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エクシィズ ~超人達の晩餐会~  作者: シエン@ひげ
『敗戦勇者と勇気なき街娘編』
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第79話 vs蛍石スバル ~今日から俺は編~

 考える時間をくれ、とは言った。

 だが今の状況を考えると、時間はあまりない。頭では協力すべきだと理解している以上、どこかで妥協点を作っておかなければ延々と同じことで悩み続けるだろう。

 マンションから出て2時間が経過。スバルとマリリスの頭痛の種が取り除かれることは無かった。車椅子を押す少年の足取りは重く、特に語る事も無いまま街をさまよい続けている。


 無言の為か、スバルは無意識のうちに街を見渡していた。

 左を見れば民家がある。右を見れば、また民家がある。トラメットは住宅都市だ。人が住む家を数えていけばきりがない。

 逆に言えば、その分だけ人間が暮らしている証拠だった。トラセインに働き手として出ている家も珍しくは無く、先日の混乱に巻き込まれて家族を失った家もある。

 どこからかすすり泣くような声が、街の中に響き渡った。


「……」

「スバルさん。あなたのせいでは」


 無言のまま立ち止まり、声のする方向に首を曲げた少年。

 マリリスが反射的に言うも、その言葉だけでは彼の支えになりきれないことを少しずつ自覚してきていた。この言葉も、今日だけで何度目だろう。


「……今ならアスプル君がどうしてあんなことしたのか分かる気がする」

「え?」


 呟いた言葉に、マリリスが振り返る。


「俺達は無力だ。アスプル君はそれを早い段階から思い知って、俺は今思い知った」


 力があると思っていた。

 だが実際はどうだ。スバルができることなど、ブレイカーの操縦だけだ。少年を動かして敵を殲滅させてしまう相席がなければ、自分の力など大したことはない。

 デカイ口を叩いて『俺が倒す』なんて宣言してみた物の、結果はどうだ。

 相席は全滅。見ず知らずの家庭すら壊してしまった。

 少年の中に生まれた暗い感情が渦巻き始め、身体中に広がっていく。


 彼は力が無かった。

 ただのほほんと過ごしていく内に何時の間にか磨き上げられていた操縦テクニックがあるだけ。それが役に立たない以上、自分に何があるだろう。

 もしもあの時、少しでも冷静になって口を閉じていれば、あの家の主は悲しみの声を漏らすことなどなかったのかもしれないのに。

 

「神様って不平等だよな。本当に」


 悔しさを噛み殺すように、そう言った。

 マリリスは何も言い返せない。下手な慰めは逆効果だと、彼女は自身の経験から強く理解している。

 

「そう、不平等です」


 そんな時だ。

 不意に、女の声が二人に投げかけられた。反対側に建っていた民家の玄関からツカツカと歩み寄ると、彼女はスバルの前で言い放つ。


「不平等だから、人間は争います。そして力を欲するのです。私たちのように、手段を問わず」

「君は……」


 最初は誰なのか分からなかった。

 だが間近で話していく内に、彼女が大樹の中で自分に針を向けてきたメイドだと気付く。メイド服が印象的だったからか、私服で登場されても全然気付けなかった。お世辞にもセンスがいいとは言えないボロッちぃ服装を前にして、スバルは確認の意を込めて問う。


「確か、シャウラさんだっけ」

「そうです。忘れられたのかと思いましたよ」


 くすり、と微笑むとシャウラは少年を改めて見やる。

 ダートシルヴィー邸や大樹で対面した時に放っていた存在感は、すっかり影を潜めていた。


「なんというか、牙が抜けちゃいましたね」


 挑発するように口元を釣り上げると、長い髪の毛の中からサソリの尾が姿を現す。だが目の前に現れたそれに対し、スバルは逃げようとはしなかった。


「主の意思を守るのか?」

「まさか。私達も命からがら逃げだしたんですよ? それにアーガス様が戦うと決めた以上、私たちはそれに従うまでです」

「でも、使用人の服装じゃないだろ」

「いいじゃないですか。実家に戻る機会を与えられたのですから」


 寄りますか、とサソリメイドは自宅を指差す。

 周りの民家に比べ、立派な家だった。庭もあるし、車も置いてある。


「いいよ。家族と過ごせるんだろ。大事な時間にしな」

「家族は居ません。先の戦争で亡くなりました」


 突き放すように拒否すると、サソリメイドはあっさりとカミングアウトしてきた。

 あまりにあっさりと言うものだから、二人も思わずポカンとした表情を浮かべてしまう。


「別に珍しくもなんともないですよ。あの戦いでそれだけ犠牲者が出たんですから。それに、反逆者様も戦っている以上はご存知でしょう?」


 そりゃあそうだ。

 スバルとマリリスも両親を失った身である。そういう事は予想できるが、しかしシャウラの態度はあまりにも軽薄だった。


「……まあ、正直な所」


 そっぽを向き、サソリ女は言う。


「そんなに親は好きじゃありませんでした。でも4年前のあの日、家が燃えているのを見て、どうしてこんなに私は無力なんだろうって思いましたね」


 あの日以来、友達も何人か行方が分からない。

 まだ学生だった彼女も、働かなければ食べていけない状況にまで追い込まれてしまった。加えて土地の管理費なども支払わなければならず、必然的に稼ぎのいい仕事を見つけるしかない。


「アタシさ」


 急に彼女の口調が変わる。

 恐らくはこれが彼女の本当の顔なのだろう。稼ぐために大金持ちの家で働く為には、彼女の目つきは威圧感があり過ぎた。


「本当はメイドなんかやりたくなかった。昔はなんか別の事やろうと思って勉強してたのは覚えてるけど、生きてくために稼ぎのいい仕事見つけて、必死に覚えていく内に全部忘れちゃった」


 自嘲しながらも、彼女は続けた。

 

「アタシも思い知ったよ。神様は不平等だってね」


 もしも今、神様が目の前に現れたとしたら恨み言を呟きながら針を刺してしまうだろう。

 だが後になって作り直させることなどできはしない。

 

「でも、生まれて来ちまったんだ。精々足掻いて、差を埋めていくしかないんだよ」

「その為に君は注入を受けたのか?」

「ああ、そうさ。餌になるつもりなんかこれっぽっちもなかったけどね」


 彼女たちも騙された身だ。

 しかし、細胞の変化は自身の望んだことでもある。今更元に戻る気などないし、後悔するつもりも無かった。

 彼女には、まだ戦う選択肢が残されている。


「そういう意味では、アンタが羨ましかった」

「俺が?」


 好き勝手に弄ばれた気がするが、冗談じゃないだろうか。

 そんな事を思っていると、シャウラは苦笑。


「馬鹿にされたと思ってるだろ」

「そりゃあな」

「アンタはこの国ではちょっとしたヒーローだ。立ち向かう力を持った奴が、どんな奴なのかと思ってちょっと悪戯を仕掛けてみたんだけど……」


 まさか、こんなに情けない少年だとは思わなかった。

 ブレイカーに乗らない限り、彼はどこまでも非力だ。大樹に辿り着いた時は芯のある男だと思って感心していたが、今の現状を見るとそれも撤回したくなってしまう。


 まあ、その辺は口にすると面倒なことになりそうなので敢えて口にしなかったが。


「まさか、今になって落ち込むとはね」

「……」


 少年は何も言わない。軽めに挑発したつもりだったが、俯いたまま何も喋ろうとしなかった。


「メイドさん。彼は今、必死になって自分に出来る事を探そうとしてるんです。あまり厳しい事は」

「笑わせないで」


 マリリスがフォローに入るが、あまりの女々しさを前にして腹立たしくなってきた。

 サソリメイドは少年の胸倉を掴み、彼の顔を自身の方へと向けさせる。


「自分に出来ることだって? アンタが今できることなんて誰がどう考えたって一つしかないだろ」

「……そうだよ。分かってるよ!」

「ちっとも分かってないね。目的がある奴っていうのは、手段を問わずに全力でかかるもんさ。それが生き物なんだよ!」


 唾が飛び散るのが分かる。

 もしこれが勤務中であれば、首を切られても文句は言えない。

 

「俺に、父さんを殺した連中と手を組んで戦えっていうのか。この国をこんなにしてまで」

「じゃあ一生そうやって悩んでな」


 シャウラの眼光がスバルを捉える。

 そのまま針に貫かれてしまうのではないかと思う程、彼女の表情には凄味があった。


「符抜けて、落ち込んで、泣いて。それで一生悔やみ続ければいい。いいか、戦える力を持ってるくせに戦おうとしないなら、悩む前にさっさと消えな。邪魔だ」


 胸倉を放すと、少年はそのまま数歩後ずさる。

 息を整えつつも、彼はメイドを睨んだ。


「お前は卑怯だ。自分を正当化して、いざ自分がその立場になったら何にも行動が出来ない。それでよくアスプル様にあんな偉そうなことが言えたね」


 その言葉が、何よりもずっしりと重く圧し掛かった。

 スバルの脳裏に、大樹の演説台で行われたやり取りが浮かび上がる。

 彼は言った。やり方が間違っていても、力が欲しいと思う事はいけないことなのか、と。

 ソレに対し、スバルは口籠った。彼の苦悩を察するあまり、答える事が出来なかった。


「同情も中途半端だ。なんでお前があの人の友人面してるのか、理解できないよ」

「止めてください!」


 スバルとシャウラの間に、マリリスが割って入る。

 彼女は布越しでメイドを睨みつつも、どこか震えた声で言う。


「彼は目の前で友人を失いました」

「私たちだって同じだよ」

「その通りだ……」


 力なく立ち上がりつつ、スバルはメイドの言葉を肯定する。


「彼女たちは立ち向かおうと思って、力を欲した。俺はその気持ちを否定しきれなかった」


 結果的に、それが今回の件に繋がった。

 もし、やりきれていたとしても上手くいった保証はない。だが後悔とは不思議な物で、その時最善を尽くしたつもりでも後になって戻りたくなってしまう。やり直す為に、だ。

 人間が時間を巻き戻せない以上、その時の後悔は永遠に心の中に残ってしまう。消えない傷跡として。


 胸の奥がずきり、と痛むのを感じた。

 嘗て感じた事のない、激しい痛み。小さい頃、注射を受けたときに感じた激痛などこれに比べたら屁でもない。

 あまりに痛すぎて、少年の身体は動くのを止めた。


「スバルさん?」


 だがそれから数秒経った後。

 少年はマリリス達に背を向けると、ゆっくり歩きだす。


「スバルさん、どこへ!?」

「マンション」


 悩む間もなく、スバルは答える。

 つい先ほど悩んでいたと言うのに、一瞬で考えが切り替わったことにマリリスは驚愕した。


「た、戦うんですか!?」

「痛いんだよ。ここがさ」


 自身の胸に指を突き付ける。

 全然質問の答えになっていない。

 

「すんごく痛くなって、爆発しそうになった。だから俺は今、それなら爆発しちまえって思った。中途半端で、邪魔なだけならそれでいいだろって」


 ところが、だ。


「俺、馬鹿だからさ。考えるのを止めたら、なんか身体が勝手に歩いてた。つまり、そういうことなんだ」

「ど、どういうことなんですか!?」

「ここで帰るよりかは、最後まで足掻きたがってるんだよ。俺の身体が」


 頭がイチイチ喚いてくる。

 だが、身体は自然とアーガス達が待つマンションへと向かって行った。

 嫌いなんだろう。

 自分は力が無いんだろう。

 それなら行かない方がいいんじゃないかと、脳内で理性が叫ぶ。

 

 しかし、蛍石スバル。

 彼は身体が勝手に動くタイプだった。

 理性が訴えながらも動いた足が、きっと自身が望む道なのだろう、とスバルは思った。

 だからこの際、考えずに馬鹿らしくやろうと思う。


「俺は今から馬鹿になる」

「は、はあ……」


 聞き方によっては誤解を招きそうな言葉だった。

 だがこの言葉が少年にとってどれほど大事なことを意味しているのか、二人の女は知らない。


「そうか」


 スバルはその意味を、身体よりも遅れて理解する。

 お世辞にも要領がいいとは言えない少年は、嘗て故郷でカイトと交わした言葉を思い出す。


 ――――お前は後悔するな。


 身体が求める方に行けば、少なくとも悩まずに済む。

 自分は頭で悩んでいたら、答えが出ている事にすら行動に移せない。それなら何も考えず、馬鹿になればいい。

 昔のSF映画に出てくる緑肌の老人はいい言葉を遺した物だ。

 感じるのだ、と。

 

「そうだったんだ。馬鹿になれば、やるしかなくなるんじゃん」

「ま、まあ……そう、ですね」


 なんて答えたらいいのか分からず、マリリスは口元を引きつらせながら言った。

 あまりの極論を前にして、空いた口が塞がらない。

 見れば、シャウラも唖然としている。まさかここまで綺麗に開き直るとは思いもしなかったのだろう。


「は、はは……そうだよ。なぁんだ、簡単な事だったんじゃないか!」


 先程まで自分を苦しめてきた肩の重みと胸の痛みが、和らいでいった気がした。

 スバル少年は大きく背伸びし、叫ぶ。


「父さん! カイトさん! エイジさん! シデンさん! 俺は馬鹿になるよ!」


 傍から見れば、もう十分馬鹿な行動である。

 だが、見るからに清々しい笑顔で叫ぶ彼を、誰が止める事ができるだろうか。太陽のように眩しく、曇りのない綺麗な瞳を前にして、誰が野暮なことをいえるだろう。


「馬鹿ってすげぇ! 自分の気持ちに気付く事が出来る。自分のやりたいことがわかる!」


 不思議と、力が漲ってくる。

 内から溢れ出る物は、先日彼の身体を支配していたどす黒い物ではなかった。


「待ってろよ虫野郎! 俺がぶっ倒してやるからな。覚悟しやがれ!」


 大空に向かって叫ぶと、スバルは前進していった。

 心なしか、その一歩が『ずしん』と大きく大地をうならせているように見える。


「……人って、あんなに開き直れるものなのですね」

「そうね。炊きつけておいてなんだけど、アレはちょっと……」


 残された女たちは、理解が完全に追いついていなかった。

 もっとも、追いつこうとも思わなかったのだが。


「あ、すみません。私もいかないと。スバルさん、待って――――」

「待つのはアンタよ」


 布を引っ張られ、マリリスの車椅子がシャウラの下へと押し戻される。

 圧迫感を受けたらしく、咳き込んでいた。


「な、なにをするんですか!?」

「アンタには個人的な話があるの。悪いけど、ちょっと付き合ってもらうわ」

「でも、今のスバルさんを一人にするのは凄く不安があるんですけど!」

「我慢しなさい」


 そういうと、シャウラは車椅子を引いて自宅へと引き返す。

 ダートシルヴィー邸で稼いだ給料と借金でなんとか立て直した扉の前まで行くと、彼女は静かに呟いた。


「もしかしたら、アンタがこの国を救うかもしれないんだから」


 小さく聞こえた言葉に、マリリスは僅かに身体を震わせた。

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