第16話:矛盾だらけ
「ねぇヤマネくん」
「なぁに? アリス」
わたしはテーブルに突っ伏すヤマネくんに声をかけた。ヤマネくんはトロンとした声色と共に、顔をあげる。
「白うさぎくんが昨日言ってたことなんだけど」
「…うん」
眠そうだなヤマネくん。話しかけちゃ可哀想かな? いやでも、大切なことだし、やっぱり聞こう。
「この国では、命を奪うことは罪じゃないの?」
「………」
ヤマネくんはうつ向いて、何も言わない。その沈黙は、肯定?
「ヤマネくん…」
「すー」
「……すー?」
わたしはヤマネくんの顔をのぞきこんだ。
――寝てるし…!!
人がせっかく真剣に聞いてるっていうのに! だけど怒れないのは、めちゃくちゃ可愛いから!
うぅ…。これが何処かの変態猫とか性悪少年なら叩き起こすのに。
わたしは、相手を変えることにした。
「ねぇ三月」
「ん〜?」
帽子屋にお茶をねだっている三月は、目線だけをこちらに向ける。
「あの──」
「あ、これおいしい」
「昨日の──」
「ねぇねぇ帽子屋、聞いてる?」
「白うさ───」
「え? 近付くな?」
「命をうば───」
「照れ屋だなぁ♪」
「人の話を聞けっ!」
ガンッ
鈍い音が響く。
「なんでぶつのぉ?」
三月は頭を押さえ、涙目になりながら見上げてくる。うぅ…可愛いすぎるって。でも、わたしの話をことごとく無視したのはムカつく。
三月に話そうとしたわたしがバカだった。ここはやっぱり、わりと常識人の
「ねぇ帽子屋──……!?」
わたしは言葉を飲み込んだ。あまりの壮絶な光景に。
「な、ななななにそれ…!」
声を震わせ、帽子屋の手にあるものを指差す。白い物体Xを。
「なにって……クレープやん」
前言撤回。この人も全然常識ないよ。
「クレープ!? それがクレープなの!?」
そんな生クリームまみれが!? っていうか、クレープの生地より、生クリームの面積のほうが多くない?
しかもその上に更にチョコソースかけてるし……。せめて苺とか酸味のあるものトッピングしようよ。
「うわ、かなり甘そう…。見てるだけで吐気してくる」
「吐気とか言うなや! 俺は甘党なんや。このくらいせぇへんと美味しゅうない」
そう言って口に運ぶ。うわぁ、ホントに食べたよ。有り得ない。甘党の域越えてるって。
「もしかして、紅茶にもミルクたっぷりシュガーどっさり?」
彼のカップを覗きこみ尋ねる。すると帽子屋は荒々しく答えた。
「アホちゃうか!? 紅茶はストレートが一番やろ!」
「え。レモンとか蜂蜜とか…」
「そんなちゃらついたもんは嫌いや」
「甘党のところでかなりちゃらついてると思うけど」
「甘いもんは大好きや。でも紅茶はストレート以外飲まへん」
――なにその矛盾!
なんだか、白うさぎくんのこと聞く気が失せた。
そんなわたしの気持ちなんか知らずに、帽子屋は美味しそうにクレープ(と呼んでいいのか)を食べている。
寝てばかりの男の子。万年発情期の少年。異常な甘党。こんなお茶会メンバー。それに加えて、変態猫。被害妄想騎士。白うさぎくんでさえ、殺戮快楽者という危ない嗜好持ちであった。
「この世界に常識人はいないの……?」
誰も答えてはくれない。
本気でもとの世界に帰りたくなってきた。