葉にわたしは頷く。自動ドアが開き、わたしは生唾を飲んだ。
ドキドキする気持ちを感じながら、ゆっくりと足を踏み入れる。そして、聞こえた第一声はよく知ってる者の声だった。
「いらっしゃ───アリス?」
その人物は一瞬だけ目を見開いたが、直ぐに表情を柔らかくし、優しい笑みを浮かべた。
――えっと…。あの性悪少年がこんな風に笑うわけないから………。
「いらっしゃい。来てくれたんだ。もしかしてデート?」
「はい。お姉さんとの約束でしたし」
わたしが答えるより早く、白うさぎくんが口を開く。
ガラス細工のように繊細な紫の瞳。優しい笑顔。穏やかな物腰。間違いない、ダムだ。
「…今日は、メガネかけてないんだね」
無意識に口から滑りおちた言葉。それにダムは、あぁ、と頷きこう説明した。
「あのメガネは伊達なんだ。視力いいよ、僕」
「じゃあ、なんでかけてるのさ?」
「それは、ディーと見分けがつくように。店員もわからないと色々困るでしょ?」
そう言い、中指でメガネをあげる仕草をする。
なるほど。確かにそっくりだもんね。でも、なんで今日はかけてないのかな。
「たまたま忘れちゃったんだ」
「………あのさ、この世界の人は心を読む魔法でも使えるわけ?」
「魔法だなんて、ロマンチストだねアリス」
にこっと何食わぬ顔で笑うダム。
――この人、意外とあなどれないかも。
優しいし、常識人であることは確かなんだけど……。なんて言うか、含みがあるって感じ。
「それにしても、アリス」
唐突に、ジッと見られた。細められた瞳に、心臓が震える。
「可愛いね。普段の格好もいいけど、なんか新鮮だよ」
「あ、ありがとう」
職業柄かもしれないけど、褒めるのが上手い。可愛いと言われて、嬉しくないはずないから。
しかも、前はメガネかけてたから知的に見えたけど、今はちょっと色気がある。メガネはずすだけで、こんなに印象変わるんだ。
「どうしたの? アリス」
淡く笑む彼。なんだか和むとともに、少しだけドキッとした。
「オイお前等」
背後からの気配。不機嫌な声。わたしはゆっくりと振り返る。
「店内でいちゃつくんじゃねぇよ」
眉間にシワをよせ、双子の片割れがやってきた。