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第102話:鎮魂歌



たとえば、今まですべて笑って受け入れてもらっていたのに、突然拒まれたら?

わたしは、苦しい。ジェットコースターで急降下する時に内臓が浮き上がる感覚と同じくらい苦しい。


……ちょっと違うか?


そう、むしろ食べ物が間違った器官に入って咳き込んだ時と同じくらい苦しい。

あれ、周りの人は笑ってるけどこっちは死にそうなくらい辛いんだよね。しゃべれないし息も出来ないしもう自分死ぬんじゃないかって思うくらい。

なのに周りは笑ってるしさ、なんかそれが悔しいよねー。


……あれ、わたしなんの話してるんだ?


いや、だからね。つまりそれだけショックだったってこと。




「「はぁ……」」


昼下がり、庭に面した廊下に腰を下ろして無意識についたため息が、他の誰かと重なった。

それに驚いたわたしは首をぐるりと横に回すと、相手も同じ行為をしたようで目が合った。

そしてそこにいたのは、黒いワンピースに白いエプロン、そして控えめなヘッドドレスと、完璧なメイドさん。


「ア、アン」

「アアア、アリス様! いつからそこに!?」

「アンこそなんで……」


そう言ったところで、アンは顔をくしゃりと歪めた。

――あ、やだ。わたし今日悲しそうな顔ばかりさせてる。

とっさに先程の少年の顔が浮かんで、胸の奥がキリリと痛む。何があったんだろう、と思うと同時に、何かしてしまっただろうかと不安になる。


「「はぁ……」」


……またため息がかぶった。わたしとアンは目を合わせて、ひとつ苦笑をこぼした。


「……アリス様、私はメイド失格かもしれません」


不意に、アンがそんなことを呟く。独り言のような声の大きさだけど、間違いなくわたしに向けての言葉。

だからわたしは、どうして?と俯く彼女に問い掛けた。


「踏み込んではいけないところまで、踏み込んでしまったのです。いけないと、深く理解していたのに。私のような身分の者が助けになろうとなんて、…自惚れていました…!」


急に泣き崩れたアンにわたしはギョッとした。言ってる内容はどこかちぐはぐで上手く理解できない。

だけど、あのしっかり者の彼女がこんなにも追い詰められているていう事実に、驚いてならなかった。

声をかけようと手を伸ばしたとき、アンは涙もそのままに顔をあげて言う。


「でも、私…それ以上に、踏み込んでしまった自分よりも、あの時白うさぎ様の悲しそうな表情を見て、一瞬でも可愛いと思ってしまった自分が許せないのです私のばかぁぁぁ!」



………。

ああ、やっぱり白うさぎくんのことか。そう頭の片隅で微かに思う。


「本当に私は、なんて愚かなのでしょう! 苦しんでる表情を綺麗と、可愛いと思うなんて、メイドとして、いいえ人として白うさぎ様に向ける顔がありません…!」


わっと泣き始めるアンを前に、わたしはどう慰めるか迷ってとりあえず手を彼女の頭にのせた。

年上であろう人を慰めるには、どうしたらいいのだろう。…悔しいけど、分からない。でも


「ああ、なんであんなに美しいのですか!」


その気持ちは、分かる……!


わたしも血まみれの白うさぎくんを前に抱きしめたりしてたし。あ、詳しくは第79話で。


「あ、あの可愛さは犯罪級だよね……」


わたしがやや上擦った声で言うと、アンは涙目のまま何度も頷いた。

そう、瞼を閉じれば白うさぎくんの色んな表情が浮かぶ。そのどれもが可愛い。

照れたようにはにかんだ表情、寂しそうに目を伏せる仕草、そして触らないでと言った、泣きそうな顔。

――……まずい、また落ち込んできた。

そんな心情が顔に出てしまったのか、アンが心配そうに眉をさげて覗き込んでくる。

それに胸がギュッとした。先ほどのことをすべて話してしまいたい。聞いてもらいたい。

だけど、今はわたしがアンの話を聞いていて。何があったかは分からないけど、ただでさえ混乱している彼女をもっと困らせるのは違うと思った。


なのに、胸の痛みは止まらなくて。


あの時はひたすらびっくりしただけだったけど、今になって涙腺が緩んでくる。鼻の奥がツンとして、油断したら涙がこぼれそうだ。


「アリス様……?」


うつむくわたしにアンが手を伸ばしたとき


「あら、2人して何してるの?」


鈴を転がしたような可愛らしい声がすぐ後ろからした。


「あ、女王陛下!」


アンの言葉にわたしも振り向きそして、……絶句した。

麗しい容姿をした、血まみれの少女の姿に。





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