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第114話:つり橋効果



「俺がなに言いたいか、わかるよね?」


返事なんて決まりきっている、とでもいうような尋ね方をする。わたしは首から上だけを後ろにむけ


「最、低……!」


絞り出したような声で非難した。しかしそれさえ彼の機嫌を良くさせるだけで、逆効果。

ああもう、いったいどうしろというのだ。両手はがっしりと拘束されているため、ろくな抵抗もできない。

ためしに腕を動かしてみたが、悲しいかな、びくともしなかった。すねを思い切り蹴ってやろうとも考えたが、布がまとわりついてそれも叶わない。

ええい、まどろっこしい。だから高貴な服は嫌なんだ。


っていうかわたしやばくね? っていうかやばくね?

いやいや、本当に笑えな――ってギャー!


「ななな、なにしてんのよ!?」

「なにって、脱がせてるんだけど」

「な、黙れバカ!」

「聞いてきたのアリスじゃない」


呆れたように溜め息をつきつつ、チェシャ猫は器用にわたしの服をはいでいく。上半身をつつむ布はウエストまでおろされた。


「お、総レース」


くすり、と笑って純白のキャミソールを撫でる。その触り方に鳥肌がたつのがわかった。

息をつめたわたしに、チェシャ猫は小さく笑う。偶然なのかわざとなのか、耳に熱い吐息を吹き込むように。

まずい、これは本当にまずい。外気にさらされた鳩尾が、熱と寒さで震える。

耐えるように瞑っていた瞳を開けると、鏡の中の自分と目が合った。青い瞳には、涙の膜。

――うわ、わたしキモイ。

いたたまれなくなって、すぐに顔をそらした。


「ダメだよアリス。ちゃんと見なきゃ」


諫めるその声はまた耳元。低く艶の含んだ声にどうしようもなく胸が熱くなる。振り向いて睨んでやれば、愉しそうに細められた瞳とぶつかった。

獲物を狩るような光を宿したその金色に、頭の奥で警報が鳴り響く。


――駄目だ、これ以上見つめていては。

しかしそんなわたしの判断は遅かったらしく、顎を強く掴まれたと同時に、口をふさがれた。


「んっ……!」


目を見張れば、視界いっぱいに整った顔が広がる。うわ、睫長い……しかもなにこれ、わたしより肌きれいじゃん。むかつく――って違う違う!


「ちょっ……んん!」


やっと事態の大きさに気付いて、未だ拘束されたままの腕を力の限りばたつかせた。

しかしまったくふりほどけない。お前の手は鉄のわっかか。さすが変態猫。手錠要らずってか。いやいや、冗談言ってる場合じゃない。


そうこうしている内に、触れていただけの口付けはどんどん深くなっていく。

上唇を挟むように甘噛みしたと思えば、包み込むように押し当ててくる。本気で笑えない。舌でも入れてきたら噛みきってやろう、なんて物騒なことを考えていたら、解放された。

思いのほかあっさりとした引き方に、少し拍子抜けしたわたしは完璧に毒されている。

わたしは舌なめずりをしてる変態猫に文句と罵声を浴びせようとして、失敗した。


「チェシャ猫? 入るわよ?」


ノックの音と一緒に響いた凛とした声は、間違いなくここの主。

――助かった!

この時のわたしの瞳はキラッキラに輝いていたに違いない。まさに干天の慈雨だったのだから。しかし、これは間違いだと気付く。否、気付かされる。


「チェシャ猫、いないの? おかしいわね、男爵が確かに言ってたのに……」


そうこぼした公爵夫人の言葉に、チェシャ猫はひとつ舌打ちをした。その矛先が帽子屋なのか公爵夫人はわからないが、大方前者だろう。

だけどわたしは一気に下降した帽子屋への信頼感が再び天へとかけあがった。さすが元冷血漢、ただでは起きない!

何はともあれ、危機は脱したと判断したわたしは、未だに腕を離さない彼に目で訴えた。もう終わりだ、と。

しかし、彼は笑ったのだ。それはそれは麗しく、まるで天使のような微笑み。一瞬見惚れてしまう。


「そんな乱れた姿してるのに?」


クッと喉の奥で笑い、チェシャ猫はわたしの首筋に噛みついた。

天使? バカ言え。こいつは間違いなく悪魔だ。



驚きのあまり声も出せないわたしの耳に、公爵夫人の声が届く。チェシャ猫とわたしを呼ぶその声はあまりに綺麗で、鏡に映る自分はものすごく情けない。

駄目だ、彼女にこんな醜態は見せられない。


「っやめ」

「助けてほしいならもっと大きな声でなきなよ」


きっとわたしの心情を理解していて言っているのだろう。ああもう、本当に殺してやりたい。


「や、だ」


なにがやだ、なんだ。先程のチェシャ猫の言葉に対するものなのか、それともこの行為に対するものなのか。

ああ、違う。今のは勝手に口からこぼれただけだ。


「すごいよ、心音。興奮してる?」


わたしのちょうど心臓の上あたりに触れ、彼は言う。首筋をなぞっていた口唇が、いつのまにか耳まで到達していた。


「あは、嫌よ嫌よもいいのうちってね」


そう笑って、彼の指がわたしの腰を引き寄せたとき


「嫌なものは嫌なんだと思うわ」


その場にそぐわない、凛とした声。そこに立っていたのは、紛れもなくこの変態猫の主だった。






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