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第115話:understand me



「こ、公爵夫人……」


震えた声を発するわたしに、彼女は一瞬顔をしかめたが、すぐにいつもの笑みに戻った。


「チェシャ猫、大事なお客様に乱暴しちゃダメでしょ。手を離しなさい」

「乱暴じゃないよ、むしろ」

「離しなさい」


チェシャ猫の言葉を遮る公爵夫人に、チェシャ猫はため息を吐き出しつつも、わたしから離れた。

ほっとしたが、自分の格好に気付き慌てて身なりを直した。恥ずかしすぎる……。


「あーあ、せっかく良いところだったのに。俺のことには口出ししない主義じゃなかった?」

「お嬢さんと貴方が恋人同士ならいいのよ。だけど違うでしょう? 今お嬢さんは私のゲストで伯爵のパートナーよ」


公爵夫人の言葉にはっとする。そうだ、白うさぎくん。何も言わすに出てきてしまった。きっと今頃わたしを探して……ないかな。なんかモテモテだったし。

あれ、なんか悲しくなってきたんだけど。

ひとりで勝手に落ち込むわたしに、チェシャ猫は追い討ちをかけるように


「大事なパートナーを放っておくのが悪いんだよ」


と、口唇の片端だけあげて言う。


「チェシャ猫」


公爵夫人が咎めると、彼は「はいはい」と降参とでもいうように両手をあげる。口元に笑みを浮かべているあたり、まったく反省していないようだ。

そもそも、コイツに反省なんて文字があるだろうか。


「あーあ、なんだか冷めちゃったな。俺、先に休んでいい?」


腕をぐっと伸ばし、あくび混じりにチェシャ猫が尋ねる。公爵夫人はそんな彼の言葉にため息をつき、やや憤慨したように腰に手をあて


「もう、全然反省してないわね」


と、わたしが思っていたことを叱りつけるように言った。チェシャ猫は一瞬煩わしそうな表情をしたものの、すぐに笑顔をつくる。


「公爵夫人も、少しは反省してね」

「……邪魔したって言いたいのかしら?」

「へえ? 自覚あるんだ?」

「今日はやけにつっかかるわね。不機嫌になっちゃった?」

「なんで不機嫌かなんて聞かないでよ」

「そこまで鈍くないわ」


彼女はよく通る声で迷いなく即答する。しかしチェシャ猫はその返事に、どうだか、と小馬鹿にしたように笑った。

心に黒い染みを作るような嫌な笑い方だ。見ているだけのわたしさえ不快にするような。


「あまりおいたが過ぎると、さすがに怒るわよ」


さすがにカチンときたのか、彼女は声をわずかに固くしてそう言った。チェシャ猫はやはり楽しそうに笑っている。

そんな2人を前に、わたしは下手に口を挟むことも出来ずただ成り行きを見守っていた。

しかし、不穏な空気が流れ始め、気まずさと申し訳なさを感じる。


「前の立ち入り禁止は全然効かなかったようね」

「そんなの、貴女だってわかってたことでしょう?」


ご主人様、と砂糖を煮詰めたような甘ったるい声でチェシャ猫は笑う。

公爵夫人は少し黙って、その分溜めていたかのように大きく息を吐いた。


「……仕方ないわね。あまりこういうのは好きじゃないんだけど」

「ん?」

「貴方、しばらく外出禁止ね」


語尾にハートマークがついていてもおかしくない口調と同性のわたしでさえドキリとする笑顔で言い放った公爵夫人に、チェシャ猫は今までしてたニタニタ笑いをやめる。

いや、それどころか頬をひきつらせているように見えた。

公爵夫人はそんな彼を見て満足そうに笑い、チェシャ猫の背中を押す。


「ほら、休むんでしょう? 自室に戻りなさい」

「ちょ、貴女ね……」

「勝手に外に出ちゃダメよ?」


なにか言おうとするチェシャ猫を無視し、公爵夫人は部屋の外へとチェシャ猫をそのまま押し出した。

反論しようとしたのだろう、彼が口を開いたところでしかし扉は閉められ、もう見えなくなる。不満げな声は聞こえたけど。

――す、すごい。あのチェシャ猫を負かした。

さすが主、というべきだろうか。それにしても、外出禁止で顔真っ青にするなんてあいつも可愛いところあるな。

っていうかどんだけ自由を愛しているんだ。束縛嫌いとは言っていたけど、重症だね。あれ、でもあいつワープみたいなこと出来るんじゃないっけ……。

そんなことを思っていると、公爵夫人はくるりと振り返り、先ほどとは同じようで違う笑顔をうかべた。

うう、やっぱり美人。チェシャ猫の美的センスが狂ってるのは、いつもこんな綺麗な人を見ているからだと思う……。


「ごめんなさいね、迷惑かけちゃって。せっかく来てくださったというのに……」

「ふへっ!? いやいやそんな公爵夫人が謝ることなんて何ひとつないです!」


申し訳なさそうに瞳を伏せる彼女に、わたしは両手を胸の前で大きく振った。

だって悪いのはチェシャ猫で、公爵夫人はむしろわたしを助けてくれたんだから。


「ふふ、ありがとう。チェシャ猫には後でちゃんと言っておくわね。あ、お詫びと言えないかもしれないけど、着替え手伝うわ」


そう言って、彼女はわたしに手を伸ばした。





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