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エクシィズ ~超人達の晩餐会~  作者: シエン@ひげ
『敗戦勇者と勇気なき街娘編』
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第82話 vs当たりくじ

 マリリス・キュロは一人、トラメットの街中を車椅子で移動していた。幸か不幸か、彼女の座る車椅子はボタン一つで前進する優れものである。なんとか鞭になった右手を巻きつかせてそれを器用に操作しつつも、彼女は人混みの中を直線に進んでいく。


 布で覆いかぶさった顔からは、表情は読み取れない。ただ、時折吐き出される溜息が彼女の重苦しい精神状態を表現していた。


 ダークストーカーが出現するよりも数十分前に、メイドのシャウラとの語り合いは終わった。

 だが、一方的ともいえるその会話は、彼女にとって重り以外の何者でもない。


「……なんで私が」


 誰に向かって吐き出した言葉でもない。

 ただ虚空へと向けて呟かれた小さな声は、風の音にかき消される。


 彼女は冷たい空気を感じながら、シャウラの自宅でのやり取りを思い出す。


 確か、自宅に招待されてからすぐに紅茶を出された。

 しかしながら、マリリスの現状は両手が無いのに等しい。無言でそれを訴えると、シャウラは悪びれた様子も無くストローを用意してきた。


「これで飲める?」

「え、ええ……まあ」

「そう、よかった」


 それだけ言うと、サソリメイドはストローを乱暴な手つきでカップの中に突き入れた。普段からこんな勤務態度なのかと疑いつつも、マリリスは遠慮がちに問う。


「あ、あの。さっきのはどういう意味でしょう」

「そのままの意味よ」


 自宅に招かれた際、マリリスは言われた。

 もしかすると、お前がこの国を救うのかもしれない、と。正直な所、心当たりがある訳でもないし、出来るとも思えない。


「私、アーガス様や反逆者様と比べても弱いです」


 身体が変化した今でも、それは自信を持って言える。

 大樹の中で見せつけられた人外魔境の戦いを見て、自分は到底あそこに立ち入りできる人間ではないと実感していた。最初から立ち入る気など毛頭ないが、少なくともこの瞬間のマリリスはそういう力を求められているのだと思っていた。


「知ってるわよ、そんなの」


 しかしシャウラはその言葉をあっさりを受け入れる。


「アタシも大樹の中で反逆者が戦う様を見てる。あんなの、急場凌ぎの昆虫人間が何人束になったところで勝てやしないよ」

「だったら」

「まだ気付かないの?」


 シャウラの長い髪の中に隠れたサソリの針が、マリリスの目の前に放りだされる。

 針の先端が机に突き刺さり、紅茶が入ったカップが僅かに揺れた。


「あんた、注入受けて何日目?」

「……今日で二日目です」


 正直な所、マリリスは注入関係の話を聞きたくない。

 あんなものを取り込んでしまったせいで四肢は変わり果て、瞳の色は不気味になり、果てには大好きだったおばさんを殺してしまった。あんなもの、最初からなくなってしまったらいいとさえ思う。


「アタシ、注入を受けてから今日で24時間なの」

「……それがどうしたんですか?」

「はぁー」


 察しが悪いマリリスに呆れたのか、メイドは深いため息をついてから向き直る。心なしか、少し苛立ちを感じさせる表情をしていた。


「わかんないの? アンタは明らかに他とは違う進化をしてるのよ」

「進化?」


 その言葉に、思わず首を傾げた。

 進化。頭の中に思い浮かぶのは、サルがどんどん姿を変えていく人類のルーツの映像だ。

 そんな映像を切り替えさせたのは、次のシャウラの言葉である。


「アタシは注入を受けて、すぐにこの針が生えた。でも他は何も無し」

「え?」


 それはおかしい。

 24時間経過した後、マリリスはまだ身体の変化に頭を悩ませていた。

 それだけではない。注入を受けた以上、頭から針が飛び出す程度では済まない筈だった。少なくとも、マリリスは身体全身に影響を受けている。

 後頭部だけで済んでいるシャウラが、羨ましく思える程だ。今、自身を覆い隠す布を取り外したら、マリリスは自分の姿を直視できる自信がない。


「それは――――」

「おかしいのよ。アンタだけ、明らかに異質な進化を遂げている」


 確かに、聞いている限り非常に異質である。

 だがそれよりもマリリスの耳に残るのは『進化』というキーワードだ。


「進化とはどういう事ですか?」

「言葉通りよ。あれに注入を受けると、細胞が異常活性化されて、進化するの。ほら、魚も足が生えて陸にあがったっていうじゃん」

「こんなものが!」


 シャウラの例え話を聞いた瞬間に、マリリスの理性は吹っ飛んでしまった。彼女は両腕の布の中から両腕をメイドに見せつけ、左の鎌を机の上に叩きつける。


「こんなのが、進化なんですか!?」

「そうよ。望んだからアンタの腕はそうなった」


 一般的に。

 進化とは生物が世代を渡るたびに起こしていく変化のことを指す。

 シャウラの言うように『望んだからそうなっていった』という主張は一概にそうは言えないが、キリンが首を伸ばした理由が高い所にある食料を得る為であることを考えても、あながち間違いではないかもしれない。


 ただ、今この現状において、マリリスはその言葉を受け入れることができなかった。


「じゃあ、私は望んでおばさんを殺したんですか!?」

「結果的にそうなるわね」


 七色に光る瞳がシャウラを射抜く。

 当の本人は全くひるむことなく、マイペースに話し続けた。


「話は戻すけど、少なくともアンタは今まで注入を受けた誰と比べても変化が激しいの。それこそ24時間経過した後でもまだ進化を続けてるわけだしね」


 ゆえに、シャウラは思う。


「アンタがその気になれば、あの化物と正面から戦えるように進化すると思うの」

「――――わ、」

「いいわ、何も言わなくても」


 正直、突拍子の無い話だと自分でも思う。

 確証のある話でもない。だが、言っておきたかった。


「アンタが羨ましいの」

「やめてください!」

「いいえ、やめない」


 彼女には酷かもしれないが。

 マリリス・キュロが受けた注入は宝くじの一等だった。

 国の誰もが見せつけられた、英雄の敗北。圧倒的すぎる敵の力。

 それに立ち向かえるだけの細胞の組み換えが、可能になる。


「私たちは自分で志願したわ。結果的には騙されたけど、戦える力を得る事が出来るならそれで構わないって思った」


 だが実際戦ってみればどうだ。

 新人類の男一人に大人数で襲い掛かっておきながら、なんのダメージも与える事が出来なかった。自分たちは外れくじを引いたのだ。


「神様は不平等よ。望んだ奴の所に当たりなんて来ない」


 当たりを引いたのは、平凡を望んだ少女だった。

 その事実が、シャウラには堪らない。もし盗める物であるのなら、スってしまいたいとさえ思う。


「アンタが当たりを引いた。それが全部よ」

「……どうしろっていうんですか、私に」


 外れくじを引いたサソリメイドは意地悪な笑みを浮かべつつも、言う。


「戦いなさい」


 それはあまりに冷酷な言葉だった。

 マリリスは戦いを志願したわけではない。この力で戦いたいと思ったことなど、ない。

 捨てて、誰かに渡せるなら今すぐにでも渡してやりたいとさえ思う。

 だが今回の当たりくじは、そういう少女の所に舞い込んだ。


「分かってるんでしょ。もう他の連中がどんなに頑張っても、アレに勝てないって」

「まだアーガス様もスバルさんも生きてます!」

「同じことよ」


 仮にも主君であり、国の英雄であるアーガスに対してこの態度。

 休暇を貰ったサソリメイドは、とことん自由に振る舞い続けた。


「縦にぶった切られて」


 マリリスの脳裏に、縦に割れたまま動き出した巨人の姿が浮かび上がる。


「身をガンガン削られて」


 新人類の中でも屈指の攻撃力を誇る男に身体を削がれつつも、反撃の機会を伺った巨人の姿が浮かび上がる。


「それでも、まだ。アイツは生きてる」


 例え昏睡状態に陥った新人類が復活しようと。

 英雄が本気で挑もうと。

 旧人類希望の星の少年がその気になっても、勝てない。

 アレはそういう生き物だ。そして大きなダメージを負うたびに、どんどん強くなる。


「誰も勝てないなら、せめて宝くじに賭けてみたいと思わない?」


 力ない笑みを向けられた。

 マリリスは反射的に目を逸らし、再び腕を布の中へと押し入れる。


「まだ、皆が戦ってくれます」

「そんな事言うんだ」


 彼女はあくまで戦士たちが勝利すると考えたいようだ。

 望むのは別にかまわない。だが、それ以上にむかついたのは、自分の可能性に目を背け続けることだ。


「やれることは全部やっちゃった方がいいと思うわよ。少なくともアタシはそうやって志願したし、彼もそうだった」


 サソリメイドの言う『彼』が正確には誰のことを示しているのか、マリリスにはわからなかった。

 分かりたいとも思わない。


「私に、同じものを求めないで!」


 辛うじて、それだけ言えた。

 マリリスは車椅子に乗ると、振り返ることなく玄関へと進んだ。その間、シャウラの瞳がずっとこちらを見ていたのだけは、なんとなく分かってしまった。


 彼女の視線から逃げるようにして飛び出してからは、ただ時間を浪費するかのようにして街を徘徊するだけである。

 周囲を見渡すと、何時の間にか獄翼と見知らぬ黒い機体が寄り添いあって武装の交換をしていた。長い砲身を手渡しているのに目が行く。恐らくあれがスバル少年の持つ第二の切り札になるのだろう。


 だが、サソリメイドはいった。

 それでも勝てないだろう、と。


 マリリスの目から見ても、今獄翼が握った砲身は20メートル以上はあるように見える。そんな巨大な砲身から放たれる一撃はどれ程の物か、想像するに容易い。


 だが例えそれを受けたとしても、あの巨人は――――


「!?」


 その光景を想像しかけたところで、首を横に振った。

 己の脳にこびりついたイメージを振り払うようにして顔を背けると、彼女は空を見上げる。


 なぜ、自分なのだろう。

 戦えと言うのは、簡単だ。だが自分はあの少年のように開き直れる気がしない。

 もしも彼らが本当に負けてしまったとき、この街はどうなってしまうのだろう。

 自分はどうなってしまうのだろうか。


 言葉にならない不安が、マリリスを埋めていく。

 そんな彼女の視界に、黒い点が映った。


「え?」


 最初は鳥か何かだと思ったが、違う。

 雲の中から現れたソイツは、黒い斑点となってまっすぐ街の中に降ってくる。


 落ちてくる。


 飛んでくる。


「……きた」


 トラセインを襲った巨人が、地響きを起こしつつも住宅街のど真ん中に着地した。

 頭部にくっついている青い結晶体が淡く輝くと同時、巨人は大きく背を伸ばして雄叫びをあげる。


 堂々とした、新生物の登場だった。

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