第10話:ティーパーティー
「お茶会に行きませんか?」
全ての始まりは、白うさぎくんのこの一言だった。
わたしは今、白うさぎくんから貰った地図を持って海沿いを歩いている。
「んもう、靴のなかに砂が…」
そう文句を漏らしながらも、わたしは砂浜をザクザクと進んだ。
あまりに退屈そうなわたしを見かねた白うさぎくんが、外出を勧めたの。
だから歩いてここまで来たんだけど、いかんせん。歩きにくいったら。
「でも気をつかってくれたんだよね、白うさぎくん」
そんな少年の優しさを無下にはできない。
なんでも、白うさぎくんのもとにお茶会の招待状が来たらしい。でも彼は予定があって、行けなかった。
そこで、わたしに『代わりに行って下さりませんか?』って。退屈で死にそうだったわたしは、即答した。もちろん、YESってね。
「……にしても、遠いな。まだ着かないの?」
わたしは手のなかにある地図を見た。地図ではこの辺りのはず。でも、こんな海の側でお茶会?
はぁーと盛大なため息をつき、さて探そうと見渡したとき、わたしは見つけた。
真っ白なペンション。その小さな庭で、笑いあってる二人の人物。
テーブルの上には、サンドイッチ、ケーキ、そしてティーセットがある。
――あれだ!
やっと目的地を見つけたわたしは、意気揚々に駆け出した。
「あ、あの!」
わたしが声をかけると、二人は振り返る。
――…わお。。
わたしはその二人を見て、感嘆の吐息を漏らした。
ひとりは白いタキシードを着た男の人。見たところ、20歳前半って感じだ。漆黒のシルクハットと、白いタキシードのコントラストも素敵。胸もとの薔薇がモノトーンに赤く映えている。伏し目がちにカップを持つその仕草はとても上品で、優雅な雰囲気をまとっていた。
そしてもうひとりは、ずいぶん幼い男の子。10歳未満かな。ぶかぶかのニット服を着て、テーブルに伏せている。重たそうな瞼、今にも夢のなかに行ってしまいそう。キャラメル色の髪は、ふわふわの緩いパーマがかかっていて。その頭には、丸い動物の耳が……。
――ええ!? 耳!?
この世界に来て、二人目の半獣少年だ。いや、三人目? 確かあの人にもネコ耳がついていた。
「ん〜。君…だぁれ……?」
男の子がチーズケーキをフォークでつつきながら、わたしに尋ねる。
ハッとしたわたしは、丸い耳が気になりつつも、わけを話した。
「じ、実は白うさぎくんの代わりで…その、わたしアリス=リデルっていうの。それで」
「なんやて!?」
わたしの言葉を遮った、癖のある口調。
――え?
わたしが不思議に思い首をめぐらせば、今の声の持ち主が表情を歪め立ち上がっていた。
「伯爵は来ないんか!?」
「は、はい…」
「あー、有り得へん! 頼み事があったっちゅうのに」
そう嘆いて、シルクハットの青年はガシガシと頭、もとい帽子を掻く。
え、ちょっと待って。今この人が言ったの? この優雅たっぷりな人が?
ないないない。見た目と違いすぎるって。最悪だわ、イメージぶち壊しじゃん。
しばらく騒いでいたけど、ようやく落ち着いたのか、その人はため息を吐き出して椅子に腰かけた。
男の子はうつらうつらしながら、チーズケーキを食べている。
「……でお嬢さん。アリスゆうたっけ? 伯爵の代わりっちゅう事はアンタ使用人か?」
「…メイドさん……なの?」
! 使用人!? メイド!?
「ち、違うから! わたしは白うさぎくんの……!」
あれ? 白うさぎくんの──なんだ?
被害者? いや、でも別にもう許したし。じゃあ
「……居候?」
「なんで疑問系やねん」
まともなツッコミを入れられた。でも、他に言いようがないんだもん。かと言って、全部話すと長くなるし。
そんなことを思っていると、青年が紅茶を飲みながら
「居候かぁ……。伯爵ンとこにそんなのがいたとは、初耳や」
と、呟く。
「そんなのって……。まぁ、最近のことだから」
知らない人が多い、と付け加えた。
知ってるのはたぶん、白うさぎくんと女王様と、あの怪しい猫。あ、そういえば、ジャックは知ってるのかな?
「ふーん? まぁええわ。俺は帽子屋。好きなものは甘いもの。嫌いなものはマナー知らずや」
以後よろしゅうな、とにこりと笑う。
うーん、やっぱその顔にその然りのある口調は似合わない。アンバランスにも程がある。
「…ヤマネ…」
「え?」
眠たそうにしてる男の子が目をこすった。
「ああ、そいつの名前や。ヤマネっちゅうねん。まぁコイツはほとんど寝とるから、コミュニケーション云々は考えんでええ」
代わりに帽子屋が説明する。確かに、今にも寝そうだわ。眠いなら寝ればいいのに。
「ヤマネくん……か」
これはヤバイと思う。白うさぎくんに劣らず可愛い。パーマとか、だぶだぶの服とか、眠たそうな瞳とか、いちいちクる。
え? 何がくるって?そりゃあ、わたしのラブメーターよ。
「おいアリス。そんなところにつっ立っとらんで、座ればええやろ」
「いいの?」
「当たり前や。立ってお茶会に参加するなんて、非常識やで」
「…それもそうだね」
言われた通り、わたしは椅子に座った。帽子屋の隣に。
「あ、あかん! そこの席は」
やけに焦った声色の帽子屋が、その言葉を言いきることはなかった。何故なら
「そこは僕の特等席ッ!」
「え? ブッ!!」
背後から愉快げな声と一緒に、衝撃がわたしの背中を襲ったから。
「あっつぅぅぅぅぅぅ!!」
カップが倒れて、紅茶がわたしを濡らした。