第122話:青息吐息
隊長、ホシはただ今喫茶店に入りました。
え、わたし達も? いや、でも少しくらい変装しないとバレるんじゃな……スミマセン。
「だいたい、変装したってどうせバレるよ。だったら早く僕たちも入ろう」
「あいあいさー」
わたしはダムの言葉に頷き、彼等が入った喫茶店の扉を開けた。
……え? 引き続き尾行中ですけど何か?
いや、まあ多少予定は変わったけど、目的はあの2人を見守ることだし。問題ない。
そんなわたし達の追ってる2人は、ウェイトレスになにか頼んでいる。
わたしとダムは目を合わせ頷き、彼等の座っている席の隣に座った。
わたし達と彼等のテーブルの間にはちょうど仕切りがあるため、声は聞こえるが姿は見えない。まさに恰好の隠れ場所だ。
「……あ、ダム」
わたしはある事に気付き、小声で彼の名を呼んだ。ダムはなに?と首を傾げる。
「わたし今日お金持ってない」
思いきり手ぶらで来ました。
そう言うと、ダムはなんだそんなこと、とあの柔らかい笑みを浮かべ
「女の子に払わせるわけないでしょ。好きなの頼んでいいよ」
「ダダダダム様ぁ……!」
「アリスうるさい」
「スミマセン」
調子にのるものじゃないね、うん。
私はこれ以上ダムの邪魔をしないよう、それきり口を噤んだ。
そして視線を現在尾行中の2人に向ける。といっても、仕切りがあるから姿は見えないんだけど。
トイレ行くふりして2人の横通ろうかな。
「そしたらバレちゃうでしょ」
「あ、そうか」
ダムの言葉に頷く。
……あれ、今わたし口に出してた? いや出してない。
「……白うさぎくんといい変態猫といい、この国の人達はなんなの? みんな相手の心を読む技術でも身につけてるわけ?」
「アリスが顔に出やすいんだよ」
「わたしそんな具体的な顔してましたか」
「してましたね」
にっこり、そんな言葉がぴったりの笑顔をうかべるダム。麗しいはずのそれが恐ろしい。
わたしはそれ以上深く考えないようにして、デザートを頼むためウェイトレスを呼んだ。
シンプルな制服を着こなした彼女に、紅茶とチーズケーキをオーダーする。それに続きダムはコーヒーとガトーショコラを頼む。
かしこまりました、とお辞儀してウェイトレスは戻っていった。
「ねえねえダム」
ガトーショコラきたら一口ちょうだい、なんて言おうとしたけど、目の前の彼は人差し指を口にあてがいウインクした。
静かに、ということだろう。わたしはまたうるさい、と言われる前に口を閉ざした。
――それにしても、キザな仕草も嫌味にならないのが不思議だよね。
雰囲気のせいだろうか。ウインクが無駄に似合う。
そんなことを思っていると、不意に隣から声が届いた。
「ディー君は今日お仕事いいんですか?」
「お、おう。新作デザインも三日前に完成させたし……、ちょうど退屈だったんだよ」
聞き耳をたてながらダムを見れば、彼はくすっと笑う。
「本当はね、必死にその新作終わらせてたんだよ。きっと今日に備えたかったんだろうね」
見栄っ張りだなー、なんてダムは笑っていた。
――見栄っ張りもそうだけど、健気だなぁ。
そして緊張しすぎ。声固いっつーの。
「そういうアンタは仕事毎日あるんだろ? 今日は?」
「あ、私は白うさぎ様にお休みをもらったんです。たまには気分転換もいいですよ、って」
「伯爵が……」
「はい」
白うさぎくんの話になった瞬間、アンの声が甘くなったのは気のせいではないだろう。
それと比例するように、ディーの声が低くなったのも。
――ふ、不憫だ……。
ダムも同じ気持ちなのか、苦笑いしていた。
勝手に同情していたら、注文していた飲み物とケーキが運ばれてきた。
おお、おいしそう。わたしはフォークを手に取り、ダムを上目に見る。
「ごちそうになります」
そう頭をさげれば、
「やだ、そんなかしこまらないでよ。アリスがお金持ってようがいまいが、最初から奢るつもりだったし」
女の子に払わせるわけにいかないでしょ、なんて言って。紳士というかフェミニストというか。
ディーと同じ遺伝子とは信じられないね。だってアイツったらこの前……っと、まあその話はいいや。
そんなことよりまずケーキだ。わたしはさあ早く私を食べて、と誘惑してくるチーズケーキにそれではいただきますと返事して、フォークをゆっくりと差し込んだ。
え? ディー達の会話をちゃんと聞かなくていいのかって?
いやでもほら、こんなに大胆に誘ってきてる子を放っておくわけにはいかないじゃない。
頭の中でディーとチーズケーキを天秤にかけたら、チーズケーキがものすごい勢いで下にさがったしさ。あまりの勢いにディーがすっ飛んでったね。もうわたしにアイツの姿は見えん。
「ってことで、いただきます!」
わたしはチーズケーキのお望み通りそれを口に放った。瞬間、広がる濃厚な甘み。
ああっ、美味しいもの食べるのって、本当に幸せ……!
舌で優しく転がすようにその甘さを楽しんでいたら、くすくすと前から笑い声が。
「あ、ごめんね。アリス、すごくおいしそうに食べるからさ」
かわいくて笑っちゃった、とダムはそれこそケーキに負けないくらい甘い笑顔で言う。
「……こういう風に女の子を口説いてるんだ?」
からかい半分本気半分で尋ねれば、ダムはパチリと瞬いてから、苦笑した。
――否定しないんかい!
まったくもって恐ろしい。彼はいつも違うと言うけど、十分女たらしだ。無自覚か計算かは知らないけど、罪なことには変わりない。そんな考えが伝わってしまったのか、ダムは困ったように笑いながら
「アリス、こっちも一口食べる?」
とフォークに差したガトーショコラをわたしに向けた。
そんなご機嫌取りにわたしが屈するはずない、はずない。いやだっておいしそうだし!
わたしは自分の素直な食欲を恨みつつも、こくこくと頷く。
ダムはそれに、にこりと爽やかに笑いそのままフォークをわたしに近づけた。
「はい、あーん」
「……」
思わず固まるわたしを見る紫に光るその瞳は、すごく愉しそうだ。
これは、からかわれている。いや、むしろ遊ばれていると言っても過言ではない……!
うろたえて彼を喜ばせるのも癪だから、クールにお断りしようとしたその時。
「……何やってんの、お前等」
最悪のタイミングで、聞こえてくるはずのない方向から、彼の声が届いた。