第11話:子供好き
「ああ、だからあかん言うたのに……。三月、お前も見ず知らずのやつに飛び付くなや!」
「だって帽子屋の隣は僕の席だもん」
「だからってなぁ…」
なんだか帽子屋がぶつぶつ呟いていたが、わたしはそれどころじゃなかった。
思わず熱いと叫んだが、意外と冷めていて火傷の心配はない。だけど重要なのはそこじゃなくて───
「染みがつく!」
そう!問題はそこよ!
こういう染みって、なかなか落ちないんだから! 早く洗わないと、どんどん……!
「汚れちゃった?」
そう言ってわたしを覗きこんできたのは、そもそもの原因。
わたしは怒ろうとした。普通怒るよね。だっていきなり奇襲攻撃だよ?
でも、わたしは怒れなかった。だって、だって……
――かわいいんだもん!
白うさぎくんより年下に見える男の子。半袖のブラウスにショートサロペットという服装。キュートなくりくりの目。短い髪の色はスイートショコラ。
そして何より、頭に生えたふたつの耳! うさぎ少年再びだわ!
悔しいけど、かなりクる……。
「お姉ちゃん、早く脱ぎなよ! すぐに洗えば大丈夫なはずッ」
男の子はそう叫んで、わたしの服のボタンをはずした。
って、ええ! ここ!?ここで脱ぐの!?
「ちょ、ちょっとストップ…」
わたしの訴え虚しく、男の子の手は止まらない。そうこうしてるうちに、鎖骨辺りが外気に晒される。
「あ、あかん!アリス逃げろ!そいつは素肌を見ると男女関係なく───」
「え?」
「な、生肌ー!!」
「え、ちょっ…待っ…きゃああぁぁぁぁ!!」
「襲う……って、もう遅いか」
帽子屋の二度目の『あかん』は、やっぱり役にたたなかった。
「っていうか助けろ! 喰われるー!」
◇
わたしは、とりあえず汚れたエプロンの部分だけ外して、洗ってもらった。
そんなわたしは、ただのワンピース状態。でも、こっちのほうがシンプルでいいかも。
うさぎ少年は帽子屋に怒られているけど、大きな耳をふたつに折って(耳栓?)サンドイッチをくわえている。
……反省の色なしね。そりゃもう、清々しいくらい。
「ほんますまんな、アリス」
帽子屋がため息をついて、謝ってきた。
「いや、まぁ、大丈夫。ちょっとビックリしたけど……」
「コイツには変な習性があってなぁ。人の素肌を見ると発情するねん」
は、発情……。こんな幼い子が発情って。わたしの貞操が危なかったや。
「30歳以下だけどね」
何気聞いていたらしい、うさぎ少年が口をはさむ。
――年齢制限、一応あるんだ。
変なことに関心してしまう。
「とにかく!」
帽子屋がゴホンと咳払いした。そしてやけに真剣な表情で言う。
「コイツの前では、足、腹、鎖骨は見せんほうがええ。襲われるで」
「…あと、うなじも…」
付け加えるように、ヤマネくんも言った。なんというか、個性的なキャラクターが多い国だと、わたしは苦笑いする。
「もー、僕そこまで絶倫じゃないよ。あ、改めまして、僕は三月うさぎ。みんなは“ミツキ”って呼ぶよ」
うさぎ少年、三月がニカッと笑った。うん、やっぱ可愛い。
「わたしはアリス。よろしくね、三月」
「よろしく♪」
手を差し出されたから、わたし握手した。普通の柔らかい手で、うさぎ要素は耳だけだと確信する。
その後はいろいろな話をした。
と、言っても、帽子屋がお茶会のマナーや三月の万年発情期ぶりを熱く語るだけ。
ヤマネくんはとうとう眠りこんでしまったし、三月は何かしら食べたり飲んだりしてる。
「ほんま三月は困る! ガキのくせに怪力だから、死ぬ気で抵抗せんと喰われるからな」
「や、やっかいだね…」
そう返事したところで、『待てよ』と思った。ある疑問が頭に浮かぶ。そしてわたしは、それを口にした。
「帽子屋やヤマネくんは、三月に襲われたことないの?」
途端。今までやかましいくらい喋っていた帽子屋が固まった。
「ぼ、帽子屋?」
「………」
「もしかして、もう経験済みとか…」
「………」
何も言わない彼。
え、マジで? その沈黙は肯定と取っていいの?
リアクションに困っていると、三月が爆弾発言をした。
「いや〜、でも最後まではいかなかったんだよねぇ」
「ぶっ!!」
帽子屋が紅茶を噴き出す。
あ、ヤマネくんにかかった。それでも起きない彼、ある意味尊敬します。
「──じゃなくて!! そ、それ本当なの?」
「う、うっさいわアホ!」
「本当のことだよね♪」
「三月は黙っとれ!」
焦りまくりの帽子屋とは正反対に、三月は笑顔満面だ。
なんだろう、コレ。カルチャーショックってやつ? とにもかくにも、衝撃的だ。
「……帽子屋、年いくつ?」
気にかかることを尋ねる。
「21歳やけど…」
「三月は?」
「じゅうにー」
「………」
は、犯罪の臭いがするんだけど。大丈夫なのか、大丈夫なのかコレ。
「お、おいアリス。なんやその目は! 言っておくけど俺はロリコンちゃうで!?」
「帽子屋、愛さえあれば年齢差なんて乗り越えられるよっ」
「お前も誤解されるような発言すんな!!」
いや、うん。年齢差云々も確かにそうなんだけど、性別も関わってると思うんだわたし。
まぁ、愛と言ってしまえばそれさえも関係ないのかもしれないけどさ。
「違うんや。あの時の俺は、ちょっとばかり気をぬいていて……」
何やらぶつぶつこぼしている帽子屋。三月は『大好きだよー』と言って帽子屋に抱きついていて。ヤマネくんは、……まぁ、うん。寝てる。
──にしても、こんな可愛い子に大好きとか言われて幸せだな帽子屋。
ん? 幸せなのか? 気をぬくと襲われるんだよね。あまり幸せじゃないか。
「……まぁ、がんばれ」
わたしはささやかな応援をを捧げ、テーブルの上のタルトに手を伸ばした。