第81話 vs姉妹と再会と
旧人類代表、蛍石スバル。
トラセットの英雄、アーガス・ダートシルヴィー。
新人類軍所属、メラニー・フォン・エリシャル。
新人類軍XXX所属、カノン・シルヴェリア。
その妹、アウラ・シルヴェリア。
プチ連合軍における現在のメンバー構成である。恐らくはこんな事態でもなければ協力しえないメンバーだろう。
特に旧人類と新人類が争っているこの現代において、新人類軍に所属している者が旧人類と協力しているのは、ゴシップ記者ならすぐさま飛びつくびっくりニュースだ。
「いやぁ、でも本当によく来てくれたな。正直助かったよ」
シルヴェリア姉妹をマンションに迎え入れ、スバルは言う。
その歓迎を受けて、カノンとアウラは思わずはにかんでしまった。
『えへへ……師匠とリーダーたちの為なら例え火の中水の中あの娘のスカートの中。どこにだって駆けつけちゃいます!』
「姉さん、最後の一つは色々と拙いのでやめましょうね」
機械音声で喋る姉を軽く小突いて、アウラが言う。
彼女の首もまだ包帯が残っているが、どうやらエレノアにやられた傷は喋れる程度には回復しているらしい。
「妹さんも傷は大丈夫なのか?」
「はい。お陰様で何とか。それに」
アウラが若干表情を暗くする。
「リーダーたちがやられたとあっては、私たちは黙っていられません」
氷のように冷え切った瞳を向けられ、反射的にたじろぐスバル。
正確に言えば、巨人に向けられた物なのだが、結果的に正面にいる少年を射抜く羽目になってしまった。
『それで、師匠。リーダーたちは?』
カノンも同様だ。彼女の瞳は長すぎる前髪で覆われている為、どんな目をしているのか見えないのだが、その奥に潜む怒りの感情は爆発寸前である。
もしこの場に巨人がいれば、宣言通り股間に蹴りを入れて電撃を流しに行くことだろう。
「……今も眠っている」
「医者が言うには、脳の伝達を狂わされたらしい。巨人による音波攻撃の影響だ」
後ろにいるアーガスがシルヴェリア姉妹に近づくと、灰色の薔薇を渡した。
「持っていると良い。小さいながらもバリアを発生させる美しい薔薇だ。君たちにとっては防護服代わりになる」
「あれ?」
その薔薇を見た時、スバルは思い出す。
ヒメヅルから離れる際、彼に手渡された物と同じ代物だった。
「その薔薇って、そんな機能があったの?」
「うむ。まあ、今まで君が美しく戦ってきた連中の本気を受けたらひとたまりもないがね」
一応、当時は身を案じてくれていたらしい。
まさか彼にとっても、この少年とこんなところで共同戦線を張るなど夢にも思わなかっただろう。
「さあ、役者はそろった」
英雄の眼光が鋭く光る。
自信に満ちた笑みを4人が確認すると、全員がアーガスの言葉に耳を傾けた。
「数えられる戦力は五人。直接巨人の相手をすることになるであろうブレイカーは二機」
いずれも装甲が薄いミラージュタイプ。
一撃を受ければ、そこでお終い。現に獄翼もナイフの一突きで飛行ユニットと肩を負傷している。これがアーマータイプだったらもう少し耐えれたのだろうが、ミラージュタイプなんだから仕方がない。
「敵は空を飛ぶ。空中戦になった場合、来たばかりで非常に心苦しくはあるが君たちに任せることになる」
この場にやって来たばかりのシルヴェリア姉妹が、揃って真剣な表情を向ける。彼女たちも覚悟の上だ。敵が何者で、この場が今どうなっているのか師匠から聞いている。
だからこそ、無理を言って超特急で準備をした。
そして持ってきた。今持ち得る最高のダークストーカーを。
「やってくれるか」
『了解』
「こっちは最初からそのつもりよ」
場の雰囲気から、なんとなく指揮官はアーガスだと理解しているらしい。
彼女たちは迷うことなく英雄の言葉に頷いた。
「うむ。美しい返事だ」
何故か胸ポケットに差してあった薔薇を抜き取ると、口に咥えはじめる英雄。客観的に見て、非常にキザである。
だが何時ものことなので、スバルもメラニーはなにもツッコまなかった。
横でカノンとアウラが『何アレ』『きっとガムみたいに噛んでないと落ち着かないんですよ姉さん』などと囁き合っていても、彼はたじろぐことなく続きを口にする。
「地上からは東にスバル君。君は奇襲に全力を注げ」
「オーケー」
主力になりえるダークストーカーの参戦は、少年の負担を大きく減らすことになった。
飛行できない今、彼に出来る事は地上に降り立った巨人に切りかかる事だろう。それもいるのといないのとでは大きく違う。
「スバル君とは反対の位置。西側にメラニー嬢」
「了解です」
机の上に広がっているトラメットの地図に三つの点が描かれる。
アーガスはそれらを線で結ぶと、最終的にはその中央に新たな点を記した。
「私は遊撃に入る。中央は私だ。敵を確認できた時点で、私が呼びかける」
『無視された場合は?』
カノンが問う。
仮に弟と父親の意思が残っていたとしても、これ以上国に仇を成すのであれば答えは一つだ。敗戦勇者の腹は決まっている。
「総攻撃だ。私だけではない。君たち全員の持ちえる全てを使って、奴を倒す」
その為にも、準備は更に万全にしておかなければならない。
アーガスはこの場にいる者に向け、言う。
「総員、直ちに配置へつくのだ。連絡はメラニー嬢の折り紙を服に仕込み、念ずることで行う。ダークストーカーと獄翼は今の内に装備の組み合わせも検討しておくといいだろう」
タイムラグを考慮した結果だった。
名を呼ばれた三角帽子の少女は、手の中に5枚の折り紙を収めている。
「各々、傍にいなければならない人がいるだろう。今日は解散とする。巨人が現われたら全員で連絡を取り合うこと。現れない場合、明日は朝九時に一旦この場に集合だ」
その決定に、全員が静かに頷いた。
解散後、スバルとシルヴェリア姉妹は機体を移動させて、トラメットの東側の鋼壁へとやってきていた。
スバルは獄翼のコックピットの中で改めてダークストーカーを眺め、思う。
最終決戦に出向くシュワちゃんみたいだな、と。
ダークストーカー・マスカレイドが持ってきた武装は、関東の山奥で戦ったときに比べても量が多い。機体名に『決戦仕様』と追記されても違和感のない出で立ちだ。
第一に、大砲の砲身なんじゃないかと思える巨大な銃を担いでいる。
そして腰にアルマガニウムの刀を携え、両腕には二基の電磁シールド。足にはナイフも装填されている。スバルは知らないが、膝には隠し武器としてもレーザーブレードも準備されている。
「すっげぇな。よくこんなに持ってこれたもんだ」
以前、オフ会に出発した際の自分の出で立ちを思い出す。
気合を入れすぎて全身を着込み過ぎ、達磨のように膨れ上がった苦い経験だった。
「仮面狼さんもあれから大分装備を失ったと聞いたので、多めに持ってきました」
「え、俺の為に!?」
「そうですけど?」
獄翼の後部座席に座るアウラが、何を言ってるんだとでも言わんばかりに首を傾げる。彼女は現在、獄翼のサブパイロットにならざるを得ない場合に備えて、後部座席の仕組みを勉強中だった。とはいっても、精々モニターの動かし方とか、SYSTEM Xがどこで起動されるか程度しかやることはないのだが。
「いやぁ、なんか悪いな。で、どれを使ったらいいんだ?」
「望むなら、ダークストーカーに搭乗しても構いませんよ」
「いや、流石にそれはな」
ゲームの中の弟子の専用機である。
わざわざ現実世界に再現させたものを、おいそれと他人に譲ったらいけない気がした。
それ以上にあの機体は新人類が二人上乗る事で真価を発揮する。
旧人類であるスバルが乗ったところで、あの機体のポテンシャルを発揮させることはできない。
「取りあえず、気になるのはあのドでかい銃だな」
獄翼と同じく、ダークストーカーは加速力勝負の接近戦を得意とする機体である。
言っちゃあなんだが、その機体が自身の身の丈以上もの長さを誇る砲身を抱えて勝負できるとは思えない。というか、あんなのあったっけというレベルだ。
「あれは今日、王国から拝借しました」
「どうでもいいけど、有休なのによくこんなフル装備のダークストーカーを持ってこれたよね」
傍から見れば立派な決戦兵器である。
あれが街中で暴れただけで、その日のニュースの一面はいただきだろう。
「ほら。有休中に何かあったらいけませんから」
「護身用のレベル軽く超えてるよこれは!」
特に刀と砲身。前者は一本を貰った身なので、その切れ味は十分承知である。
だが今回取り出してきた砲身は明らかに護身用の範疇を超えている。
人間で言えば象用ライフルだ。どこに旅行したらこんな物騒な代物を使う機会があると言うのか。
「……まあ、今まさに使う所なんだけどさ」
「うふふ。じゃあ、あれは仮面狼さんに差し上げます」
シンジュクではあまり見れなかった笑顔を見せ、アウラは言った。
不意打ちにも近いそれを後方から受けた少年は思わず赤面するが、同時に思う。
なんか彼女たちも大分柔らかくなったな、と。
少なくとも妹のアウラと自分の関係は、カノンに比べてそんなに深くは無かった。今思い出しても、少し距離を置かれていた気がする。
まあ、カノンがぐいぐい接近してきちゃうタイプなので、十分近い位置にいたのかは分からないのだが。
「なあ、妹さん」
「なんです?」
「ちょっと棘が無くなった?」
試しに率直に問うてみた。
すると、後方に陣取る彼女の機嫌は悪くなっていく。僅かに頬を膨らませ、『む』と小さく呟いてからアウラは言った。
「どういう意味です、それ」
「いやさ。シンジュクじゃそんなに笑ってくれなかったなぁって」
「そうでしたっけ?」
首をひねり、アウラは思い出す。
言われてみればそうだった気がする。アウラの頭の隅にあったのは、常にカイトへの葛藤であり、ちょっぴり残念な姉への気遣いであり、同時にこの頼り無さそうな少年の観察だった。
しかしそれも今となっては、姉への危惧を残すのみとなっている。
「んー。まあ、悩みが二つ減ったからですかね」
「二つもあったっけ?」
スバルが知る彼女の悩みは、カイトの一件のみである。
その為、彼は自然に質問を投げかけた。自分がその張本人などとは露とも知らずに。
「あったんですよ」
多分、実際に組み手をしたら彼はあっさりと負ける事だろう。
そういう意味では彼に敬意を抱けない。
だが、
「感謝してるんです。一応は」
「何か言った?」
「いーえ。別に」
今、アウラの眼前に座る少年は以前あった時に比べて格段に頼もしく見えた。
関東の山奥で姉に包丁を突き付けられた際、あまりの恐怖におしっこを漏らした人とは思えない。漏らすなというのが酷な話だが。
「……ちょっとかっこよくなりましたよねぇ」
「へ?」
「前見て作業しましょうね」
くすくすと笑いながら、アウラは少年の背中を見守る。
視線を向けると同時、顔に少しずつ熱が籠っていったのだが、彼女はそれに気づくことなく視線を送り続けた。




