第109話:No way !
時々、この人と双子でいることが嫌になる。
「やっぱり此処にいた……」
カウンターに真っ赤な頬をつけて虚ろな目をした彼を見て、僕はため息と共にそうこぼした。
マスターがそんな僕を見て、苦笑する。なんだかばつが悪い、僕は小さく会釈してすぐに視線をはずした。
しかしそのせいでディーの隣で笑っている彼女を見つけてしまった。
「あ、ダムだダムだー!」
その彼女は普段からは考えられないくらい可愛い笑みを浮かべ、その長い金髪をゆらして僕を指差す。
「アリス……」
君、顔真っ赤だよ。
「あはは、変な顔してうー!」
しかも、呂律回ってないよ。っていうか確実に君も酔ってるよね。そして人のこと指差さないでね。っていうかなんでいるの?
そんな疑問が浮かんだが、すぐにディーが引っ張って来たんだろうという結論が出た。
「ほら、ディー! 君の愛しのブラザーが来たよ!」
「んあ〜?」
アリスは隣で伏しているディーの肩を揺らす。眠たいのか、ディーはその言葉に目をこすりながら僕に目を向けた。
「あれー、ダム。なんでここにいんの?」
きょとんとした顔でそう言う我が兄に、僕は頬が引き攣るのが自分でも分かった。
だってあまりに帰りが遅い上、連絡もつかないから、こうやってわざわざ迎えに来たんだよ?
それなのになんでいんの、なんて無神経にも程がある。しかも、何故かアリスと一緒だし。2人して酔ってるし。
「ディー寝るなぁ〜。まだわたひの話は終わってないぞぉー!」
「ばぁか、寝てねーし。よゆーだし」
舌っ足らずな口調で話す2人を見て、僕はもう一度深くため息をついた。
どうして酒癖悪いのに飲むのだろう。アリスもこんなに変わるなんて、余程お酒に弱いのか、それともそれだけ飲んだのか。
ディーに至ってはもう呆れるしかない。たいして強くないくせに大好きなんだから。
酔って泣き出された時は、こっちが泣きたくなった。まあそれ以来、一緒に飲んであげることはなくなったが。
ーーだから違う人を誘うようになったんだよね。別に子供じゃないし、ましてや門限なんてないから構わないんだけど。
「でも、遅くなるならちゃんと電話してよ」
あと、他人にも迷惑かけない。
そう言って彼の頬を軽くつねった。それを見てなにがおかしいのか、アリスが爆笑する。酔っ払いって本当に不可解な生き物だ。
「いててっ、離せよバカダムー」
しばらくつねってると、ディーに手を叩かれた。酔ってるせいか、微力なものだったが。
「ほら、ディーくんアリスちゃん。ダムくん迎えに来たから帰る準備して」
変わらない現状を見かねたマスターの言葉に、彼らは声を合わせてえー、と文句をこぼした。
えーじゃないよ。ああもう、本当に頭痛がする。
ーーっていうか、マスターもマスターだよ。ディーがこうなるの分かってて、それでも飲ませるんだから。
そう考えて、僕はすぐにかぶりを振った。彼は仕事だから仕方ない。それに実際、今まで酔ったディーをわざわざ家まで送ったりしてくれてたし。
そうだ、結局は誰が一番悪いって
「おれまだ帰んねえしー」
この馬鹿だ。
「マスター、迷惑かけてすみませんでした。持って帰りますね」
そう言って、2人の首根っこを掴む。えーい、キャッキャッうるさいな。君達キャラ変わりすぎ!
「そんなでろんでろんな2人を一緒には大変じゃない? 車出そうか?」
そう苦笑するマスターの優しさには感動だが、いくらなんでもそこまで迷惑はかけられない。
だけど、確かに出来上がっている2人を同時に持ち帰るのも、かなり辛い。身体的にも、精神的にも。
「……お気遣いありがとうございます。車は、大丈夫です。だけど、とりあえずひとりずつ連れて帰ることにしますね。あ、どちらもちゃんと回収しに来ますよ」
「俺は構わないけど、本当に平気?」
「大丈夫です」
心配そうに僕等を見るマスターに微笑しながらそう言う。そして僕はいったん暴れる2人を座らせた。
――やっぱりアリスから連れて帰るべきかな。
如何なる時もレディーファーストが僕の心得だ。それにしても、本当にキャラが違っていて見てるぶんには面白い。見てるぶんには。
だが見てるだけということにもいかず、僕はアリスの腕をひいた。彼女はずっとにこにこしていて、特に抵抗はしない。
これなら楽に運べそう、なんて思ったが障害は斜め後ろからやってきた。
「なんでアリスと帰るんだよ」
先程までご機嫌だった人が、今度は地を這うような声で僕を引き止めた。
「俺を置いていくのか?」
出来るならそうしたいよ。
「だいたい2人きりになってどうする気だよ!? 不純異性交遊反対!」
「ああもう、うるさいなあ。君はアンちゃんのことが好きなんだから、僕等がどうしようと関係ないでしょ!?」
「ダ、ダムが俺に怒鳴ったー!」
――怒鳴りたくもなるでしょうが!
本当、頭にくる。自分勝手なディーにも、ケラケラ笑ってるアリスにも、流せない自分にも。
「ダムくん落ち着いて。ディーくんもあまりワガママ言わないの」
「オッサンは黙ってろ!」
「お兄さんはまだ20代です!」
マスターとディーの漫才のような言い合いに、僕は少し頭が冷めた。
ーー苛立っちゃ駄目だ。
僕は盛大なため息を吐き出し、不機嫌そうに小声で何かぶつぶつと呟いているディーの腕をひいた。
だけど何故かその手は振り払われて、ムッとする。かと思えば彼は両手を僕に向かって伸ばした。
――あ、嫌な予感。
「おぶれ」
……命令かい。
結局僕は、2回に分けて彼等を連れて帰った。迎えに来てもらうのが一番手っ取り早かったんだけど、もう使用人はみんな帰ってるからそういうわけにもいかず。
家までは大変だから、トゥーイドルに備え付けてある部屋に帰った。
正直、帰路はかなり辛かった。ディーは人の背中で吐きそうとか言い出すし、アリスはトンチンカンな歌を歌い出すし。
……まあ、アリスをお姫様抱っこできたのは役得だけど。やっぱり女の子はいいよね。
「さて……と」
ベッドに放り投げたら、2人とも眠ってしまった。きっと朝まで起きないだろう。
城には連絡してあるみたいだし(ディーが酔う前にしたらしい)、あとはもう知らない。僕も寝てしまおう。
ーーアリス、酔ってる時の記憶あるかなぁ。ディーは綺麗に覚えてるタイプなんだけど。
そう思うと、ちょっと朝が楽しみかもしれない。
「明日は復讐させてね」
僕はそう言って彼等におやすみ、とキスをした。