第17話:レペティション
ランチの時間になったから、町からお城へ帰る途中のわたし。
しかし城門で騒ぎを聞き付け、駆け足になり帰路を急いだ。
「お前……どんな神経してるんだ」
近くまで来ると、騒ぎの中心人物が見えてきた。聞き覚えのあるこの声。
――もしかして……。いや、もしかしなくても。
「いや、あのですね」
「い、言い訳なんていらない。こんな、こんな所に薔薇を埋めるなんて…!」
――ジャックだ…。
以前出会った軟弱騎士。あれ以来一度も会っていないから、かなり久しぶりである。
それにしても、なんの話だ?
見たところ、ジャックが門番を叱っているようだけど。
あ、あの門番さんちょっと仲良くなった人だし。優しいし話上手なんだよね。
「助けてあげようかな」
門番さんすごい困ってる感じだから。っていうか、なんで二人ともわたしの存在に気付かないんだ?
――あーでも、詳しいことも知らずに口出ししたら迷惑かな。
そんな事を考えていたら、唐突にジャックが叫んだ。
「夜バラが城に忍びこんだらどうするんだ!」
───と。
正にハァ?である。意味不明にもほどがあるんじゃない?
「ジャック様、それは有り得ないと思われますが……」
「世の中なにが起こるか分からないだろう!? 薔薇が一晩たたずに急成長、または突然変異するかもしれない」
「ジャック様、童話の読みすぎです」
「万が一、モンスターになったら太刀打ちできない! トゲには猛毒があるんだ!」
「億が一でも起こりません」
「それでも貴様はここに薔薇を植えると言うのか!?」
いや、人の話を聞けよ!
ガッシャーン!!
わたしが心の中でつっこむのと、門番さんが騎士に蹴りをいれたのはほぼ同時だった。
「いい加減、被害妄想は卒業して下さい。それでも一国の騎士ですか! 腕はたつと言うのに……。そしてここに薔薇を植えたのは前の庭師です」
うわ、怒られてる。部下に怒られてるよ。情けなさすぎる。
だけどわたしは、身に覚えのない事で叱られた門番さんに同情するね。
「うう……」
「文句ならその方に仰って下さい。と言っても、先日白うさぎ伯爵が殺してしまいましたけど」
ああ、確かにそんな事を白うさぎくん言ってたな。それにしても大丈夫か? この国。普通に殺すとか物騒な言葉が出てきちゃうのかよ。
「あ、アリス様」
わわっ、門番さんに気付かれた。いや、別にやましい事ないから気付かれてもいいんだけど。
「た、ただいまぁ〜」
わたしは笑って手を小さく振りながら、彼等に近寄る。あんな場面見た後だから、頬がひきつるわ。
「アリス……?」
蹴られた衝撃で付いただろう汚れを払い、騎士はわたしのほうを見た。
「久しぶりだね、ジャック」
彼の紺の瞳が大きく開かれる。
「アリス、なんで……!?」
「いや、色々あって」
「色々とはなんだ? 10字以内で言ってみろ」
「ムリ」
「じゃあ15字」
「城に滞在することになった」
「なに!?」
15字ぴったりで言ってみせたら、ものすごい勢いでジャックはわたしの肩を掴んだ。
って、痛い痛い痛い。食い込んでる! 絶対コイツわたしのこと女の子って思ってないよ!
「そんなの聞いてないぞ!」
当たり前だろ、言ってないんだから。
「それにてっきり知ってるかと思ったし」
だってほら、いきなりどこの馬の骨とも分からない奴が居候ってなったら、噂も城内で広まりそうじゃん。
「なんでお前が城に滞在できるんだ!」
「他に行くところないし、白うさぎくんがいいって言ったし」
「伯爵が?」
白うさぎくんの名前に反応したのか、彼は腕の力を少しだけ緩めた。
門番さんが隣で心配そうにわたしを見つめている。どうせなら助けて。蹴りまでいれたんだからさ、できるでしょ。
そんなわたしの思いが通じたのか、門番さんはジャックを柔らかく制し
「ジャック様。ここで口論するのはどうかと」
と言う。ナイス。
「む…それもそうだな。アリス、詳しいことは城の中で話してくれ」
ジャックはあっさり承諾し、わたしの手をひく。って、結局説明しなきゃじゃん。面倒だ。
「ちょ、わたしこれからランチなの!」
「大丈夫だ」
「なにがだよ!」
ズルズルとひきづられるわたし。そんなわたしを見て、門番さんは笑顔で手を振る。
ああ、その優しい笑みが憎いです。
その後わたしは、昼食をジャックと一緒にとりながら、全ての事情を話した。もちろん、違う世界から来たことも。
「なに!? ってことはお前、この国を侵略しにグハァ!」
言い終わる前に蹴りをいれた。うん、だってコイツなら言うと思ったから。
なんでこんな奴が騎士なんだろう。女王様に聞きたい。
「ひ、秘密の国は渡さないぞ……!」
「………」
ため息がこぼれた。