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第104話:Go back !


たとえあの言葉が正論だったとしても、わたしはあなたの手が赤く染まる姿を見たくないの。







ジャックを蹴り飛ばした後、わたしは自室に戻った。

眠るわけでもないのにベッドに身体を横たえ、柔らかい枕を抱きしめる。ふと視界に入った自分の指先が未だに震えていて、苦笑いがこぼれた。

――なんか、気まずくなっちゃったな。

あの2人とこれから顔を合わせづらい。もしかしたら気にしてるのはわたしだけで、明日から普通に話しかけられるかもしれないけど。



「ずいぶんと辛気くさい顔をしているな」



不意に、耳ではなく脳に響いた声。

高すぎず低すぎず、ひどく落ち着いていて、冷たいのにどこか寂しげなその声色は、きっと今わたしが一番聞きたくないものだった。

拒絶したい。その声を。ああ、幻聴ならどんなにいいだろう。だけど現実はそう甘くない。


いつだって。


「顔くらいあげたらどうだ」


今度はしっかりと耳に響いた。わたしはゆっくりと身体を起こす。


「お前からしたら久しいか?」


ローブを羽織ったあなたは言う。人形のように白い肌。琥珀色の瞳。そして、性別の判断が出来ない中性的な顔立ち。

そう、今わたしの目の前に立っているのは、このおかしな世界で最も非常識な人。

――非常識っていっても、存在が、だけど。

会話は普通に成り立つし、性格も特におかしくない。

ただ、人によっては彼を神と呼ぶのだ。


「……タイム」


久しぶりに口から出た名前。こぼれた声は、ひどく掠れていた。


――なんで。


悲しいと思った。いや、怒りさえ覚えた。


――なんで今あなたが、こうしてここに現れるの。


ベッドに投げ出された自分の足を、そっと絨毯におろす。立ち上がろうとしたけれど身体が動いてくれず、仕方なくそのまま布団に腰をおとした。

タイムは何も言わないまま、フードをはずす。

現れた色素の薄い髪は彼の容姿によく合っていて、人外の名をいっそう引き立てていた。

しばらく重い沈黙が流れる。

ひどい。来たのはそっちなのに、どうして無言でいるの?


「……ねえ、タイム」


息苦しい空気に耐えきれず、わたしは声をかけた。彼は微動だにしない。


「ごめん、わたしまだ帰れない」


一瞬、部屋の温度がわずかに下がったように感じた。


「……ずいぶんと我が儘になったものだな」

「勝手なのは分かってる。でも、わたし帰る前に白うさぎくんと女王様に理解してほしい。分かってほしいんだよ」

「……」


何を、とは聞いてこない。ただ鋭い目でわたしに向けてくるだけ。だからわたしは続けた。


「わたしはまだ子供で、だからこれはわたしのエゴかもしれない。でも、あんな風に命を軽くみないでほしいの」


きっと、この国でおかしいのはわたしの方。でも、誰かが死んで誰かが悲しむのは同じでしょう?

再び訪れる沈黙。わたしは手のひらを爪が食い込むくらい強く握り締め、タイムの瞳を見据えた。



「お前が、幸せを感じるのはどんな時だ?」


やっと口を開いたかと思えば、彼が言ったのはそんな言葉だった。


「……は?」


なにを言ってるんだこの人は。わたしの幸せなんか聞いてどうするのだろう。

え、なに? 私がお前を幸せにするみたいなアレ?


「あの、悪いけどわたし年下しか興味ないので」


絶対零度の目を向けられた。

冷たい! 冷たいよ!


「そんなに引かなくてもいいじゃん!」

「早く答えろ」

「無視!?」


……いまわたしの中で嫌いランキングはぶっちぎりでコイツになったと思う。

そんなことを考えつつも、タイムが視線で答えを促してくるので、わたしはひとつ咳払いをした。


「え、えっと、美味しいもの食べたり子供と遊んでるとき……かな」


我ながらささやかだと思うけど、普通はこんなもんじゃない?

それを彼も理解してくれているのか、タイムは突っ込んでこない。いや、むしろ満足げに頷いてさえいる。

そして彼はまた問う。


「もし、それを否定されたらお前はどうだ? 怒るか?」

「怒りはしないけど、あまりいい気分じゃないかな」

「だろうな。当然だ」


おお、時の支配者に共感されちゃったよ。

――でも、そうだよね。幸せは人それぞれとはいえ、自分の価値観を否定されたら悲しい。

だけど、今それがなにと関係あるのだろう?

そんなわたしの疑問に答えるように、彼はそして、と言葉を続ける。


「人の幸せは必ずしも理解されるとは限らない」

「……それは分かるけど」

「分かっていない。分かっていたら、そのようなことを言えるはずないだろう?」

「なに言って」

「女王は止められるとしても、アレは無理だ」

「ちょっと待って。話が読めない」

「アレの幸せがお前に分かるか?」


言葉を発しようとすれば遮られる。わたしは無意識に生唾を飲み込んだ。

彼の言いたいことを、なんとなく理解できてしまったから。


「アレは、血を浴びることを幸福と思ってる」


――それはまるで


「お前はそれを止められるか?」


――死刑宣告。


そんな権利、わたしにはない。でも、見過ごせない。……どうしろって言うの。


どうしてそんなことを言うのと、詰め寄りたい。だけど、できなかった。

強く握りすぎて、手のひらに爪が食い込む。血が出てるかもしれない。痛い、痛い。どこもかしこも、痛すぎて泣いてしまいそうだ。

俯くわたしを、タイムは見下ろしてくる。空気が揺れて、彼がため息をついたのが分かった。


「本当は違う用で来たが、出直す。今のお前に言ったところで、火に油を注ぐだけだろう」


なにが。そう尋ねたつもりが、声になってなかった。


行ってしまう。消えてしまう。いつものように、風と共に。


次はいつ会えるかなんて、絶対わからない。


それでも床から目が離せなくて。それどころか、早く消えてしまえとさえ心中で叫んだ。




きっと、今顔をあげればあなたはいない。







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