第120話:Love is blind
こんにちは、アリスです。前回は影すら出てませんが、一応主人公です。
……間違えました。一応ではなく、れっきとした主人公です。主人公です。これからは毎回出る気でいるので、よろしくお願いします。
主人公です。
「何回言うんや!」
帽子屋に頭を軽く叩かれた。
「いや、こう言っておかないとわたしの影がどんどん薄くなるし」
ただでさえ、最近わたしの存在感が危ういんだ。これ以上空気になってたまるものか!
そう意気込むわたしに、帽子屋が呆れた視線を送ってくる。なにさ、自分がちょっと人気あるからってさ。くたばれイケメン!
「っていうか、そんなに糖分摂取しててよくその体型保てるね」
わたしは、彼の手元の生クリームたっぷりのスイーツを見て言う。
一見ただのショートケーキだが、騙されてはいけない。一口ちょうだいっ、なんて申し上げた日にゃ地獄を見ることになる。甘さ的な意味で。
「まあ、あまり太らない体質みたいやからな」
帽子屋はそう答えて、平然と口に運ぶ。
「うぐ、うらやましい体質……。ふ、ふん。でもそんな風に油断していると、三十路すぎたあたりからいきなりくるんだからね」
「はぁ?」
「わたしの近所のおじさんだって、昔はハンサムだったのに急に太りやがって……あああ思い出しただけでも嘆かわしい!!」
「なに言うてんのお前……」
「帽子屋、僕は帽子屋がマシュマロマンみたいになっても帽子屋のことが好きだよ!」
「ならへんから」
何気に聞いていたらしい三月の言葉に、帽子屋が顔をしかめる。
マシュマロマンな帽子屋はあまり想像したくない。
「でも、本当に控えないとご主人様みたいに依存症になっちゃうよ?」
…………え?
聞き慣れた声に嫌な予感がしつつ、振り向いた。いや、前言撤回。振り向くことはかなわなかった。
なぜなら、背後から抱きつかれたから。
「んぎゃぁぁぁぁぁー!!」
「あは、相変わらずいいリアクションだねアリス」
「離れろ変態猫っ!」
わたしはいきなり現れたチェシャ猫を振り払った。
そいつはあっさり離れ、当たり前のようにわたしとヤマネくんの間に座る。
またどうしてこいつはヤマネくんの嫌がることをピンポイントでやるんだ。
――あ、でもヤマネくんは確か眠って……。
「なんであんたがいるの」
起きてるぅぅぅ!!
どんだけチェシャ猫のこと嫌いなのヤマネくん!
「お久しぶり、アリス、帽子屋、三月、そしてヤマネくん」
「やめて気分悪い」
苦虫を噛み殺したような顔をして、ヤマネくんは吐き捨てる。
あのプリティーフェイスがここまで歪むなんて……。
「っていうか、ほんまに何しに来たんやチェシャ猫」
ヤマネに近付こうとするチェシャ猫の首根っこを掴み、帽子屋は尋ねる。あ、なんかそうやられていると猫っぽい……。
「アリスがこっちに向かうのを見たから、どさくさに紛れてご一緒させてもらおうと思って」
「どさくさに紛れる意味がわからへん」
「だって真っ正面からお願いしてもまぜてくれないでしょ」
「当たり前」
「ヤマネには聞いてないよ」
――ああ、また喧嘩になる……。
わたしはダイヤモンドダストが吹き荒れる前に、ヤマネくんとチェシャ猫から距離をとった。
この2人の仲の悪さの恐ろしさは、身をもって理解している。近くにいればわたしまで巻き込まれかねない。
いつもは彼等を放っている帽子屋も、今日は既に巻き込まれてるし。
ということで、わたしは三月の隣に座らせてもらおう。
三月はすぐ側で氷の戦争が起こっているにも関わらず、平気な顔でスコーンを頬張っている。口元にはジャムがついていて、なんだか癒された。
「かわいいなぁ、三月は」
「ふぇ?」
きょとんとする少女の口元をハンカチで拭ってやる。ああ、かわいい……。
「あーもう、三月好きや~」
帽子屋の口調を真似して、三月に抱きつく。
「僕もアリスのこと帽子屋の次の次の次の次の――」
「あ、それ以上言わないでいいよ三月。泣きたくなるから」
それは結構後ろのほうじゃないか。いや、ポジティブに考えれば帽子屋が天の上にいて、わたしはその次の次の次の次の……にいるとしてもわりと高いところにいるはず。
よって、わたしは三月に好かれている。
よし、これでいこう!
「み、三月は帽子屋のことどのくらい好き?」
確認のためそう尋ねれば、三月はにっこりと笑い両腕をいっぱいに広げ
「こーのくらい好き!」
……なに、この子はわたしを萌え死にさせようしてるの? そうなの?
あまりの可愛さに胸を押さえてると、横から口をはさまれた。
「ついでに俺はアリスのこと、こんなに好きだよ」
そう言うのは、三月と同じように両腕を広げたチェシャ猫。お前がやってもかわいくねえよ。
――あれ、そういえばヤマネくんは?
そう思い振り返ると、帽子屋がたしなめていた。あ、今ヤマネくん舌打ちした……。
「僕なんかこっからここまで好きだもん!」
「じゃあ俺はここから海まで好きだなぁ」
わたしが彼等を見ている間に、非常識コンビはなんか乙女な戦いを繰り広げていた。チェシャ猫、お前何歳だ。
わたしはそっと帽子屋に近寄って、
「ねえ、なんか今度はあの2人が不毛な争いしてるんだけど」
「あの変態猫滅びればいいのに」
「物騒なこと言うもんやないでヤマネ。アリスもほっとけ。どうせすぐに飽きるやろ」
「あ、酷いなぁ、これは真剣勝負なのに。まぁ、帽子屋みたいに本気で愛してるものがない人には分からないだろうけどね」
またまた口をはさんできた上、見下すような冷笑を浮かべるチェシャ猫。っていうか地獄耳だなアイツ。
「……なんやと?」
帽子屋は地獄耳猫の言葉に、目を鋭くさせる。
「違う?」
「違うに決まってるやろ!」
「ちょっ、なに挑発のってるの帽子屋」
「俺の気持ちはなぁ、お前等よりずーっと大きいわ!」
――あれ、わたし無視? 切ないんだけど。
ハッ、皆さん! 主人公はわたしですよ! わたしアリス=リデルですからね!
「っていうか、アンタはツッコミ役なんだからこの戦いに加わるのは止めて!」
「ずーっとってどのくらい?」
「だから口はさむな口挟み猫ォ!!」
「僕はこっからお城までくらい帽子屋が好き!」
「じゃあ俺はここから公爵邸までだね」
「だから私を無視するなって……!」
「俺はここから大気圏突破するくらいパフェが好きや!!」
パフェかよ。
「むぅ、ぼくなんかね!」
大気圏という言葉に思い切りなにそれという表情をしたのに、まだ張り合おうとする三月。
「三月ー、君の大きな愛は分かったからもうやめよー」
「甘いね帽子屋。あなたが食べるパフェより甘いよ。俺は大気圏どころか」
「チェシャ猫もやめなって」
「俺はアリスに俺の気持ちが伝わるまでやめない」
「伝わった。アンタの気持ち悪いくらいの想いはじゅぅぅぅぶん、伝わったから」
ついでに嬉しくはない。むしろ止めてほしい。だから腕を絡めてくるな!
わたしは背後から抱きついてくる変態猫を、力ずくで引き離した。触り方がいちいちやらしいっつーの。
「それじゃあ帽子屋は僕よりパフェの方が好きなの?」
「アホ言うな。そんなんパ――お前の方が大切に決まってるやろ!」
「今パフェって言った!」
向こうは向こうでなんか言い争いしてるし。
「…くたばれくたばれくたばれくたばれ…」
ヤマネくんは人を殺しかねない目つきでチェシャ猫を睨んでるし。
「……わたし、帰ろうかな」
「じゃあ俺の部屋に寄ってく?」
「絶対嫌」
早く帰って白うさぎくんに癒されよう。
※
love is blind…恋は盲目