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第111話:Happy Birthday



―――当日。




白状しよう。わたしは油断していた。彼女の主催するパーティーは1度経験したことがあるから大丈夫だろう、などと高をくくっていたのだ。

それがなんだ、この状況は。わたしは完全に衝撃と緊張で石のように固まっている。

前回の舞踏会を小規模なものだと言っていたチェシャ猫の言葉の意味を、今理解できた。


まあつまり、だ。


簡単にいうと、明らかにこのパーティーはおかしい。



「こっちですよ、お姉さん。……お姉さん?」

「ああ違うの。おかしいって言っても、気違いとか異常とかそういう意味じゃなくて、えーと、盛大さっていうか規模というかとりあえずわたしみたいな庶民からしたら一生味わえないような待遇というか場違いさ? いやでもすごい素敵だと思うよ、うん。ただ目眩がするのも事実というか。いや目眩といっても物理的な意味じゃなくて」

「はい?」

「ああごめんね白うさぎくん。今ちょっと混乱してるだけだから。本当に大丈夫です。大丈夫じゃないけど大丈夫です。そしてその格好すごい可愛いね。抱きしめてもいい?」

「……えーと、とりあえず落ち着いて下さい」


わたしの我ながら支離滅裂な言葉に、白うさぎくんは苦笑する。わたしを安心させるように手を握ってくれた。

分かった。そう言えたらどんなにいいか。だけどとてもじゃないけど、落ち着けない……!

だって煌びやかなんだもん華やかなんだもん! みんな背景が金箔散りばめたようにキラキラしてるよ! 背後に薔薇が見えるよ!


「絶対わたし場違いだ……」

「なに言ってるんですか。もっと自分に自信を持って下さい。今のお姉さん、とても綺麗ですよ」


そんな君が1番綺麗です……!

っていうか、今日の白うさぎくんの可愛さは半端じゃない。いつも可愛いけど、今日は特別可愛い。


――普段はシャツにベスト姿ばっかりだからなー。やっぱり貴族だね、今日みたいなフリルがよく似合う。

首もとの大きめなリボンも、おろされた銀髪も、レースとフリルがあしらわれたシルクのシャツも、普段見慣れないだけに新鮮だ。

ここに来ている人達は揃いも揃って美男美女だけど、彼が1番綺麗だと自信もって言える。いや、そんな自信もってどうすんのよって感じだが。



「……伯爵?」


先ほどよりは少しだけ力の抜けたわたしは、かけられた声に振り返った。実際にはかけられたのは、わたしじゃなくて白うさぎくんだけど。

そしてそこには、これまたゴージャスな貴婦人が。しかも1人じゃない。5、6人はいる。


「これはMrs.フレッカ。お久しぶりです」


白うさぎくんは、声をかけた彼女にいつもの可愛らしい笑みをむける。

相変わらず悩殺ものですなぁ、なんて思っていたら、わっと黄色い声があがった。そして彼女たちは、一斉に少年の周りに集う。


「のわあっ!」


……わたしをすごい力で押しのけて。

――ええぇぇぇ?

呆然とするわたしを余所に、白うさぎくんは貴婦人たちに取り囲まれあっという間に姿が見えなくなってしまった。

すごい。ハートが飛び交っている。年上受けする容姿だと思っていたけど、まさかここまでとは……。


「相変わらずマダムキラーだね」


感心したように呟かれた言葉。わたしはその聞き覚えのある声に嫌な予感がしつつも、ゆっくりと振り向いた。


「やあアリス。今日はいつも以上に可愛いね」


床にうずくまっているわたしを引っ張りあげ、彼は笑う。

あの彩度の高い髪は艶やかな黒に染められ、そこから生えている尖った耳はグレーのハットに隠されていた。


「……チェシャ猫」

「来てくれたんだね。公爵夫人も喜ぶよ」


クスッと笑う彼。わたしは握られたままの手をやや強引に離し、そうかな、と答える。


「声かけに行く? って言いたいところだけど、生憎彼女も今引っ張りだこなんだよね」


そう言って彼が視線をむける先には、確かに人だかりができていた。あれじゃあ近付けない。

白うさぎくんも公爵夫人もモテるなあ。公爵夫人に至っては主役だから余計にだ。

――ちょっと残念。おめでとうくらいは言いたかったのに。

無意識にため息がこぼれる。それに気付いたのか、チェシャ猫は


「少しすれば落ち着いたくだろうから、そしたら行こう」


とウインクをしてきた。


「……そうしてれば色男なのに」

「あはは、ありがとう」

「ばか、皮肉を言ってんのよ」


だけど、黒髪のコイツは普通にかっこいい。変なことさえ言わなければ、だけど。

チラリと目を向けると、微笑まれた。きもい。


「あなた言ってること滅茶苦茶だよ」

「!? だから心の中を読むなっ」


なんなんだコイツは。本当に人か? あ、人じゃないんだっけ……。

そんなことを考えていると、


「あ、それちょうだい」


飲み物を配るボーイを呼び止め、グラスをふたつ受け取るチェシャ猫。

彼はそのうちのひとつをわたしに差し出し、それはそれは麗しい笑みを貼り付け、どうぞ、なんて言う。

前回のトラウマがあるわたしは、警戒心から受け取らず、揺れる液体をただじっと見つめた。まるで血のような、鮮やかでいてどこか毒々しい。


「何も入ってないよ」

「……前も何もしない、なんて言って薬盛ったよねあんた」

「あはは。でも今は何も入れる隙なかったでしょ? ほら、美味しいよこれ」


誘うようにグラスを揺らす。

うう、ちょっと飲みたいかも。いやでも、それで前回痛い目満たし。いやいや待って、あれはのこのこついて行ったのが仇となったんだ。ならば今回はこいつと2人きりにならなきゃいいんだ。今のわたしには我らが伯爵がついてるし。……ただ今お取り込み中みたいだけど。


「アリス?」


ええい、話しかけるな。わたしは今必死に危険性を計算してるのよ!

……話を戻すわ。さっきチェシャ猫が言った通り、確かに今なにか入れる隙はなかった。ん、そういえば前はいつ仕込んだんだアイツ? あ、そうだ。たしか2杯目を勧められたんだった。なら今は大丈夫だよね。ボーイさんからもらったし。……よし!


「飲むわ!!」

「声でかいよアリス。まあいいや、はい」


さらりと咎められた後、わたしは彼からグラスを受け取った。いや、受け取ろうとした。

が、それは横から伸びた手に奪われ、変わりに違うグラスを握らされた。



「お姉さんはこっちです」



可愛らしい声とともに。


「し、しろうさぎくん」

「あれ、貴婦人たちの相手はもういいの?」

「はい、おかげさまで。…お姉さん、このお酒はちょっと強いので飲まない方がいいですよ」


笑顔で放った白うさぎくんの言葉に、わたしはチェシャ猫を睨んだ。


「ちょっと、なに飲ませようとしてんのよ!」

「だって本当に美味しいよ?」


そう言って、唇をぺろりと舐めるチェシャ猫。こいつ……。


「こちらは僕が頂いてもいいですか?」

「ん、もちろん。酔わないようにね。まあ、貴方は大丈夫か」


チェシャ猫の言葉に、白うさぎくんは微笑みを返し、再び彼女たちのもとへ行った。

――って、あれ? 戻っちゃうんだ!?


「ちぇっ。せっかく話せると思ったのに」


わたしは小さく呟き、白うさぎくんから貰ったドリンクに口をつける。中身は炭酸水だった。

っていうか、白うさぎくんが持っていったのってお酒なんでしょ? しかも強いやつ。

…………駄目じゃん!!


「ちょっ、チェシャ猫! 白うさぎくん酔っちゃったらどうすんのよ! ほろ酔いとかなったら、ただでさえ可愛いのに余計可愛くなっちゃうじゃない!」

「大丈夫だよ、あの人酔わないから」


サラリと言って、チェシャ猫は強いらしいお酒を水のように呷る。


「俺達みたいな半獣は、アルコールじゃ滅多に酔えないんだよ」


いいんだか悪いんだか。そう呟くチェシャ猫。


「ついでに、アリスは飲めるほう?」

「……さあ、あまり飲んだことないし」


ディーに付き合わされた時も、途中から記憶が抜け落ちている。そういえば、なぜか白うさぎくんにあまり飲まないほうがいい、と注意されたこともあった。

それを言うと、なるほどね、と彼は頷く。


「何がなるほどなのよ」

「いや、だから怒らせちゃったのかって思って。過保護だねあの子」

「待て、誰が誰を怒らせちゃったって?」

「俺が、白うさぎを」


月色の瞳を細め、笑うチェシャ猫の発した言葉の意味が理解できない。

あれのどこが怒っていたのだ。むしろにっこりスマイルを浮かべていたじゃないか。

疑問をぶつけるように彼を見れば、いつの間にかもらったのか、先程とは違う飲み物を持っていた。

半透明の液体を、器用にワイングラスの中で揺らす。


「……飲みたい?」


わたしの欲しかった言葉はくれず、その代わりにそんなことを尋ねてきた。


「いらないに決まってるじゃん」

「お酒じゃないよ」

「とにかくいらない」


嫌悪感をにじませた声色を出してやれば、チェシャ猫は信用ないなあ、なんて呟いている。今までの行いを見てきて信用できるわけがない。

ここで受けとったら二の舞だ。そう考え口を開く。


「どうせ何か入ってるんでしょ」

「そんなことないこともないこともないこともない」

「どっちだよ!!」


これで信用しろだなんてよく言えたな! いや、信用しろとは言ってないのか。……なんだかムカつくわ。


「アリス」

「なに、――ッ!?」


返事をしたのと、彼が動いたのはどちらが先だったろう。

気が付けば、チェシャ猫がわたしに口唇をぎりぎり避けた箇所に、キスをしていた。


「なにすんのよ!!」


久しぶりの事態に気が動転するよりも早く、身体が動く。

思い切りチェシャ猫の肩を押しのけた際に、彼が手にしていたグラスが滑り落ち、中身が私のドレスを濡らした。





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