第12話:街中の衝突事故
お茶会に一度参加してから、ヒマな時はちょくちょく通うようになった。
なんだかんだで楽しいし。ヤマネくんは可愛いし。
そんなわたしもこの国に詳しくなってきた。だから今日はひとりで町に出かける。
「おや、アリス様。お出掛けですか?」
城門のところで、トランプ兵の人に話しかけられた。お城に住んでるから、少し仲良くなったんだ。
あと、メイドさんとかともよく話す。でも、明らかにわたしより年上なのに敬語使ってくるんだよね。『アリス様』なんて呼ぶし。
「うん。ちょっと探険してきます」
「お気を付けて」
彼の気遣いにお礼を言い、わたしは城を出た。
◇
ファンタジーな世界だけど、けっこうわたしの国と似てる。
街中だからか、人も多い。わたしの知り合いっていったら、まだまだ少ないものだよね。
いつ戻れるか分からないし、友達がもっと欲しいところだけど。
「あ、可愛いお店」
お洒落なブティックを見つけ、立ち止まる。
違う服も欲しいなぁ。わたし、今着てるエプロンドレスしか持ってないし。
……買ってもらおうかな? いやいや、そこまで甘えちゃダメか。だけどわたし、一文なしなんだよね。
「夜はネグリジェ借りてるからいいけど、普段着一枚はきついよ」
誰に言うわけでもなく、そう独り言をこぼしたとき
ドンッ
何かとぶつかった。いや、何かがぶつかってきたと言うほうが正しいだろう。
「あ、ごめ───」
わたしは謝ろうとして、失敗した。何故ならぶつかった男の子が、わたしが謝るより先に叫んだから。
「立ち止まってんじゃねぇよブス!」
って……。
あまりの唐突さに、わたしはまるで金魚のように口をパクパクと開閉する。
そんなわたしを気にもせず、男の子は走り去って行った。
「な、ななな……」
なにあれ! ぶつかったのは向こうじゃない! しかも初対面にブスって失礼にも程がある!
「ああムカつく。何なのあの人。わたしと同い年に見えたけど……」
わたしは通行人の邪魔にならないよう、狭い路地裏に入りながら、文句をこぼした。
確かにさ、立ち止まっていたわたしも悪いよ? だけどあの言い方はなくない!?
面と向かって『ブス』なんて、初めて言われたわ。軽くトラウマになるね。
「んもう、気分悪い」
わたしは盛大なため息をついた。うつ向いた際に、サイドに流れた髪を耳にかける。
お城に帰ろうかな。それともお茶会に行こうかな。帽子屋に愚痴聞いてもらえるし、ヤマネくんは癒し系だし。
「はぁ……─ッ!」
二度目のため息を吐いたとき、またもや何かがぶつかってきた。なに? 今日は厄日なわけ!?
「あ、ごめんね!」
そう謝ったのは、
――さっきの男の子……。
「またアンタかぁぁぁぁ!!」
「ええっ?」
「何なのアンタはっ! わたしに恨みでもあるわけ!?」
「あの、何のことだか理解できないのですが…」
理解できない!? わたしを馬鹿にしてるの!?
「だから、アンタさっきもわたしに──!」
「人違いです」
――人違い?
わたしは目の前の男の子をジッと見つめる。だって髪型も、声も、顔だって同じ……あり?
よく見るとこの人、瞳の色が紫だ。確かあの人は灰色に見えた気がする(一瞬しか見てないから曖昧だ)。服も似てるけど、ちょっと違う。そして何より、この人はメガネをかけていた。
「あ、あの…?」
不安気な男の子の声にハッとする。レンズ越しに揺れてるブルーパープル。顔はそっくりだけど、全然違う。
「……ごめん。人違いでした」
わたしはうなだれながら謝った。ものすごい自分が恥ずかしい。
「気にしないで。それに、君の言ってる人のことはなんとなく検討つくし…」
ぶつかったのは僕だしね、なんて笑う。なんて良い人なんだ。あんな奴と間違えて、申し訳なさすぎる。
「君、名前はなんていうの?」
罪悪感に落ち込んでいたら、名前を聞かれた。
「アリス。アリス=リデル」
――わたし、こっち来て何回自己紹介してるんだろう。
いや、違う世界から来たのだから、仕方ないことだけどさ。
そんなことを思いつつも、わたしは優しく微笑む彼に『君は?』と尋ねた。
「僕の名前はダム。一応有名なんだけど……知らないかな?」
え、有名人?
「わたし、最近こっちに来たばっかだから…」
そう答えると、ダムは首をかしげる。あ、ちょっと今の発言はおかしかったか。
だけど彼は遠くの町から引っ越してきたと受けとったらしく、たいして深追いはしてこなかった。
「あ、そうだ!」
突然ダムがパンッと手を叩く。まるで何かを思いついたように。
「ぶつかったお詫びに、これあげる」
ダムが大きなバックから取り出したのは、サテンワンピース。パフスリーブになっていて、色は愛らしいベビーピンク。だけど甘くなりすぎないシンプルで上品なデザイン。
「…可愛い…」
わたしは無意識にそう漏らしていた。
「トゥーイドルの新作。まだ出回っていないレアなんだよ」
「え…そんなすごい物わたしにあげちゃっていいの!?」
「一枚くらいなら大丈夫大丈夫♪」
なにを根拠に!? っていうか一枚くらいならってどういうこと!?
「それは、僕が作ったからってこと」
「心のなか読んだー! って、え? ダムが作ったの!?」
「正確には僕等だけど。デザイナーなんだ。トゥーイドルってブランドの」
わたしと同じくらいの年齢でデザイナーってすごッ! しかもブランドまで持ってるって……尊敬するよ、うん。
あれ? でも僕等ってどういうこと───
「ダム!!」
いきなり誰かが、彼の名を呼んだ。
3秒後、わたしのおさまった怒りが再び沸き上がる。
次回に続きます。