第80話 vsプチ連合軍
「たのもおおおおおおおおおお!」
ずばん、と集会所の扉が開かられる。
中で打ち合わせを行っていたアーガスとメラニーは目を点にしつつも、来訪者に視線を送った。
つい数時間前に、この部屋から出て行った少年だった。
「おお、スバル君。どうしたのだね」
先程の険悪な雰囲気はどこへいったのやら。
再びマンションにやってきた少年に対し、アーガスはできるだけ明るく対応した。ずかずかと奥に入り込んでくる少年が、やたらとほがらかな笑顔なのも不気味である。
「て、いうか。『たのもー!』って道場破りじゃないですか」
少年の発する異様なオーラを敏感に察知したメラニーは、半目になりながらスバルに言った。
彼女の本能が告げている。目の前に新しい馬鹿がいるぞ、と。
メラニーは仕事の都合で馬鹿との付き合いが長い。その為、馬鹿の見分けには少々自信がある。自慢できない特技ではあるが、そんな彼女の嗅覚が静かに告げていた。
この少年は暗黒馬鹿空間に飲まれたのだ、と。
つい数時間前までは、そんな気配はなかった。
それなのに再び戻ってきたと思えば、24時間笑いっぱなしではないかとさえ感じる笑顔で接近してきている。
はっきりいうと、怖かった。
「アーガスさん。俺も戦うよ」
「おお!」
2時間前、英雄に怒鳴ったとは思えない程の清々しい笑顔である。
「どういう心変わりですか? まあ、こっちはブレイカー動かせれる人間がいた方がいいですけど」
「馬鹿になる事にしたんだ」
「は?」
本当に馬鹿になって帰って来たらしい。
返答が理解不能だった。何か意図があるのではないだろうか、と思って頭を捻ってみたが、やはり何も思い浮かばない。
「俺って奴は頭でうじうじ考えてても仕方ないんだよ。だから身体に任せることにした」
「一皮むけたようだな、スバル君。今の君はヒメヅルで見た時に比べ、美しく光り輝いているぞ」
先程まで恨みをぶつけてきていた相手と、がっちり握手する英雄。
軽い。なんというか、これでいいのか。
「正直な所、それでもアンタ等と一緒に戦うのに抵抗が無いってわけじゃないんだ」
握手をしたまま、スバルが言う。
笑顔に若干陰りが見え始めてきていた。少し落ち着いてきたように見えなくもない。
「でも俺にやれることがあるなら、最後までやりたい」
「わかった。改めて、ようこそ蛍石スバル君。我々は君を歓迎しよう」
「我々っつっても、二人しかいませんけどね」
メラニーが野暮なツッコミを行うも、二人の馬鹿は意に介した様子はない。
その態度に若干の苛立ちを覚えるが、メラニーはあることに気付いてスバルに話しかけた。
「布きれ女は?」
「あ」
「ちょっと」
ここでその一言は無いだろう。
メラニーは頭を抱えながら馬鹿を見やるが、アーガスは対照的にどこか納得した様子だった。
「ふむ。まあ、それが美しい選択だろう」
今度の戦いは恐らく、彼女を庇いながら行えるものではない。言い方は悪いが、戦えない者は邪魔でしかないのだ。
それならば、最初から居ない方がいい。倒れた仲間たちの様子を見ることができる者も必要だ。
「あ、後で本人にきちんと謝るよ! それで、状況は!?」
「うむ。先ず、ネックなのが避難だ」
テーブルの上に広げてあるトラメットの全体図を示し、勇者は説明する。
この街は鋼の壁に覆われた住宅都市だ。だが、あの巨人のように空を飛んで侵入されればひとたまりもない。
「彼らにも生活がある。なるべく非難するように言っているが、24時間で行えるものではないだろう」
ゆえに、最悪住民が逃げている途中で戦う事を想定する。
その為に必要となる要素は、巨人を街の外へと押し出す事だ。
「分かってるは思いますが、これはアンタにしか任せられない仕事ですよ」
「ああ」
メラニーによる厳しい視線を受け止めつつ、少年は頷く。
巨人の体格に対抗できるのは、現状ではブレイカーのみ。この中でそれを最も上手く行えるのは、彼だった。
「獄翼は常に街の中に配置しておきたまえ。巨人が現われたら、すぐさま飛びかかって壁の外へと放りだすのだ」
そうすれば、少なくとも住民たちが食われる心配はない。
自分たちが負けなければ、の話ではあるのだが。
「その後は?」
「……一度、交渉してみるつもりでいる」
相手は知能がある。
話しかければ応じるし、逆に向こうからコミュニケーションをとってくることも可能だった。
だが、大樹の外に出てからの彼の様子は明らかにおかしい。
アスプルを食らって自我が完全に崩壊したのか分からないが、怪獣のように唸りをあげるばかりだ。果たして今の彼がアーガスの言葉に応じるのか、疑問はある。
「ダメだったら?」
「総出で戦う。美しいとは言えないが、今はこれしか無い」
全く作戦とは言えない作戦だった。
勿論、時間が許す限り考えるつもりなのだが、それでも頼れる戦力が少なすぎる。
そして新人類王国は動く気配なし。
自国の守りに専念する構えだ。メラニーも今回は王子の独断に付き合って出撃している以上、下手に応援を呼ぶことができない。
「他に頼る手段があるとすれば、音波にやられた者の協力を得る事だ」
アーガスは思い出す。
神鷹カイトが取り込まれた獄翼を相手にして、巨人はされるがままだった。もしも彼らを復活させることが出来れば、勝率はグッと上がる筈である。
「そういえば、音波にやられた連中は具体的にどうなってるんだ?」
一応、スバルは医者に病状を聞いてはいる。
だが限られた設備しかない病院では、彼らの容態を詳しく調べる事が出来なかった。例えで植物人間と言われたが、正確な病状があるのなら知っておいて損はない。
「……今、この街で一番大きな病院で彼女の上司が眠っている」
その彼女を調べた結果、俄かには信じられない事が起こっていることが判明した。
「スバル君、人間の身体が脳からの命令で動いていることは知っているね?」
「ああ。それがどうしたんだ?」
「彼らは今、その伝達をかき乱されている。喋ろうと思っても喋れず、動こうとしても動けないのだ」
再生能力を保持しているカイトですら未だに昏睡状態にあるのはこれが原因だった。
自動的に傷を治せと細胞に命じるも、その伝達が届いていないのである。
その他の動作も同様だ。
「彼らは今、自分のやりたいことが完全にできない状態だ。もし彼らの伝達機能を修復できれば、可能性は広がる」
しかし、彼らを治す方法があるのか言えば、そうではない。少なくとも今のこの状況で、彼らが復活する可能性は絶望的だ。
「まあ、ここはあくまで現状の確認を含めた希望的観測だと思ってくれたまえ。何か質問はあるかな?」
「質問っていうか、お願いなんだけど」
スバルは獄翼の装備を思い出しながら、言う。
「装備を整えさせてほしいんだ。トラセインの大使館で使えそうな武器をかき集めて来たいんだけど、いいかな?」
現在の獄翼の武装はヒートナイフを失い、刀とダガー、そして頭部エネルギー機関銃にピストルというラインナップである。
この中でもっとも強力な武装は刀なのだが、それが通用しなかった以上、他にも活用できる武装が欲しい。背中に取り付ける飛行ユニットに至っては半壊している。損傷してからすぐに切り離してしまった為、カイトの力が及ばなかったのだ。
「少なくとも、飛行ユニットは代わりが欲しい。でないと、飛べない」
「残念だが、それは難しい」
深く考え込みつつも、アーガスは答える。
「昨日の騒動で、大使館の地下は完全に根が入り込んでいる。倉庫は既に崩壊している認識でいてもらいたい」
「マジかよ……」
武器だけではない。倉庫が封じられた以上、他のブレイカーをそこから準備することもできないのだ。
スバルが頼られた理由は、こういった点もある。
「因みに、この国で他にブレイカーを所持しているのは?」
「ない」
即答されてしまった。
かつては反乱軍と呼ばれる軍事組織もあったようだが、彼らの集めてきた武器は殆どギーマによって破壊されてしまっている。
つまり、自前で何とかするしかないのだ。
「他の国に申請できないのか?」
「やることだけは可能だが、巨人のことを信用してもらえるとは思えん。証拠を集めて提出したとしても時間がかかるし、仮に信用してもらえたとしても自国の守りに専念したいことだろう」
新人類王国がいい例だった。
実際、彼らは襲い掛かってきたところを迎え撃つつもりでいる。巨人が飛翔し、何時、何処に現れるか分からない以上、自国の守りに徹するのは当然の流れと言えた。
「でも、流石に飛べないのは辛いと思います」
珍しくメラニーがスバルの意見に同調する。
客観的に見ても、飛べないブレイカーが飛んでいる巨体を抑え込むのは難しい。
「だが、なんとかするしかあるまい。我々の手で」
「我々の? 誰がやるんです」
「もちろん、美しい私と君だよメラニー嬢」
何を言ってるんだ、とでも言わんばかりの勢いでアーガスが少女を指差した。
「巨人が空を飛ぶなら、それを叩き落とすのは我々の役目だ」
「ハエ叩きと同じじゃないんです。あの図体で! しかも縦に切断されてもぴんぴんしてるようなのを、私たちでどうやって落とすっていうんですか!?」
もっともすぎるメラニーの疑問。
しかしその言葉を受けて、アーガスはすぐさま答えを切り出した。
「だが、我々以外の者に任せる訳には行くまい」
それが現実なのだ。
誰かがやらねばならない。だが他に頼れる者がいない。
ならば、自分たちがやる。当然の流れであると、アーガスは言う。
「そりゃあ……まあ、そうですけど」
バツが悪そうにメラニーは俯く。
獄翼と比べても遠距離で攻撃を仕掛ける事が出来る上に、身を守る事が出来るこの二人が巨人を地面に降ろす事が出来なければ、獄翼は空しくピストルを乱射するだけである。
「だが正直な所、メラニー嬢が言いたいことも分からんでもない」
こうして話し合ってみると、どうしても戦力不足を実感せざるを得ない。
せめて飛行ユニットさえあれば、巨人を街の外へと押し出す算段も整えるのだが。
三人がそう思っていた、まさにその時である。
どしん、と地響きが鳴り響いた。
マンションの一室が揺れ、体勢を崩しながらもスバルが言う。
「も、もう来たのか!?」
浮かび上がる可能性は巨人の襲来。
つい先日、トラセインに降り立った新生物の飛来を、三人は同時に予想した。
「くそっ!」
毒づきながらもスバルが言うと、ベランダへと走って周囲を見渡す。
マンションから見てやや左側に位置する場所に、そいつは降り立っていた。
「あ、あれは……!」
スバルは見る。その巨人の姿を。
忘れる筈もない。あの戦いを。
少年は引き締まっている黒いボディを目視すると、その巨人の名を叫んだ。
「ダークストーカー・マスカレイド!?」
なんでこんなところに。
いや、確かに現状は教えたけども。それにしたって王国は待機命令が出ている筈だし、幾らなんでも到着が早すぎる。
まさか偽物ではないだろうな。
スバルがそう思っていると、ダークストーカーのごっつい頭部が彼に向けられた。
『師匠ー! 助けに来ましたよ!』
『仮面狼さん、お久しぶりです!』
「マジで来ちゃったのかよあの姉妹!?」
スピーカーで呼びかけつつも、ダークストーカーが手を振ってくる。
どこか囚人を思わせるマスクを装着したブレイカーが友好的にぶんぶんと手を振っている光景は、非常にシュールだった。
「いや、正直今は味方が一人でも多く欲しかったところだけど……待機なんじゃないの?」
そう聞いていたからこそ、スバルは素直に助けてくれとは言えなかった。
一応、彼女たちはXXXというチームに所属している身分である。王国が各部隊に待機命令を出しているのであれば、それに従わなければ不味いと思っていたのだが。
『有休貰いました!』
『たっぷり1週間です!』
「本当にたっぷりだね!」
スバルは思う。待機命令中なのに有休なんか貰えるもんなのか、と。
まあ、常識が通用しない新人類王国の勤務体制である。深く考えても意味がないと思い、スバルは早めに現実を受け入れることにした。
彼は馬鹿になることで適応力が高まったのである。
「おお、スバル君。これは思いもよらない嬉しい誤算だ」
後ろからアーガスが顔を覗かせ、ダークストーカーを見る。
その巨人の背中には、まさに飛行ユニットが接続されているではないか。喉から手が出る程欲しかった、飛行できる機体。
それが今、わざわざ有休までとってきて応援に駆け付けてくれた。そう思うと、英雄は笑みを隠せない。
「これで我々の手札は増える。スバル君、彼らを招き入れてくれたまえ」
「了解だ、アーガスさん!」
ベランダでハイタッチを交わす二人を見て、メラニーは思う。
また馬鹿が増えたのか、と。
果たして彼らと一緒に戦って、本当に大丈夫なのかという不安が彼女を覆い尽くそうとしていた。




